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キラーハウス狂騒曲  作者: 日暮晶
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第50話 黒原虹華の奇跡とカレー


「――まあ、鼻で笑える輪堂さんのツンデレ失敗話はさておき、今の話を聞いた後となると、私は輪堂さんに感謝しなきゃなんないですかね」

 輪堂さんが落ち着きを取り戻したあたりでそんな話を切り出すと、彼女は非常に嫌そうな表情を浮かべた。

「なにそれ嫌味?」

「いやいや。だって、そこで輪堂さんがやらかしてないと『キラーハウス』もできてないわけでしょ? ひいては、私と夕くんが出会える機会もなかったかもしれないわけで」

 その場合、今私は何をしていたのだろう。少なくとも、こんな風に外を出歩いている可能性は限りなく低い。コミケの話も他人事に眺めて、事件も起きないあったかい部屋で、ぬるい日常を過ごしていたことだろう。

 今起きている全ての出来事が奇跡的な出来事だと、そう思えるようになったのは、やっぱり夕くんと出会ったからなのだ。

「輪堂さんが、超がつくほどの天邪鬼でよかったです」

「感謝されているようには思えないわね……」

 苦笑まじりに呟いた彼女は、はたと思い出したように真顔になる。

「……そういえば、黒原さんが好きなのが小野木くんなんだとしたら、なんであの時大井手に好意を寄せてますアピールなんかしたの?」

 あの時っていうのは――ああ、輪堂さんがサークルの存亡を賭けた宣戦布告をしてきた日のことね。

 なんと言ったものか、と少し悩んだものの、まぁ伝えても問題ないか、と結論を出す。

 霧にも、あとで伝えておかないとね。

「私の親友がヘッドのことを好きなので、悪い虫こと輪堂さんを払っておこうと思ったんですよ。結果見事に失敗したようですが」

「えっ……わ、私以外にもそんな物好きがいるの?」

 自分でそれを言っちゃうのか。

「ええ、いますよ。しかも幼馴染です」

「……確認だけど、それはあんたの幼馴染じゃなくって……」

「ええ、ヘッドの幼馴染です」

「……なん、ですって……!?」

 それこそ雷に打たれたような表情を彼女は浮かべた。

「年頃の男女の幼馴染なんてものが実在するの!? そんな天然記念物が!?」

「ええ、私も知った時は衝撃でしたよ……それが普通のリアクションですよね」

「当たり前じゃない! 驚かない奴はどうかしてるわ!」

 霧のあずかり知らないところで霧がどうかしてる奴認定された。今頃くしゃみでもしているかもしれない。

「……しかし、それは強敵ね……」

「まあ、話を一通り聞いた後で言うのもなんですが、私は立場的に友達の味方をするのであしからず」

「……別に、黒原さんの助けなんて期待してないわ。自力であいつを奪い取るから結構よ」

 くすりと笑う輪堂さんの横顔は。

 強く、やる気に満ちていた――


「ふっ……ふぐぅ……」

 …………やる気に満ちていた輪堂さんの顔は、今にも泣きそうなほど歪んでいた。

「……か、かりゃい……」

 ……夕飯であるカレーを食べたことが原因で。

「あ、すいません、辛口苦手でしたか? ちょっと待ってください、ヨーグルトソース作ってくるんで」

 パタパタと足音を立てて、エプロンを身に着けた霧が母親のように台所へ向かった。

 現在、時刻は午後六時半。夕飯には少々早めの時間だが、わずかな休憩を除いてずっと原稿やり通しだったイラスト班のエネルギーが尽きたのと、メンバー全員、一時間ほど前から漂いっぱなしのカレーの匂いに我慢が出来なくなったのだ。

 いただきます、と全員両手を合わせたあと、スプーンを手に取る。

「いやしかし、霧のカレーってホント美味しいんだよね」

「褒めても何も出ないよー」

 台所から飛んでくる照れ隠しの言葉を聞きながら、皿の上の白いご飯と、茶色のドロリとしたルーをスプーンですくい、口へ運ぶ。

 舌よりも先に、まずカレー特有の香りが鼻をくすぐり、それ以上に食欲を強く刺激する。その香りの立ち方たるや、レトルトや私の家のカレーとは比較にならない。霧は市販のルーに加えて、さらに香辛料を足しているらしいのだ。その代償として、どう作ろうとも多少辛口になるきらいはあるのだけど――そんなことがどうでもよくなるほど、このカレーは美味しいのである。頬張った。

 刺激的な辛さが舌を痺れさせるが、一緒に飛び込んできたご飯がそれを緩和する。そして次に押し寄せるのは、玉ねぎの甘さを軸とした、ルーに溶け込んでいる複数の具材のうまみだ。決して濃すぎることはないけれど、ご飯との相性が抜群にいいこのルーは、冗談抜きでお店で出してもいいレベルだと思う。

 もっとも私は味覚がそれほど発達してないのでどの具材がどれだけ味を出しているのかはぶっちゃけそんなにわからない。ただ私に言えることは、私が同じ具材でカレーを作っても、こうはならないということだけだ。鶏肉だって歯ごたえがしっかりあるし……私が作ると煮過ぎちゃうのか、ちょっとパサパサするんだよね。

 飲み込む。はふぅ、と思わず息をつく。キラーハウスに入ってから何度かこのカレーを食べたけど、いつ食べてもおいしい……たった一口でここまで満足感を得る料理なんて他にない。

 しかし困ったことに、胃袋の方は満足、もとい満腹からは程遠い。一口目のカレーによって刺激を受けた私のお腹は、次を寄越せと唸って仕方ない。拒む理由もないので素早く二口目を放り込んだ。三口目の用意もすぐに済ませる。一心不乱にそれを繰り返しているうちに、気づけばカレーライスは皿から消え、額には汗が滲んでいた。

 美味しかった、と自分のお腹がかなり満たされたのを感じる。……感じるのだが、しかし……

「困った……まだ少し食べ足りない……」

 八分目、なんなら九分目ぐらいまでキていることは分かっているが、それでも食べたいと思ってしまう。なんなら魔法でもかかってるんじゃないかと思うほどだ。

 どうしたものかと悩んでいると、片手を吊り下げたままながら、器用にカレーを掻き込んでいたヘッドが、空になった皿を、エプロンを身に着けたままの霧に差し出す。

「カレーおかわりだ!」

「いや、もう次で3杯目だからね? 片手でろくに働いてないくせになんでそんな食べるの」

「メシを食うのに美味いから以外の理由がいるのか?」

「……もう、しょうがないなぁ」

 素直に料理を褒められてまんざらでもなさそうな霧が、ご飯をごそっと盛って、ルーをどばっとかける。大盛りのカレーライスを受けとったヘッドは、がっつがっつと美味しそうに掻きこみだした。

 …………。

「霧。私ももう少しもらっていい?」

「あ~、じゃあわたしもちょうだい~」

「白砂さん、俺もいいか?」

「す、すいません。僕もお願いします」

「あら、ではわたくしもよろしいですか?」

「……わ、私も……」

 輪堂さんと椎含む、その場のメンバー全員が一斉に皿を差し出した。あんなおいしそうに食べるとこを見せられたら、食べずにはいられないじゃない……っ!

 みんなの皿を順番に受け取りながら、冗談交じりに霧が言う。

「もう、みんなあんまり食べ過ぎると太るよ?」

「霧のカレーがうまいのが悪いんだよ。こんなカレー食わされたんじゃぁ他でカレー食えねえじゃねぇか」

「……そ、そうかな……ありがと」

 ヘッドの賞賛の言葉に、照れながら霧が小さくお礼を言う。あらあら、ちょっといい雰囲気じゃない? と私が二人をにまにまと眺めていると、横からくいくいと服の裾を引っ張られた。隣に座っていた輪堂さんが、若干青い顔で私に訊ねてきた。

「ね、ねえ……まさか件の幼馴染って……」

「ええ、ご推察の通りです。あの巨乳エプロンです」

「黒原さん親友にその言い草ってどうなの?」

 若干引かれた。外見通りの特徴を口にしただけなのにちょっと納得いかない。そんな私を尻目に、唸るように呟く。

「……強敵ね」

「さっきも言ってましたね、それ」

「改めてそう思ったのよ。ルックス、料理の腕、何よりあの胸……すべてにおいて黒原さんとは比べ物にならないから」

「その通りではありますけどぶっ殺しますよマジで」

 そんなやり取りを交えながら、和やかな雰囲気の中、夕飯の時間は過ぎていった。

 ――過ぎていったのだけれど、しかし、問題は夕飯後に起こった。

『……食べ過ぎた……眠い……何もしたくない……』

 満腹を少し超えるぐらいまで食べ過ぎた結果、満たされすぎた体が凄まじいけだるさに襲われてしまったのである。霧を除く全員。見かねたヘッドが、誰よりもカレーライスを詰め込んだ腹をさすりながら、提案する。

「……今日はもう、帰って寝るか……」

『はーい……』

 ――この事件以降、〆切が差し迫っている時期に霧の魔性カレーは厳禁となったのだけれど、それはまた、別の話。



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