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キラーハウス狂騒曲  作者: 日暮晶
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第53話 黒原虹華とたまごサンド


「――実際さ、断るとか無理でしょ? あの状況で。あそこで断ったら夕くんのやる気が減っちゃって、製作には少なからず影響がでちゃうかもしれないしさぁ」

「あーはいはい、そうだね」

「返事が雑! もうちょっと親身になってほしいんだけど!?」

「いやだって、虹華ここに来るまで何回同じこと言ったと思ってんの? さすがに飽きるよ。それに今、食材の吟味に忙しいんだからさ」

 買い物かごを持って待つ私に、霧は両手に持った玉ねぎを見せつける。

 どっちも同じにしか見えないと言ったら、怒るだろうか――と、どこかの子供が押すカートを避けながら思った。


 ――イラスト班が本格的に作業に入ったころ。

 基本的にやることのない私は、食材の買い出しに出るという霧を手伝うことにした。向かった先は歩いて十分ほどの場所にある最寄りのスーパーだ。

 週末のせいか店内は結構混んでいて、あっちこっちから声が飛んでくる。何を買うか悩む声、何が足りないんだったかを思い出せない声、母親にお菓子をねだる子供の声、店員の売り文句や定期的にBGMに挟まるお得な品の情報。

 そんな騒々しさの中、私は霧に愚痴っていた。

「だからね、仕方なく。仕方なくなわけ。椎にもっかい撮影を許したのも、夕くんの同行を許可したのも。同人誌完成の可能性を高めるためであって、決して――」

「小野木くんが可愛いって言ってくれたからじゃない、でしょ? そのくだりも何回も聞いたよ。ん」

 私の持つ買い物かごに吟味を終えた四個の玉ねぎを放り込みながら、霧が呆れ顔で言う。

「っていうか、その言い訳誰にしてるの? 虹華らしくもないなぁ」

「そ、そう?」

 別の野菜を見るために少々移動した霧の後ろを歩きながら、私は訊ねる。

「まず愚痴を長々と言うあたりが、変なところでさっぱりしてる虹華らしくもないなぁってあたしなんかは思うけど? 可愛いって言われて嬉しいんでしょ? 素直にそう受け取ればいいのに」

「……別に私可愛くないし……あのアルバムの姿を可愛いとかって褒められるのはあんまり嬉しくないし……」

「でも小野木くんが『そういう目』で見てくれたことはちょっと嬉しかったんじゃないの? 要するに照れ隠しで愚痴ってたわけだ」

「むぐ……」

 ……まぁ、その通りではあるけれど。何も言い返せない私を見て、霧はよし、とスーパーの一角を指す。

「ほら、次はあっち行くよ。千円以上で九十八円の卵も一パック確保しときたいし」

「はーい、お母さん」

「誰がお母さんだ」

 あまりにもスーパーにいる姿が似合うのでそう呼んでみたが、私の頭を小突いてきたあたり、霧本人には不評のようだった。


「……お母さーん、重たいんだけど……」

「あたしの荷物も追加してあげようか?」

「こっ、この鬼畜……!」

 私の細腕になんて力仕事をさせるんだ……!

 スーパーで買い物を済ませて出てきたはいいものの、思いの外食材等が多くなり、買い物袋を二つに分けたのだ。まぁ、丸々二日分とかだから仕方のないこととはいえ……。

「よりにもよって重たい方を持たせなくてもいいじゃん、お母さん」

「まだいうか。あたしはあんたみたいな子供を産んだ覚えはないっての」

「ま、霧の娘ならもうちょっと綺麗に育つよね。心身共に」

 何気なくそう言って茶化したが、霧はどこか呆れた風な顔でため息をついた。あれ、私何か変なこと言っちゃった?

「そこまでは言ってないけど……まったく、虹華にしろ他の人にしろ、アニメ好きだったり漫画好きだったりの人って、なんでそう卑屈な人が多いの?」

「あー、まぁあれじゃない? かつての時代の名残ってやつ」

 見た目がお世辞にも綺麗とは言えない類の人たちがイラストやフィギュアの美少女たちにハァハァしてるイメージばかりが垂れ流されたせいで、かつてオタクとは『気持ち悪いもの』というイメージが世間に根付いた。

 そして時が経ち、極めて軽い意味でオタクという言葉が使われるようになった現在でも、アニメや漫画、ライトノベルといった趣味は、正直こちら側のことをよく知らない人に話すのは憚られるものである。なんとなくね。

「ていうか、世のいわゆるオタクたちが卑屈なのと、私が卑屈なのは理由が違うから。基本的に私が面倒くさがりだからっていうのもあるけど、理由の半分は霧だからね?」

「えっ……なんで?」

 本気で分からないと言いたげに目を丸くする霧に、じとっとした目を向ける。

「ほぉ……分からないと抜かすか?」

 すぅっと私は目を細め、霧の豊かな乳に手を伸ばした!

「こんなもんぶら下げてるだけでもコンプレックスもんなのにあんた何もかも大体完璧じゃない! 卑屈にもなるわこんなん!」

「きゃあああああいきなり何すんのよあんたぁぁぁ!?」

「いだぁっ!?」

 バゴォン、と霧の振り回した買い物袋が私の頭にクリーンヒットした。頭と目をチカチカさせながら私は弁明する。

「だってさー、高身長、容姿端麗、美巨乳に性格良しって四拍子揃ってるでしょ? ちんちくりんで目が死んでて胸も薄っぺらくて性格ねじ曲がってる私からしたら眩しすぎてさー」

「そんな弁明よりも! 先に胸触ったことを謝んなさい! こ、こんな! 白昼堂々!」

「いやー、やっぱこの時期の上着の上からだとあんまり柔らかさとかわかんないね」

「謝る気ゼロ!? もう一発引っぱたくよ!?」

「どうどう、落ち着いて霧。買い物袋でぶん殴ることを引っぱたくとは私は言わないと思うのね」

「だ、れ、の、せいだと思ってんのよぉぉぉ!」

 バゴォン、と私の頭の上で、再び星が舞ったのだった。


「あーそういえば」

 まだ少々痛む頭をさすりながら、せっかく二人きりになっているのだし、と前を歩く霧へ、私は切りだす。

「霧って輪堂さんがヘッドのこと好きだって分かってんの?」

「……まぁ、集会所での様子を見てれば、ね」

 さっき乳触ったのがまだ尾を引いているのか、ぶっきらぼうな肯定が返ってきた。こっちを見もしないでやんの。まぁいいけど。

「虹華からその話をしてくるとは思わなかったけど」

「ま、輪堂さん絡みでは色々あったからね」

 主にこの間の休憩中とか。

「で、それがどうかしたの?」

「いやいや、霧的にライバルが近くにいるっていうのはどう思ってんのかなーって」

 数歩分の沈黙を挟んで、霧から答えが返ってくる。

「……ま、ライを好きになる物好きが私の他にいたっていうのは驚きだけど、今は特に思うことはないかな」

 輪堂さんと同じことを言っていた。笑いをこらえながら、私は言う。

「あら意外。ヘッドが自分以外にはなびかないって自信ある感じ?」

「いやいや、あたしそこまで自分に自信ないし」

「あんたで自信がないとか言ってたら私らみたいなのはどんな心持ちで生きてきゃいいのよ」

「けど、今は色々立て込んでるでしょ?」

 スルーされた。地味にダメージでかいよこれ。

「変に対抗意識やら燃やして、サークルの空気を微妙にするのもあれだから、今は貴重な助っ人として見てる。でもまぁ、今回のことがひと段落したら――」

 霧が、数分ぶりに私を振り向いた。

「ちょっと、頑張ってみようかなって思ってるよ」

「……ちょっとでいいのぉ? 向こうもまぁまぁやる気だったよ?」

「う……じゃあ超頑張る」

「うん、応援してるよ」

「ん、ありがと」


「――ただいまー」

「おう、お疲れー」

 アパートへ帰還し、買ってきた食材を冷蔵庫へ詰め込むべく台所へ向かう。

「……あっ」

 不意に、霧がそんな呟きを漏らした。

「なに? 買い忘れでもあった?」

「…………な、なんでもない、かな……」

 明らかに何かあった風に目を逸らすので、回り込んで袋の中身を確かめた。

 卵が全部割れていた。

「…………霧、私の頭を卵の入った袋でぶん殴ってたの?」

「む、胸を触った虹華が悪い」

 まぁ、それもそうかと私は納得せざるを得なかった。

 ――その後。

「はい、お昼は片手で食べられるもの作ったから」

 霧がイラスト班の机の隅に置いたのは、耳を除いた食パンで、ふんわりと焼き上げられた黄色い卵焼きとレタスを挟んだ、卵サンドである。

「プリンも作って冷蔵庫に入れてあるから、休憩のときにおやつにでも食べて」

 イラスト班が口々にお礼を言う中(輪堂さんだけはサンドを頬張って悔しそうに霧を見ていたが)、中峯さんが卵サンドを見て「へぇ」と珍しそうに声を上げる。

「卵サンドってゆで卵のみじん切りで作るイメージあったけど、白砂さんの作り方は少し違うんだな……うん、うまい」

「いや? 前作ってくれた時ぁみじん切りで作ってた気ぃすっけどな」

「ちょっとラ……ヘッド、食べながら喋らない」

「んぐっ。いやいや、実際珍しいじゃねえか。なんで今日卵焼きなんだ?」

「……別に。ちょっと気分を変えてみようかなって思っただけ」

 ――割れた卵でゆで卵はできないもんねぇ。

 卵を大量消費した理由を知る私は、卵サンドに舌鼓を打ちながら、にやにやと霧を眺めるのだった。


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