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キラーハウス狂騒曲  作者: 日暮晶
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第52話 黒原虹華のエール


「買ってきたぞー」

 ドン、ドン、ドン! と、立て続けに三回、重量感のある音が響く。

外から帰ってきた中峯さんの手によって集会所のちゃぶ台の上に積み上げられたのは、エナジードリンク三ダースだった。

 ……三本ではない、三ダース。一箱一ダース十二本入りなので、計三十六本にもなる。

 それを見たイラスト班の表情が見る間に引き攣ったが、そんなことにはお構いなしに、中峯さんは非常にいい笑顔で口を開いた。

「これで徹夜でもイケるだろ! この土日で片を付けるぞ!」

 後にイラスト班は語る。この時の中峯さんの笑顔は魔王のそれにしか見えなかったと――


 ――印刷所の〆切まで残り三日。

 土曜日である今日と明日の日曜日は、〆切前最後の週末。もっとも時間を取れるここが、同人誌製作にあたって最後の追い込みになるのは間違いない。

 平日はどうしても時間が限られてしまうので、やっぱり進みが悪いのだ。おかげでスケジュールはギリギリアウトぐらいの状況まで追い込まれてしまったらしい。

 そこでキラーハウスでは、この土日、泊まり込みで製作を進め、終わらせることを目標にした。というか、目標に設定されてしまった。サークルの各種管理を務める中峯さんの手によって。

 そんなことがあり、キラーハウスのメンバーは当然、助っ人として来てくれている輪堂さんや椎も泊まり込みに巻き込まれる形となったのである。

「いやー、〆切前の隼太郎は容赦ねーからなー。マジで眠れるかも怪しいと思うから覚悟しろよー」

 あっはっは、と折れてる右腕を包帯でぶら下げたヘッドが無責任にそんなことを言うが、中峯さんはその言葉を聞き流さなかった。ぎょろりと見開いた目でヘッドを睨みつける。

「何寝ぼけた事を言ってんですかヘッド、あんたも寝かせるわけないじゃないですか」

「えっ」

「イラスト班が誰のおかげで徹夜する羽目になったと思ってるんです? まさか自分が無関係だなんて面白いこと言いませんよね? ね?? ねぇぇぇぇぇ???」

「……な? 容赦ないだろ?」

 自然と正座していたヘッドが、私たちに苦笑を向ける。私たちに背を向けているので中峯さんが今どんな表情をしているのかはうかがい知れないけど、顔の骨格が鬼のように変わっているような気がするのは気のせいだろうか。気のせいであってほしい。

「……じゃ、私たちも正座させられないうちに始めようか」

「だね~」

「は、はい! 今日もよろしくお願いします!」

 輪堂さんに促され、夕くんとときわさんが机へ向かう。

「あ、夕くん」

 背を向けた夕くんに、頑張ってねと言おうと思って――いやいや、これから限界を超えなきゃいけない夕くんに頑張ってはないだろうと思いなおす。

が、代わりの言葉が出ずになんとなく間が空いてしまった。

「あー……えっと……」

「……虹華さん」

 いい感じの言葉が見つからないうちに、夕くんの方から声をかけてきた。私が何を言いたいのか、あるいは何を言い出しあぐねているのかを理解したように。

「僕、男らしく頑張りますね!」

「……ん、頑張れ」

 結局それ以外の言葉が出なかった。でも、夕くんはそんな激励を受けてにっこりと笑ってくれたので、少しほっとし――

「あーん虹華さん、わたくしにも! わたくしにも激励の言葉をくださいな!」

「だぁぁひっついてくんなまとわりついてくんな! 最近静かだと思った途端にこれか!」

 後ろから抱き着いてきた椎を引っぺがしながら抗議する。お嬢様然とした長髪を振り乱しながらなおも椎が迫ってくる。

「ええいいい加減にしなさいよ! あんた貞子か!」

「そんなご無体な! ちゃんと生きてますから! ですからわたくしにも頑張れの一言を! この先の戦場を生き残る活力をお与えください!」

「活力を奪い取るの間違いでしょうが!」

「フフッ……こんなことを言いたくはありませんが、わたくしのやる気はすなわち、同人誌が出来上がるか否かにも直結するんですよ……?」

「ぐっ……こいつ同人誌を人質に取りやがった……!」

 なんて卑怯な手を使いやがる……!

 実際、椎の言うことも間違ってはいない。メインを張っているのが夕くんであるとはいえ、椎は椎で背景処理などで絶大な活躍を見せている。ここで椎のやる気が落ちようものなら原稿を落とすのは必至……!

 キラキラ――というか、ギラギラした目で何かを訴える椎。この上ない期待の眼差しを受けて私は若干引くが、しかし期待通りに頑張れと言ってやるのもなんかこう、私的にちょっと面白くない。

 どうせ言うのなら、こいつのやる気のバロメーターを振り切る勢いにまで持っていきたい。

 ……ちっ、背に腹は代えられないわね。

「頑張れ――とは言わない。ただし、一つ約束してあげる」

「約束……ですか?」

「うん。無事に原稿を上げることが出来たなら、あんたの写真撮影にもっかい付き合うのもやぶさかじゃ――」


「さぁ、みなさん何をぐずぐずしているんですか! いざ行きましょう! 限界の、その向こう側へ!」


 私が言い切る前に、椎は自分のパソコンの前に座っていた。相変わらず現金な奴である。

「……ああ、今から後日のことが憂鬱だ……」

「……あ、あの、虹華さん……」

 私が天を仰いでいると、背後からおずおずと夕くんが話しかけてきた。

「どうしたの?」

 私が訊ねると、夕くんはどこかもじもじしながら、可愛らしく口を開いた。

「そ、その……もしよかったら、その撮影、僕も付き添ってもいいでしょうか……?」

「…………はぁっ!?」

 想定外の申し出に、私は思わず声を上げてしまう。

「な、何でまたそんなことを」

「……いえ、その……ちょっと耳を貸してもらえますか?」

 仕方ないので、夕くんが耳打ちしやすいように少々かがむ。

「……怒らせちゃうかもしれませんけど」

 前置きの息が耳にくすぐったかった。

「その、あのアルバムみたいな、虹華さんの可愛い姿が見られるかな、なんて思ってしまって……」

「……………………」

 なんてことを言ってくるのか、この子は。

 かがむのをやめ、夕くんの顔を見る。申し訳なさと期待の入り混じった表情だ。

「…………はぁー…………」

 夕くんの申し出に、色々と思うところもあったので。

 私は一発、夕くんに無言でデコピンを一発かました。

「あうっ」

 両手でおでこを押さえる。狙ってやってんのかと言いたくなるほどあざと可愛いポーズの夕くんが、涙目の中に申し訳なさそうな感情を浮かべる。

 そして夕くんが何かを言う前に、私は背中を向けて短く口にした。

「……今回だけだからね」

 顔を見てないのに、夕くんの表情がぱぁっと晴れたのが分かった。夕くん分かりやすすぎでしょう……。

 というか、断るという選択肢は残念ながらなかった。ここで断れば夕くんの士気がガタ落ちすることは目に見えている。今から追い込みに入ろうって時にそれはまずいでしょう? だから断らなかった。断れなかったのだ。

 ……決して、可愛いとか言われたのが嬉しかったから断らなかったとかでは、ない。



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