第56話 黒原虹華と暇つぶし
泊まり込みの同人誌製作、二日目――時刻はすでに午後八時を回っている。当然、日もとうに落ちた夜の住宅街を、点々と設置されている街灯が照らす。
しかし、この『キラーハウス』の集会所であるアパートの一室は、夜の雰囲気よりもなお暗いものに包まれていた。
「……俺が……俺が腕を折ったばかりに、こんな……!」
ヘッドが悔恨極まりないと言った表情で歯を食いしばり、震えながら床に並ぶ五人を見た。こんな表情もできるんだ、と、こんな時だというのに感心してしまった。
「ヘッド……ライのせいじゃ、ないって」
彼の肩に手を置き、幼馴染である霧が慰めるような言葉を吐く。
「そうですね、ヘッドのせいじゃ、ないです」
私も、つっかえながらもそう言った。
「みん、みんな――力を、出し切っただけ、なんですから」
私は、目の前で横たわる五人を順に眺める。
ほんの数時間前までガリガリと絵を描いていた、あるいは仕事を行っていた、五人を。
ときわさん、中峯さん、輪堂さん、椎――そして、夕くん。
彼ら五人の顔には、白い布が被せられていた。
そう、それはまるで故人のように――
「いや勝手に人を殺すな!?」
突如、死体の中峯さんが飛び起きた。
「……くくっ、あーっはっはっはっはっは!」
――先ほどから震えるほど笑いを堪えていたヘッドが、悔恨の極みといった表情を崩して、とうとう吹き出した。つられて私たちも笑い転げる。
「じゅ、隼太郎……っ、おまっ、起きてたの、か……っ?」
「ちょっと前から起きてましたよ……起きたら視界が真っ白だから何事かと思ったら……」
笑いながらのヘッドの問いかけに、中峯さんはあくびを噛み殺しながら眠たそうに答える。その間にも、私たちの笑い声を目覚ましに、一人、また一人と起き上がる。
「はれ……? 確か、僕は……はっ!? げ、原稿! 原稿はどうなりましたか!?」
そして今回一番の功労者が、自分の状況を確認するや否やものすごく不安そうな顔で問いかけてきたので、私は彼の質問に答えた。
笑顔で。
「――夕くん、お疲れ様。原稿なら、ちゃんと完成してたよ」
話はおよそ三時間前――午後五時頃に遡る。
食事以外の休憩もほとんどとらず、同人誌製作を丸一日以上ぶっ続けで行っているイラスト班の四人と、宣伝やらなにやら、様々な仕事をこなしている中峯さんの五人は、それはそれは幽鬼のような表情で仕事をしていた。
各々の机の脇に置かれたエナジードリンクの空瓶は、朝置かれていた本数の倍以上にまで増えてたし……邪魔そうだから片付けようかと提案もしたのだけれど、「何本飲んだか分からなくなるから置いておいて」という、だいぶキている理由で全員から丁重にお断りされた。夕くんからでさえもだ。地味にショック。
しかも額や肩、首筋、腕には冷却シート。眠気を覚ますためなのか、輪堂さんは時折席を立っては壁に頭突きをかますなどといった奇行も見せていた。
椎も一時意識が飛んだのか、本能に任せて私の顔へ手を伸ばしてきたときがあったけど顎を殴ることで事なきを得た。
ときわさんは椅子に結んだあやとり紐を自分の首に引っかけて、眠気に負けて前かがみになると自動的に首が絞まるという一歩間違えれば死にかねないシステムで眠らないようにしていた。が、トイレに立とうとしたときに首に括り付けた紐のことを忘れていたらしく、立った瞬間にがくんっ、と後ろに引っ張られていたのは、申し訳ないけどちょっと面白かった。
夕くんは、眠気で船を漕ぐたびエナジードリンクを飲んでいた印象だ。全員朝から倍以上増えたとはいうものの、夕くんは三倍ぐらいになってるかもしれない。
そんな風に眠気や疲労と戦っていた五人だったけれど――不意に、夕くんが動きを止め、机の上に突っ伏した。
今までにも何度かあった光景だ――が、少し待っても起き上がらなかったため、流石に私は夕くんの傍へ駆け寄った。
「ゆ、夕くん? 大丈夫?」
「……お……」
突っ伏したまま、虚ろな瞳で、辛うじてこちらを見る夕くんが、息も絶え絶えに言う。
「お……終わりました……」
そして今度こそ限界と言わんばかりに、目を閉じた。同時に、ときわさん、輪堂さん、椎の三人も、糸の切れた操り人形のようにぶつりとその場で意識が落ちた。
……ということは。
「よくやった――本当によくやった、夕! 後は任せろ、お前の働きは無駄にはしない……っ!」
夕くんの言葉を聞き届けた中峯さんが、若干ならずおかしなテンションで涙ながらに叫ぶ。どうでもいいけどその言い方夕くん死んだみたいだからやめてほしいなと思った。
そして中峯さんも入稿等自身のやることを終えたのか、少々パソコンを操作してすぐに倒れた。部屋の中はまさしく死屍累々といった様子で、しかしどこか晴れ晴れとした空気が漂っている。これが修羅場明けというやつだろうか。
「……とりあえず、横にしてあげよっか。霧、手伝ってくれる?」
「はーい」
「あれ、俺の助けはいらねえのか?」
「いいです。さすがに片腕折ってる人にまで手伝わせませんよ……バランス取りにくくて危ないですし」
私と霧は協力して五人を床に横にし、上から毛布をかけてあげた。
――問題はそのあとだ。
しばらくは五人を起こさないように静かにしていた私たちだったけど、まるで泥のように眠る五人を見て、ヘッドがぼそっと呟いた。
「……顔に布被せたいな……」
「突然何を言い出すんですか」
「いや、なんか今のこいつら死んでるみたいだからさ」
「なんてことを……」
とはいえ、確かにちょっと暇してはいたのだ。私は私でこの部屋の本棚のラノベも大体読んでしまったことだし、夕くんの可愛い寝顔を見続けているのも悪くはなかったけど――
「……暇つぶしとしてはありかもしれませんね」
「おっ、ノってきたねぇ。霧ー、どっかに白くて四角い布なかったかー?」
「え、ほんとにやるの? そりゃあるにはあるけどさぁ……ちょっと不謹慎じゃない?」
呆れた調子でぶつくさ言いながらも、霧は白くて四角い布を五枚持ってきた。
「じゃあ、ゆっくりと……」
そろりそろり、とゆっくり顔に布を被せていく。
思った以上に死体だった。
そしてとうとうヘッドが悪ふざけを始める。
「どうしてこんなことに……! コミケで覇権を取るって約束したじゃねえか……!」
その猿芝居に思わず吹き出しそうになってしまい、私と霧は慌てて口を押えた。
そこからどんどんと悪ふざけがエスカレートしていき、冒頭の葬式ごっこにもつれ込み――
――そして今に至る。
「よ、よかったぁ……原稿はちゃんと完成してたんですね」
私の労いの言葉を聞いた夕くんがほっと胸をなでおろす。可愛い。
「虹華さん虹華さん! わたくしも頑張りましたよ! わたくしにもねぎらいの言葉をくださいな!」
「自分から求めてくるような奴に言う感謝のセリフはない」
「ああん、そんな無慈悲な!」
「大体、礼ならもう決まってるでしょうが。そっちの都合のいい時でいいから」
この言葉で私の撮影会の話を思い出したのか、くわっと目を見開いた椎は、それはもう弾けるような笑みを浮かべた。
「……! それもそうでしたね! では後日、また連絡させていただきますわ! あ、そうですわ。小野木さんも連絡先を教えてくださいませんか? 決まった際には連絡させていただきますので」
「は、はい!」
……なんだろ、この二人が繋がるとろくでもないことになりそうな予感がするが……まぁいいか。
一方、『キラーハウス』と『シャイニーリング』の代表同士も、珍しく噛みつくこともなく話をしていた。
「さすがに、今回ばかりは礼を言わねぇとな。助かった、輪堂」
「……なによ、珍しく素直じゃない」
「俺はいつだって素直だぞ? 礼を言うときは言ってるし、気に食わなきゃ反論するだけだ」
「…………。……ってことは、さ。もし私が――」
「ご、は、ん」
何かを言おうとした輪堂さんの言葉を遮って、霧が突然何か言い出した。宣戦布告のような笑顔で。
「一応作ってありますけど、食べます?」
「……そうね、いただいていこうかな」
輪堂さんもまた、笑顔で返す。しかし目元がひくついていた。
ほんの少しのやり取りの中に、妙に火花が散っていたような気が……。
また一方、サークルの何でも屋と年上ロリは――
「……じゅんたくん、眠い」
「え、ああ。じゃあもう少し寝てても――ちょっ、ときわ!?」
あぐらをかく中峯さんの脚の上に転がりこんで、猫のように丸まった。
「ん~、あったか~」
「と、と、ときわ! みんないるから!」
「すぅ」
「落ちるの早すぎないか!?」
「まぁまぁ、疲れてるんでしょうし、そのまましばらく休ませてあげては?」
「黒原さん、ニヤけた顔で言われてもからかわれているとしか思えないんだよ……」
みんなに見られながらというのが恥ずかしいのか、真っ赤な顔と消え入るような声で呟いた。にやにや。
「――さて、今日はみんな疲れてるし、作ってあるメシ軽く食って解散するか。打ち上げはまた今度、コミケが終わった後にでも改めてな……ああ、輪堂と青海も呼ぶから、ぜひ来てくれ」
「え、いいの?」
「いいもなにも。だから今回は助かったっつってんだろ。礼の内だと思って来とけ」
「……しょ、しょうがないわね! じゃあお呼ばれされてあげるわ!」
「ご相伴にあずからせていただきますわ」
二人の返事を聞いて、ヘッドは一つ頷いて。
「何はともあれ、全員、お疲れさん! まずはゆっくり休め!」
と、二日間に及ぶ同人誌製作の追い込みを締めくくったのだった。
同人誌製作編がどうにか終了。ここからホントの最終章ですね。
……しかしあとから見返すと、製作編の最終章のサブタイが「暇つぶし」なのはどうなんだろうと思わなくもない。




