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キラーハウス狂騒曲  作者: 日暮晶
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第59話 黒原虹華と初コミケ

コミケ編開幕です。

なお、作者は一度も参加したことがないらしいです(他人事)


「――ときわさん、覚悟は出来ましたか?」

 電車に揺られながら、私は隣のときわさんに訊ねる。

「それはこっちのセリフだよ、虹ちゃん。引き返すなら今の内だよ?」

 私の問いに答えるときわさんの格好は、動きやすさを考えてスカートではなくズボン。上着には厚手の物を採用し、背中には大きなリュックを背負っている――その大きさに反して、中には飲み物ぐらいしか入っていないので、だるん、と垂れ下がっている。少なくとも、今は、まだ。

 そして私の格好も似たり寄ったりだ。違いがあるとするなら防寒対策として手袋をしていること、そして私のリュックの中にうちのメンバーへの差し入れが入ってることぐらいだ。

「ふっ、夕くんの悲しむ顔は見たくありませんからね。ときわさんこそ、人混み苦手なんでしょう?」

「わたしはじゅんたくんがどんな顔しててもいいんだけど、前払いで報酬もらっちゃってるからね~」

 アナウンスが流れ、次の停車駅として私たちの――否、今この電車に乗っているほとんどの人たちの目的地が読み上げられ、ほどなくして電車が止まる。

「ときわさんらしいですね――では、行きますか」

「だね~。それじゃ、いざ!」

「出陣!」

 プシュウ、という音と共に電車のドアがスライドしていく。押し出されるようにして駅へと降り立ち、人という名の波に押し流されるがまま改札を抜け、駅の外へ。

キンッキンに冷えた朝の空気と共に私たちを出迎えたのは、テレビの向こうでしか聞いたことのない、スタートダッシュを決めた者たちに対するスタッフからの注意の声。

「走らないでください、走らないでくださーい!」

 ――今日は、コミックマーケット二日目。

 私たち『キラーハウス』の出展日であり――私たちが男子陣からの『お使い』を頼まれた日でもある。


 年に二度しかないサブカルチャーの祭典、コミックマーケット。

数多くのイベントや催しが行われているこのコミケだけれど、やはりメインは数多くの著名なイラストレーターさんや漫画家さんが製作した、アニメ・漫画の同人誌だろう――全年齢・18禁問わず。

日本はおろか、世界中でも類を見ないこの大馬鹿騒ぎには、ちらほら外国人の姿も見られるほどだ。

私たちの地元近くで行われた同人誌即売会、『コミックラフト』とは、比べるのも酷なレベルで人の入りが違う。

だって私たち、泊まったホテルから始発で来たのに、なんなの、この人数? 前後左右を見渡しても人、人、人だらけ。夏だったらすでに彼ら彼女らの熱気で熱中症に陥っているかもしれない。

……というか、人数もさることながら。

「本当にこんな綺麗に並ぶものなんですね」

「みんな偉いよね~」

 学校の全校集会のように、一列ごとにきっちり並んでいる。しかも、私たちがいるグループの後ろも同じようにきっちり並んでいる。スタッフの指示に従って並んでいたら自然とこうなっていた。

「……なんて言いましたっけ、あれみたいですよね。中国の……」

「兵馬俑?」

「そうそうそれそれ」

 二人で笑ってから、一つため息をつく。

「どうしたの? もう疲れちゃった?」

「いや、どっちかっていうと逆ですね。意外と人酔いとかしないなぁと思って」

 正直、もう少し面倒くささを感じるものだと思っていた。

 スタッフから拡声器越しに飛んでくる、笑いを誘うフレーズの数々は、人混みの中にいることで生じるストレスを和らげてくれるし、祭りの始まりを今か今かと待ちわびて、せわしなく腕時計を確認する隣人からは微笑ましさを感じる。

 そして何より――

「――意外と、テンション上がってるみたいなんですよね、わたし」

「ふふっ……それは、いいことだと思うよ~」

 それとほぼ同時に、開場を知らせるアナウンスが。並ぶ人々が一斉に殺気立つ。

「――さぁ、ときわさん。ここから先は戦場ですよ。気を引き締めて行きましょう!」

「中に入ったら別行動、だよね? 武運を祈るよ!」

「そちらも!」

 会場入りする寸前、私たちは拳をぶつけ合い、そして目的地へ向かうべく、散開した


 ――頼まれた同人誌は全十冊。割合としては夕くん1、中峯さん3、ヘッド6。割合は少々おかしいが、お使いの見返りとして好きな同人誌を買ってもいいと言われている。他人の金で買い物ができるというのも、テンションが高い理由の一つではあった。

 しかしである。

「あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ…………」

 ――まず行列にたどり着くまでに人の波に流されて。

「れぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ…………」

 行列についても周りに流されっぱなし。

「ありがとうございます新刊セット千円ですはいちょうどでこちら商品ですあざっしたー!」

 そして人々の歩く速度にも負けない勢いで会計が済まされ、私は行列の外へ放り出された。

「……これが……コミックマーケット……っ!」

人が流れるこの速度、そしてこの疲労感。たった一つの同人誌を手に入れるだけで、ここまで体力を削られるもんなの……!?

某有名テーマパークのアトラクション待ちを彷彿とさせる馬鹿長い行列に、冬場にもかかわらず人が集まることによって発生する熱。そして流れを止めないように、周囲に合わせた速度で歩くために気も配っておかねばならない。ただでさえ普段から人込みに出ない私の体力は、それはもうゴリゴリと削られていた。

 ちなみに私とときわさんは、十冊の内半分ずつ――一人につき五冊の同人誌を買う算段になっている。

 つまり、私が買いに行かなければならない同人誌はあと四冊。

 ――この荒波を、あと四つも乗り越えなければならないと……!?

 さながら万里の長城のごとく、高く長い壁を前に絶望しかけたが。その時。

「――っ!?」

 視界の端に捉えたのは、とあるサークルの同人誌。

 幸い長い列でもないと見た私はすぐに並び、列が進む間にサンプルを手に取る。

「はうぁぁ……っ!」

 どきゅん、と胸を打ち抜かれたような気分だった。

 色々と粗く、傑作であるとは言い難い。ぶっちゃけ、これならうちの同人誌の方が出来はいいと言えるだろう。

 しかし、それでもこの作品は私にとってどストライクだった。

 技術ではない。

この作品には、これを描いた人の愛が詰まっている!

気づいたときには手が財布を取り出していた。

「すいませんこれ下さい!」

「はい、ありがとうございます!」

 周囲が騒がしいどころではないレベルなので、お互い声を張り合ってやりとりをし、そのブースの前から離脱――人の動きが落ち着いている、立ち止まっても迷惑にならない場所で足を止める。

「……なるほど、これがコミケの醍醐味ってやつね」

 にやにやしながらリュックに個人的な戦利品を仕舞い、私はこの会場が毎回お祭り騒ぎになっている理由を悟る。

 事前に調べた有名どころの新作はもちろん、こんな掘り出し物だってたまには見つかるのだ。これが、楽しくないわけがない。

「……よーし、次の戦場行きますか!」

 思わぬ出会いのおかげでやる気と元気が充填された私は、次の同人誌を手に入れるべく、荒波へと再び足を踏み入れた。



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