第49話 黒原虹華の創設秘話
「――高校? ヘッドと輪堂さんって大学からの付き合いじゃなかったんですか?」
少し驚いてしまい、輪堂さんの出鼻を挫く形で疑問を差し込んでしまう。すると輪堂さんは苦笑しながら遠回しに否定した。
「誰よ、そんなデマ流したの」
「あーいや、勝手に思い込んでただけみたいですね。続けて」
中峯さんから『同じ学部だ』って話を聞いただけで、大学からの因縁だと思い込んでいたけど――どうやらもう少し、この二人の因縁は深いらしい。
「――そもそも、昔の私はこんなじゃなかったのよ……まあ昔っても、ほんの数年前だけど」
「元ギャルか何かでこっち側とは縁遠い人間だったってことですか? その見た目ですもんね、さぞ男を漁ったことでしょう?」
「残念ながら処女ですぅー。っていうか今の見た目で判断しすぎでしょ……むしろ逆。こっち側にどっぷりの根暗系女子だったの。身なりもそんなに気にしないで、黒縁眼鏡かけてさ。ちょうど今のあんたみたいに」
どうやら大学デビュー勢らしい。っていうか、
「誰が根暗ですか」
「見た目の話よ。今のあんたみたいに飾りっ気がなかったってこと。まあ、友達とかはそこそこいたけど」
「根暗舐めんな」
「急に何!?」
「複数の友達がいる奴を根暗とは私は認めない」
「あんたは根暗界の何なのよ……まあ、友達って言っても付き合いは悪かったし、休みの日だって全部絵の練習に当ててたから、誘われてもいつも断ってたんだけど」
「よくそれで友達がいなくなりませんでしたね」
「私の夢に理解がある人としか絡まなかったから。イラストレーター、もしくは漫画家になるっていう、ね。これでも校内ではそこそこ有名人だったのよ?」
「変人として?」
「否定はしない」
にまっと笑って輪堂さんは答える。
「学内成績一桁の才媛ながらにイラストレーターを目指してる変人だってよく先生から言われたわ」
「この時代によくもまぁそんなこと言えましたねその先生……」
聞く親が聞けば即炎上案件ではなかろうか。
「夢を追うのにケチをつけられたくなかったの。私は芸術方面にしか進めなかったんじゃなくて、どこにでも行ける状態からこの道を選んだんだってね」
どこかで聞いたセリフだ、と思ったら――そうか、そういえば『キラーハウス』の手伝いを申し出た時もそんなことを言ってたな。
ケチをつけられたくない、か。その辺が、輪堂天音という人間の核なのかもしれない。
「――まあ、そんな高校生活も一年が過ぎて、高校二年の時だったかしらね。あいつが私のところに来たわけよ」
「誰ですか?」
「……この話の流れで大井手以外の人間が来るかしら」
「念のための確認ですよ。さっきそれで掛け違ったんですから」
「……まぁいいけど。大井手が来たわけ。同じ学校だし私とは違った意味で有名人だったから、見たことはあってもまともに話したのはその時が初めてね」
「……違った意味で有名とは?」
「アホで騒がしいけど、常に物事の中心にいたのよ。なんとなく想像できない?」
「あー……」
確かに、なんとなく想像がつく。
「行動力は人一倍ありますけど、頭が足りないから放っておけないって感じじゃないですか?」
「お、おお……その通りだけど、自分のとこの代表に結構な言いぐさね……」
「私、別にヘッドのこと尊敬してるわけじゃないですからね。それで、ヘッドはなんで輪堂さんのところへ?」
「……絵を教えてほしい、って言ってきたのよ」
「……絵を? なんというか……意外な馴れ初めですね」
「そうかしら?」
「だって、ヘッドと輪堂さんってお世辞にも仲がいいとは言えないじゃないですか」
「ふぐっ」
澄ました表情の輪堂さんが涙目になった。
「てっきり、ラッキースケベ的遭遇で理不尽な暴力をヘッドに振るったことから関係が始まったものかと」
「……………………そんな始まり方はしてないわよ」
なんだ今の間。さては始まりではないにせよそう言うこともあったな……?
まあ今はそれについては置いておこう。
「なんでも、どっかで見た同人誌が最高に刺さったらしくって、漫画家を目指そうと決めたんだって。で、元々趣味で絵は描いてたらしいんだけど、どう直したらいいのか分からなくなったって言ってたわね。それで、絵……というか、こっち側のイラストなんかに詳しそうな私のところに来たんだって」
「へえー、それでヘッドにイラストの描き方を教えたんですか?」
ということは、ヘッドの絵の師は輪堂さんということになるのだろうか――と思っていると、なぜか言いづらそうな表情で、ぼそりと彼女は呟いた。
「…………突っぱねた」
「……はい?」
「……いやあの、まぁ私もあのころは若くてね……」
「遠い目をして何十年前の話みたいに言わないでください、ほんの三年前でしょう」
「その、さっきも言ったけど、あいつって大体人の輪の中心にいるじゃない? 傍から見たらリア充にしか見えなくてさ……」
「……ああ、なるほど。『なめんなリア充、絵を教えてほしけりゃ人生やり直して泥と屈辱に塗れた姿になってから出直して来やがれ』と」
「そこまでのことは言ってないからね? どんだけリア充嫌いなの黒原さん……」
なぜか引かれた。おかしいな、こちら側の人間ならこのぐらい普通では……?
「……ま、そのせいであいつからは随分嫌われちゃってね」
「でしょうね」
あの仲の悪さの根幹は、どうやらこのあたりにあるようだ。
「ただ、その件で私に対抗心を燃やしたのか、ちょいちょいイラストを見せに来るようになったのよね。最初は私の圧勝だったんだけど、なんだか急成長してきちゃって。時には私のイラストを上回ることもあった」
……これは。
もう展開が若干読めたが、もう少し泳がせておこう。
「私も結構躍起になってね。上回られたら上回りかえして、みたいなことを繰り返すうちに私たちのイラストは上達していったわ」
「そんなことを繰り返しているうちに、『こいつのこと最初は嫌いだったのに、いつの間にこんなに』みたいになったってことですね」
「そ、そんなはっきり言わないでよ!? 恥ずかしいじゃない!」
「今更そんなこと言われても……」
赤くなった顔を逸らして、コホンと自分を落ち着かせるように咳払い。
「……まあ、リア充なのは間違いなかったけど、こっち側のことに理解もあったし、何より絵に情熱もあった。こいつなら一緒にいたいかなって思ったのは、確か」
「うっわぁ……聞いてるこっちが恥ずかしくなってきますね」
「聞き出しておいてそれはないでしょう!?」
「でも、それなら多少は素直になればよかったじゃないですか」
そうしたら、案外今頃、ヘッドと付き合っていたのは輪堂さんだったかもしれない。
「……一回、素直に誘ったわよ」
「へ? デートにですか?」
「サークルよ」
私は思わずぱちくりと目を瞬かせる。
「元々、大学に入ったら同人サークルを作ろうと思ってたの。高校を卒業したあとのサークル起ち上げに当たって、一番最初に声をかけたのがあいつだったってこと」
「……それもまた意外ですね……」
「意外でもないでしょう? 戦力的にも上々、一緒のサークルにいれば距離を詰める機会だって……そう思って、誘ったのにあいつ……」
「……なんて断られたんです?」
「…………ふざけんな、お前と一緒のサークルに入るぐらいなら自分でサークル作ってやるって……」
「え、流石にそれは――」
ヘッドが酷い。そう言いかけて、頭の中に生じた違和感がストップをかける。
確かに二人は犬猿の仲とはいえ、誘われただけのヘッドがそこまで言うか……?
「……輪堂さん」
「な、なに」
「なんて言ってヘッドを誘ったんです?」
びくっ、と肩を跳ねさせた輪堂さんが、たっぷりの間を取って、力なく言う。
「……………………さ、サークルに入ってほしいって…………」
「当時ヘッドに発した言葉を、一言一句違えずにどうぞ」
「…………………………………………『これからサークルを作るから、今メンバーを探してるわけ。私には及ばないけど、まああんたの実力は認めてないこともないから入れてあげてもいいわよ。どーせ自分でサークル作るなんて器用なこともできないでしょうから感謝しなさい』って…………」
「…………」
「……あ、あの、黙っていられると私がいたたまれないんだけど……」
あんまりな誘い文句に絶句していた私は、短く発した。
「素直、とは?」
「あああ分かってるわよ、全部私の身から出た錆よぉぉぉ!」
寒さと静寂の満ちる住宅街の一角に、輪堂さんの慟哭が轟いた。
意外なところで語られた同人サークル・キラーハウス創設秘話。
これを書いた当初、自分はゲラゲラ笑ってたような気がします。ポンコツツンデレいいですよね。




