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キラーハウス狂騒曲  作者: 日暮晶
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第60話 小野木夕の戦慄

サブタイトル通り、今回の語り部は夕くんになってます。

コミケ開場前のわちゃわちゃしてそうな雰囲気を妄想だけで書きました(雑)


「だ、だ、騙しましたね!」

 ――開場前のビッグサイト。すでに今日出展予定の数々のサークル、そのメンバーが入場していて、打ち合わせや配置の指示などでがやがやと賑わしいけれど、それでも僕の声は非常によく響いた気がした。

 そんな僕の非難の声にも、ヘッドは涼しい顔で答える。

「おいおい夕、人聞きの悪いことを言うもんじゃない。俺が一度でも『しなくていい』って言ったか?」

「いや、だってヘッドついこの間の打ち合わせで……っ!?」

 その時のやり取りを思い出して愕然とする。た、確かに明言はしてない! してないけど……っ!

「ま、お前にゃ悪いがそういうことだ」

 ヘッドらしからぬしてやったりという表情を浮かべながら、ヘッドは僕ににじり寄ってくる。

 ――その手に、ロングスカートのメイド服とウィッグを携えながら。

「今回もこれに着替えてもらうぜ、夕!」

「いやだぁぁぁぁぁっ!」

 恥も外聞もなく、僕はその場から全力で逃げ出した。


「はーっはっはっは! 体力勝負で俺に勝てると思ったか!」

「……もう……大人なんて信じない……っ!」

 ――結局、僕はメイド服に着替えさせられていた。……この一年、強制的に着替えさせられてばかりな気がしてならない。なんなの? 僕、服の厄でもついてるの? 厄払い行った方がいいのかな……。

「ただいまー……ってなにこの状況」

「戻りましたー。ところでどうした夕、そんなところですすり泣いて」

「ちょっと放っておいてください……」

 膝を抱えて蹲る僕に声をかけたのは、用事でブースを抜けていた中峯さんと白砂さん。白砂さんは更衣室で売り子衣装への着替えのため、中峯さんは運営側へ同人誌のサンプルを提出してチェックをしてもらっていたのと、ついでに白砂さんの付き添いのためにブースを離れていたのだ。

「まぁまぁ、小野木くん。いつものことじゃない」

「これをいつものことにされても困るんですが……」

 即売会の度に女装をする羽目になってしまう。

「あたしだってコスプレしてるし、一人じゃないだけマシだと思わない?」

「それは……まぁそうなんですけど……」

 そう言って励ましてくる白砂さんは、ディアンドル――確かドイツの民族衣装だったかな――を着用していた。スカートの丈こそ膝丈ほどだけど、上半身が大変なことになっている。

 白砂さんの胸が普段から大きいのは知っていたけど、コルセットでおなか周りをきゅっと締めているせいで、胸の強調具合が洒落になってないのだ。

これは……否が応でも男子の目を惹くだろうなぁ……すでに隣のブースの人たちもちらちらとこっち見てるし。僕はあまり見ないように努めるけど。虹華さんに悪いし。

 でも、感想ぐらいは伝えておいたほうがいいのかな?

「白砂さん、その衣装似合ってますね」

「ん、ありがと! 小野木くんも似合ってるよ!」

「最後の一言はいらなかったです……」

 似合ってしまっているという自覚があるだけにつらい。

 この女装が似合わないぐらい、体が大きくなるなり、ごつくなるなりしないものだろうか。僕の体の成長期は一体いつ来るの?

「ご苦労さん。どうだった、チェック通ったか?」

「十八禁じゃないんですから、そりゃ通りますよ」

 嘆く僕の脇でヘッドと、二冊の同人誌を持った中峯さんがそんなやり取りをする。

「ウチはもちろん、『シャイニーリング』のもね」

「――そりゃ通るでしょうよ。問題のあることなんて描いてないし」

「おはようございます。今日はよろしくお願いしますね」

 噂をすれば、という言葉が似合うように、その二人は現れた。

 今回合同でブースを使用する『シャイニーリング』、その代表である輪堂天音さん、そしてメンバーの青海椎さん。

「おう、来たな。ほれ、早いとこ準備するぞ」

「ちょっと待って。私らも着替えてくるから――あれ?」

 輪堂さんが、僕を見て怪訝な表情を浮かべる。

 ――ウィッグを被って、メイド服を着た、僕をである。

「……ねえ、大井手。そっちのサークルにあんな娘いたっけ? 灰森さんとは明らかに顔が違うし……」

 僕がだらだらと汗をかき始める中、周りのメンバーは揃いも揃って笑いを堪え始めた。『コミックラフト』で僕の女装姿を見たことのある青海さんも含め、である。

「あ、もしかして今日のために入ってくれた売り子さんとか? そういうことは先に言っといてよ、驚くじゃん。初めまして、『シャイニーリング』の代表、輪堂天音です。今日はよろしく」

「……いえ、その……すいません」

「?」

「あの……僕、夕です。小野木夕」

「………………………………………………は?」

「――ぶっふほっ!」

 ヘッドが吹き出したのを皮切りに、うちのブースの全員が大笑いしたのだった――震える僕とフリーズした輪堂さんを除いて。

 

「……まさか小野木くんにそんな趣味があったなんてね……」

「違いますから! ヘッドが無理矢理!」

「おい夕ちょっとまて、その姿でその発言は俺の冤罪を招きかねない」

 よそのブースの人たちがヒソヒソし始めたのを見てヘッドが流石に待ったをかける。このまま悪乗りしてやろうかと思ったけど、そんな度胸もない僕はそのまま静かに事情を説明する。

「……売上戦略の一環らしいです。僕としては甚だ不本意なんですが」

「あ、ああ、そういう……あんたも大変ね……」

「ありがとうございます……」

 僕の気持ちを分かってくれるのが、よりにもよって敵対サークルの代表とは……なんて因果な……。

「……ま、まぁ、それはそれとしてよ。大井手、こっちの同人誌もちゃんと全部届いてるわね?」

「おう、うちとそっちで三百冊ずつな。そこに積み上げてあるぞ」

 ヘッドが指差す先には、僕らのブースの後ろの方――積み上げられた六個の段ボール。一つにつき百冊ずつ入ってるから、『キラーハウス』『シャイニーリング』合わせて全部で六百冊だ。

「……いや、今更ですけどこれ、売れるんですか?」

 開場直前にもなって、緊張からか僕の口からそんな弱音がこぼれた。ヘッドは腕を組み、自信満々に返してくる。

「分からん」

「えぇー……」

 僕だけでなく、白砂さんや中峯さんも非難がましい視線を向けるが、ヘッドは特に動揺した様子もなく弁明する。

「いやいや、そんな目で見るなよお前ら。だって今までの最高部数が五十冊だろ? 結局その時もいくらか売れ残ったしな――今回はかのコミケだから張り切ってその六倍にしてみたけど、そんなに名もあるサークルとは言えねえしな、俺ら。隼太郎が色々事前に仕込んでくれたとはいえ、正直売り切れるってこたぁ流石にねえと思うぞ?」

「事ここに至って、そんなやる気を削ぐようなことよく言いますね……」

「いやいや、それでも――」

 にやりと笑い、僕らではなく、輪堂さんを見て、ヘッドは続きを口にする。

「輪堂たちには勝てるさ。心配すんな」

「……言ってくれるじゃない」

 かちんと来たのか、八重歯を剥き出しにして危険な笑みを向けてくる。

「言っとくけど、うちらの同人誌、今までで最高の出来だからね?」

「そりゃこっちだって同じだ。つっても、互いにうちの子自慢をしたって始まらねえ――どっちが上かを決めるのは、お客さんに任せようぜ」

 そろそろ始まるみたいだしな、というヘッドの言葉の直後、場内にアナウンスが流れる。


『――只今より、第○○回コミックマーケットを開場致します――』


 同時に、なんの比喩でもなく会場が揺れ始めた――ま、まさかとは思うけど、これは……!?

「……ひぇっ」

 津波が押し寄せた……いや、それは津波などではない。

 目当てのものを手に入れんとする、コミケ参加者という名の戦士たちが、大挙して押し寄せてきているんだ――!

「わっはっは! 何だこりゃすげえ!」

 あまりの迫力に気圧される初参加の僕たちをよそに、同じく初参加のはずのヘッドが一人で大笑いする。そういえば、テンションが振り切ると笑う人だったなと思い出す。

「さぁお前ら、祭りが始まるぞ! 名もないサークルなりに売り捌いてやろうじゃねえか! ――声出してけよぉ!!」

「――はいっ!」

 そんなこんなの紆余曲折を経て。

 コミケを舞台にした大一番――僕らの売り上げ対決の火蓋が、切って落とされた!

 


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