第58話 黒原虹華のあっ(察し)
「当日の動きっていうと……会場の入口とか、搬入物の受け取りとかですか?」
私の疑問に、「半分正解だ」とヘッドは頷く。
「それももちろんなんだが、実は今回メンバー六人の内二人、ブースから外れてもらおうかと思ってな」
「え……でも、それだと人手が足りないんじゃないですか?」
夕くんからの不思議そうな声に、中峯さんが苦笑しながら返す。
「いや、ほら――今回、期せずして『シャイニーリング』と合同で出すことになっただろ? 委託って形で受け取ってウチで捌いてもよかったんだけど……輪堂さんがブースに入るといって聞かなくってさ」
その説明に、ああ、となんとなく納得した。
今回のコミケは、私たちにとってはただの同人誌即売会ではない。我らがヘッドこと大井手来斗率いる『キラーハウス』と、輪堂さん率いる『シャイニーリング』の存亡を賭けた売り上げ対決なのだ。
その現場の全てをこっちに任せたくは、確かにないだろう――まさかやらないとは思うけど、万が一、全てが終わった後に売り上げをごまかされたりしていてはたまったものじゃない。逆の立場でも、こっちから誰かを派遣していたはずだ。
とはいえ……
「ふーむ……意外と私たち、信じられてないんですね。泊まり込みで同人誌を作り上げた仲なのに」
まあ正確には、その『仲』にあるのは夕くんとときわさんだけなのだけど。
「いや……多分、輪堂が来たがってんのは、別の理由だ」
「別の理由、ですか?」
ヘッドは頷く。
「これは俺たちの因縁の話になっちまうが――俺と輪堂は、それなりに長い間、こうやって争ってきたわけだ。今回の勝負は、その因縁にケリを着ける一戦といっても過言じゃねぇ。その決着の場に自分がいられないってのは……そりゃねぇだろって気分にもなるわな」
「ああ……確かにそうですね」
「何より、俺だって同じ気持ちだしな。どうせ決着がつくなら、近くて早い方がいい」
申し分なしと言わんばかりの表情で、ヘッドは言い切った。
「それはそれとしてさ~。ブースに入るメンバーはどうするの~?」
「俺、隼太郎、夕、霧の四人だ」
既に決まっていたのか、のんびりと話題転換したときわさんの疑問に、ヘッドは間髪入れず答え、ついでに選んだ理由もつらつらと述べていった。
ヘッドに関しては、腕が折れていることを差し引いても、そもそもサークルの代表だし――それに、さっきの理由もある。
隼太郎さんは言わずもがな。運営側とのあれやこれやをこなすために必要な人材だから。
霧はコスプレ・売り子としてお客さんの目を引くためらしい。そりゃまぁ、売り子となれば見た目に地味な私や人形のような可憐さを持つとはいえちんちくりんのときわさんよりは、霧の方が適任だろう。
「――で、夕にはお客さんの対応としつつ、ウチの同人誌を読んだ彼ら彼女らの反応を楽しんでほしいと思ってな。何より今回一番の功労者だ。いい声ばかりじゃないかもしれんが、生の反応ってのは色々得られるものがあるぞ?」
「は、はい! ……でも安心しました、てっきりまた女装させられるのかと」
「はっはっは、安心しろ」
ほっとする夕くんとは対照的に、なんだ、女装しないのか……と少しがっかりしつつも、私はそれに気づく。なぜか霧が外道を見る目でヘッドを見ていた。……いや、ちょっと待てよ、と私の中で思考の電撃が走る。
霧はさっきのメンバーを発表した時、まるで動じた様子がなかった――それすなわち、既に知っていたということに他ならない。事前に相談でもされていたのか?
ならばあの視線の意味は? ヘッドの何に対しての視線だ……?
……さっきのメンバー編成を考えれば、男子3の女子1。割合としてはかなり偏っている。しかし夕くんは女子と見まがうほどの中性的。お客さんの半数以上が男性であることを考えると、客寄せのために夕くんを女装させないという選択肢がどこにもない……!
しかしヘッドは夕くんの女装を否定して――いや、ない! 安心しろとしか口にしていない! 肯定も否定もしていないのだ! ヘッドのくせに何たる策士……! 霧の外道を見る目はここに由来するものだったのか!
しかしそれはつまり、私は夕くんの女装姿を見ることが出来ないということで……っ!
「くっ……ブースに入ることが出来ないことがここまで歯がゆいだなんて……!」
「なんだ、そんなにブースに入りたかったのか? そりゃ悪かったな、黒原」
私が崩れ落ちた真なる理由も知らないであろうヘッドが、適当に慰めを口にした。
「ところでさ~、ヘッド。わたしと虹ちゃんはメンバーから外れてるけど、普通にお留守番ってことでいいの~?」
ときわさんが、どこかワクワクした様子で言う。……まぁ、ブースに参加できないのは残念ではあるけれど、あのテレビで取り上げられるほどの人混みの中に行く必要がない、というのは、正直助かったかもしれない。
夏に参加した『コミックラフト』が可愛く見えるほどのあの人混みは、ブースの中から眺めているだけで酔いそうだし……。
しかしヘッドは、やんわりとときわさんの言葉を否定する。
「ああ、その件についてだけどな――二人にはやってもらいたいことがあるんだ」
「やってもらいたいこと……?」
いくつかの可能性を模索し、一番ありそうなものを恐る恐る口に出す。
「……まさか、ビラでも作って宣伝するとかですか?」
あんな人混みの中でビラ配り……想像するだに恐ろしい。
「外れだ」
くっく、と笑いながら、ヘッドは一枚の紙を手渡してくるので、私とときわさんはそれを両側から眺める。
……? なにこれ? 書かれていたのは、サークルの名前とおそらく出店場所、そして同人誌のタイトル……あっ。
「えっ」
私がそれとなく勘付いたと同時、ときわさんも何かに気づいた様子で短く声を上げる。そして二人は揃ってヘッドへ胡乱な目を向けた。
「……あのさ~、ヘッド……」
「このリストは……まさか……」
「もちろん決まってんだろ」
ヘッドは親指を立ててにかっと笑う。
「今回のコミケで欲しい同人誌のリストだ! 買ってきてくれ!」
「「冗談でしょ!?」」
私とときわさんの悲鳴が同時に響く。
「あ、あの人混みの中を掻きわけて目的地へ辿り着けと!? よりにもよって私とときわさんに!?」
「メンバーの中でも特に非力なわたしたちになんてことを頼むのさ~」
「大変な仕事を頼んですまんとは思ってる。だが分かってくれ」
申し訳なさを滲ませながら、拳を握りしめたヘッドは重苦しく言う。
「俺は、今回……どうしてもその同人誌が欲しいんだ……っ!」
「はっ倒しますよ」
完全に私情じゃねぇかよ。
「ね~じゅんたくんもなんか言ってよ~」
「…………」
……なぜ気まずそうに目を逸らすんですかね。
「……正直、すまんとは思ってる」
「……っ! さては中峯さんの欲しい同人誌もリストに入ってるんですね!?」
なんてこった……! ウチのツートップが結託していたなんて……!
「動けないから仕方ないとはいえ、まさかこんな仕事を私たちに回してくるなんて! 夕くん、この欲深い男たちに男らしく何か言ってやって――夕くん?」
なぜか夕くんが土下座していた。
「欲深くて申し訳ありません……! 折角のこの機会、実は僕もどうしても欲しい同人誌が……!」
「男子陣が揃いも揃って! 委託販売だってあるでしょうに!」
「……まさか霧ちゃんも……?」
「いや、あたしは流石に何も頼んでないよ。そこまで欲しい同人誌もない……っていうか、他のサークルのこととかもよくわかんないし」
だよね、ある意味ほっとした。
「……まぁ欲しいものがあるってのは分からないでもないけどさ~」
「そこをなんとか!」
懸命に頭を下げる中峯さんに根負けしたように、ふぅ~、とときわさんは息を吐く。
「……しょ~がないな~……じゃあじゅんたくん、ちょっとこっち来て」
「え? あ、ああ」
ときわさんが、中峯さんを廊下へ呼んだ。ドアが閉まった。…………? なにしてるんだろ。
一分ほどののち、ドアが開く。
「まったくもう、今回だけだからね~?」
「…………」
戻ってきた二人は対照的な表情を浮かべていた。仕方がないなぁと言わんばかりの口調に反してどこか艶めいた表情のときわさんと、真っ赤な顔で固く口を閉ざしている中峯さん。
「虹ちゃん、わたしは行くけど、手伝ってくれないの?」
「いやあの、その前にこの短時間で何をしてきたんですか?」
「ふふっ……それはね、秘密~」
唇に人差し指を当てて、外見に見合わぬ色っぽさを漂わせた。……ん? 唇?
……あっ。
「……え、えぇっと、でもやっぱり私は出来ればブースの方に回してほしいかなって……」
下手に話題がそっちに行かないように配慮しつつも、私は自分の意見を述べたけど――
「あ、言い忘れてたけど、向こうからは輪堂と青海がブースに来るらし」
「全力で同人誌を買い漁ってきます!」
初めから選択肢なんてなかったようだ。
かくして、私は人生二度目の同人誌即売会――人生初のコミックマーケットへと、この身を躍らせることとなった。




