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キラーハウス狂騒曲  作者: 日暮晶
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第51話 灰森ときわのお誘い

サブタイトルを見てのとおり、今回のお話はときわさん視点です。


 ストレスが溜まっていた。

 随分と冷え込んできた12月半ば。今が忙しい時期であることは重々承知の上で、サークル終了後、集会所から家へと送ってもらう車の中、わたしはそれを口にする。

「じゅんたくん、デートしたい」

「ぶっ」

 隣で運転するじゅんたくんが噎せるので、注意を促す。

「危ないじゃん、今車がセンターラインをはみ出たよ~? 対向車いたらわたしたち正面衝突だったよ~」

「ときわがハンドル操作がおぼつかなくなるような誘いを急にかけてくるからだよ……」

 びっくりするじゃんか、と、前を見たまま、やや疲れた様子でじゅんたくんが答える。

「デートしたいって言ったぐらいで驚かれてもね~」

 同乗していた虹ちゃんや小野木くんはすでに送り終え、今は車に二人っきりだ。きゃっ。

「だって、わたしたちって付き合ってるんでしょ~?」

「…………」

「何で無言?」

「いや……すまん」

「何で謝ったの?」

 わたしの問いかけに対して、じゅんたくんは片手で頬を掻きながら、気まずそうな表情を浮かべた。

「いや……考えてみれば、付き合ってからこっち、デートなんかしてないなと思い出しまして……」

「うむうむ、よく思い出したね~」

 腕を組み、鷹揚な態度でわたしはうんうんと頷く。

「……甲斐性がなくて申し訳ないけど、今はちょっと待っていただけると……」

「それは分かってるよ~。ちょうど忙しくなる時期に付き合いだしちゃったんだし、今がまさに一番忙しい時期でしょ? 正直、わたしも小野木くんたちのサポートでデートしてる暇なんかないし――」

 横からじゅんたくんの目元に触れようと手を伸ばすけど、腕が短めで届かない。頑張れば触れられないこともないけど、勢い余って運転中のじゅんたくんの目を突いても大問題なので、ギリギリまで伸ばして諦めた。

「寝不足なのか疲れてるのか知らないけど、そんなでっかいクマを育てちゃってるじゅんたくんを、無理にデートに誘おうなんて思わないよ~」

「あー……悪いな、気を遣ってもらって」

「ただ、『落ち着いたらデートしよう』の一言ぐらいあってもいいんじゃないかな~と思ってさ~」

「……面目ない」

 苦笑交じりに、赤信号を認めたじゅんたくんはブレーキを踏む。前方を見つめる目はいつもより細く、呼吸は深い。自分が疲れてる時のことを思い出し、多分眠いんだろうなと推察した。

「じゃあ、そうだな――原稿とかが上がっちゃえば、コミケ前に少し余裕ができると思うから、そのあたりでどうだ?」

「悪くないね~。でもその前に、ちょっとあのコンビニで止まってくれる?

「え? あ、ああ。分かった」

 車が左折――手慣れた様子でじゅんたくんはバックで車を駐車し、わたしの顔を見る。

「何か欲しいものでもあったのか?」

「ん~ん、じゅんたくんがちょっとお疲れみたいだからね、休ませてあげようと思って」

「……そんなに表に出てたか?」

 少し驚いたような顔で、彼はわたしに問うてくる。

「そんなには出てないよ。わたしはじゅんたくんのこと、よく見てるからね~。だから分かったのかな~?」

「……少し、照れるな」

「それに、居眠り運転で事故起こしても大変だもんね~」

「……重ね重ね面目ない」

 エンジンを切って、じゅんたくんがシートベルトを外す。

「じゃあ、お言葉に甘えてちょっとだけ眠らせてもら――」

「おっとじゅんたくんちょっと待った」

 わたしは取り出したあやとりの紐をじゅんたくんの頭にひょいと引っかける。座席を倒そうとしていた彼は、頭を押さえつけられるような姿勢でつんのめった。

「その紐、なんか久々に見たな……急に何するんだよ」

「わたしがいるのにつれないことするな~。せっかく二人きりなんだから甘えてくれてもいいのに~」

「……えっと、それはどういう」

「こ~ゆ~こと~」

 くいっと紐を引っ張る。当然、引っかけられているじゅんたくんの頭もそれに合わせて倒れてくる。

 わたしの太ももに向けて。

 ぼふ、と軽い音がして、少ししてから太ももにじゅんたくんの温かさが伝わる。今日はズボンなので、それを直接感じられないのが少し惜しい。

「……あ、あの、ときわさん?」

「あんまり肉付きはよくないかもだけど、わたしのひざまくらはどんな具合かな?」

 こちらを見上げるじゅんたくんの額へ、緩く押さえるように手を添える。自然、撫でるような形になった。

「……極上です」

「うむうむ、素直でよろしい~」

 ほんのり赤くなってるじゅんたくんの髪を、梳かすように撫でる。くすぐったそうに、太ももに乗ってる頭がもぞもぞと動いた。

「さ、少し眠って。ちょっとしたら起こしてあげるから~」

「……眠りたいのはやまやまだけど、寝られるかな……」

「あれ? 極上なんじゃなかったの~?」

「いや……その、ときわに膝枕をしてもらってるこの状況は、なんというか……色々な意味で目が覚めるというか……」

「あー、じゅんたくんえっちなこと考えてるでしょ~」

「……すまん。否定は、できない……」

 目が覚めるとか言いながらも、じゅんたくんの言葉からは、徐々に降りていく瞼のようにだんだん力が抜けていく。

 ……キスの一つでもかましてあげようかと思ったけど、今それやると完全に覚醒しちゃいそうだから、このままゆったりお話しながら眠らせてあげようかな。

「謝らなくてもいいよ~。でも、眠れないのは、困ったね~」

「だい、じょうぶだ……こうしてるだけで、なんか、元気を、もらってる、か……」

 そして言葉も徐々に不鮮明になっていく。起こさない程度の柔らかい力で、頭を撫でて眠気を促す。

 一瞬くすぐったそうな顔を浮かべたものの、そのまますぐに寝息をたてはじめた。

 おやすみ、と内心で呟いて、じゅんたくんの寝顔から車の天井へと目を向ける。そのまま見つめていたら、結局キスぐらいしてしまいそうだったから。


 ――あっ。

 じゅんたくんが眠って数分が経ったころ、目の端にちらりと何かが映った気がして、天井からやや視線を下げて外の景色を目に入れる。

「……道理で寒いわけだね~」

 フロントガラスを挟んだ世界に。

はらはらと、雪が降り始めていた。

 コンビニの駐車場を照らす証明をわずかに反射し、銀色の紙吹雪のように空を舞う。

「……綺麗なもんだな」

 下から聞こえた感想に、少なからず驚いて視線を下げる。わずかに目を開いたじゅんたくんが、さっきまでのわたしと同じように、ガラスの向こうに積もる雪を見ていた。

「ありゃ、起きちゃった~?」

 わたしの声に呼応して、太ももの上の頭がもぞもぞと動く。布越しとはいえ、その感触はちょっとくすぐったい。

「眠りは割と浅い方なんだ、ありがとな。じゃあそろそろ――」

 太ももから温もりが離れかける。それを惜しいと思ってしまい、思わずじゅんたくんの頭を手で押さえる。

「わたしはもう少しこのままでいいかな~って言うと、わがままだと思う?」

「……そんな可愛らしいわがままなら、大歓迎かな」

 ふっと彼の頭から力が抜け、太ももに温もりが戻ってくる。

「でも、エンジンぐらいかけようか? さすがにエアコンかけないとちょっと寒いだろ」

「じゅんたくんが寒いなら、つけてもいいけど――わたしは今のままでも、十分あったかいかな~」

 にへらと緩んだわたしの顔を見て、じゅんたくんは少し顔を赤くして――

「ああ……確かに、あったかいな」

 少し照れたように、呟いた。


「……あのー、仲睦まじいところ申し訳ないんですが……」


 窓ガラスをノックする音のあとに、そんな申し訳なさそうな声がした。

 見れば、コンビニの店員らしき若いお兄さんが非常に気まずそうに立っている。わたしたち二人の視線を受けて少したじろぐものの、彼ははっきりと言ってきた。

「その、何も買わないのなら駐車場を使うなと店長が……」

「…………」

「…………」

 まぁ。

 その主張の正当性は向こうにあるだろう。さらによくよく見れば店員のお兄さんの頭と肩に少し雪が積もっている。多分じゅんたくんが眠っていたから言い出しにくかったのだろう。しかもよりにもよってひざまくらで眠っているのだ。傍から見ればその雰囲気は、口出ししにくいなんてものじゃないだろう。そんな雰囲気の中、切り込んできた彼の度胸はなかなかどうして賞賛に値する。この寒空の下、しばらく立ちっぱなしにさせていたことを多少なり悪くも思う。

が、それはそれだ――じゅんたくんが目を覚ましたら何か飲み物ぐらい買っていこうと思っていたところではあるので、なんというか。

 ゲームが終わったら勉強しようと思っていたところで親から「早く勉強しなさい」と言われた気分になった。

 その後、わたしたち二人は踏み荒らすような勢いでコンビニへ入店、温かい飲み物を手に取って、叩きつけるがごとくレジに置く。

 たぁーん! ときれいな音が、静かな雪の空に響いた。



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