第4話 黒原虹華の人生相談
部屋の隅に置かれているちゃぶ台の周りに私と霧、そして大井手ヘッドが座る。このサークルの概要を説明するとのことだ。
「えーっと、じゃあ改めまして。同人サークル『キラーハウス』へようこそ。歓迎するぞ、黒原」
中峯さんが入れてくれた冷たい麦茶を一口含んでから、ヘッドはそう仕切り直す。
「俺たちの活動は、まぁ意外性もへったくれもないが、いわゆる同人誌の製作、そしてイベントへの出場だな。とはいえ、あくまで趣味の活動だ。何を置いても絶対参加、とかは言わないから安心してくれ」
「イベントって……コミケとかですか?」
もはや現代においては、私たちのようなオタク寄りの人間でなくとも知っている同人誌即売会のビッグイベント、コミックマーケット。毎年お盆と大晦日の時期に行われている超大規模なサブカルチャーの祭典。
とはいえ、基本的な認識がそうであると言うだけで、同人サークルと同じだ。アニメや漫画に限らず、こちらも色々なサークルが出店している。絵本とか俳句とかね。
「コミケにもいずれは参加したいと思っているけどな……今はまだ、近場のイベントだ。規模は小さめだが、れっきとした即売会――初めて出店したときは、そりゃ、あんまり売れなかったけど」
少し苦虫を噛み潰したような表情。自分の作った物が売れ残る。一体どんな気分なのか、私には皆目見当がつかない。今は、まだ。
「でも、次出たときに、前の同人誌を見たって人が来てくれて、その時売ってたのを手に取ってくれたんだ……あれは嬉しかったんだよなぁ」
ヘッドの頬が緩む。自分の作った物を手に取ってもらえる――その喜びも、私には皆目見当がつかない。今は、まだ。
「で、そうなってくると、どんどんクオリティを上げていきたいと思っちまうわけでな。そのためにはやっぱり人手がいるわけだ……んで、メンバーの増員を画策したわけ」
「……なるほど」
「ちなみにウチの仕事割は、キャラのメイン作画が俺、背景を夕、その他細々した配色なんかを灰森がやってくれてる。霧と隼太郎はその他諸々だな」
「つっても、あたしがやってるのは一番の読者として感想を伝えるぐらいだけどねー。あとはメンバー勧誘?」
「それ以外……イベントへの申し込みだったり買い出しだったり、あとメンバーの送迎も俺の仕事だよ」
へえー、とちょっと驚いた。意外とちゃんとしてるんだなぁ、と思いはするものの、逆に私はなんのために連れてこられたのかしら、という気分にもなる。
別に絵が描けるわけでもないし。
「そこでだ……黒原に頼みたい仕事って言うのは、ストーリー監修なんだ」
「へえー、そうなんです……っ!? ストーリー監修!? 私が!?」
待て待て待て待て。
新人に振るポストにしては色々と問題があるだろうに。
「さっ、さすがに無理でしょうそれは!? 別に私小説書いてるわけじゃないんですよ!?」
「問題ない。俺たちだって初めからうまかったわけじゃない」
「しょ、小説読んでるだけの私にストーリー監修って……」
「問題ないって。むしろ、その『読んでる』が肝要なんだ――俺たちが出してるのは、基本二次創作本だからな」
「え? あ……」
二次創作。それはつまり、公式で発表されている漫画やアニメのキャラクターを使って描く、『もしも』のストーリー。
あの話とあの話の間にはこんなことがあったんじゃないかという推測本や、話が終わった後の続きの妄想……あとは、主人公とヒロインがひたすらいちゃついたり、逆に主人公とサブヒロインがくっついたり、あとはサブキャラカップルの話が多い印象がある。
ただその場合、重要になってくるのは『キャラクターたちの個性や性格をちゃんとつかめているか』だと思う。ネットでいくつか漁って読んでみたことがあるけど(もちろん全年齢版である、18禁も結構な数引っかかったが)、あまりにもキャラが違うと違和感が洒落にならないのだ。一人称を間違えるなども致命的だが、「お前そんなこと言わねえだろ」みたいなセリフが出てくるともう完全にアウト。そこを掴み切れなければ、どれだけ絵がよくても、二次創作としては駄作の烙印が押される(注・個人の感想です)
「……それで、私ですか」
「ああ。一応ストーリーの大枠自体は俺たち作画班で話し合って決めてるし、キャラの個性にも気をつけてはいるんだが、そこらへんを確認してくれる奴がいるに越したことないだろ。俺たちがメインでネタにしてる作品を、黒原はよく読んでるみたいだしな」
「……そういうことなら、了解です」
ストーリー監修なんていうから、てっきり自分でゼロから話を作ってくれとか言われるのかと思ったけど……どっちかっていうと、編集者寄りの仕事みたい。……いや、編集者の仕事を知ってるわけじゃないけど。
「まあ、自分で考えてみたいっていうなら全然オーケーだけどな?」
「いやいや……さすがにそれは」
ないと思うけど、どうなんだろう。
案外、関わっているうちにやってみたくなるものなのかな。
「まあ、今日のところは急ぎの原稿もないし、ゆっくりしてってくれ――俺たちが今までに作ってみた同人誌を読むもよし、メンバーと話して交流を深めるのもいいと思うぞ」
「なるほど、分かりました」
…………。
「……いや、何か話してきてもいいんだぞ?」
「すいません、コミュニケーション能力が足りないもので……」
初対面の人になんて話せばいいのか分からず、私は座りっぱなしだった。気まずさから思わず目を背ける私。
「仕方ないなあ……一人ずつ行こっか。小野木くーん、ちょっと来てくれる?」
いきなり大本命が!?
「あ、はいっ」
手を止めた小野木くんがぱたぱたとこちらへやってきて、ちゃぶ台を挟んで私の向かいに正座した……いやいや。さすがに口に出さずにはいられなかった。
「あ、足崩してもいいのよ? 面接じゃないんだから」
「そうですか? では……」
小野木くんが座りなおす。膝を抱えての体育座りだった。……くそぅ、行動がいちいち可愛いな。
しかし、何を話したものか……と少し考えて、そういえば、とちょっと気になっていたことを訊ねてみることにした。
「あ、あのさ……、さっき自分で男子って言ったのってなんで?」
「あ、あはは……えっとですね、僕、線が細いので女子に間違われることがすごく多くって……」
恥ずかしそうに照れ笑いを浮かべる小野木くん(可愛い)に、でしょうね、と私は内心頷く。実際私も外見だけでは分からなかった。むしろ女子だとすら思っていたのだ。
再度言っておくが、小野木くんはそんじょそこらの女子より可愛い。可愛さという面に絞れば、外見、性格、行動のすべてにおいて、本職女子の私はおろか霧をも軽く抜き去る。私が彼に勝ってるのは辛うじて胸の大きさぐらいだ。
二次三次問わずに女子を吟味してきた私が言うのだから間違いない。
……言ってて悲しくなってきた。
しかし――その悲しみが全部まとめて吹っ飛ぶほどのセリフを、彼は続けて口にした。
「だから、もうちょっと身長伸びて、筋肉とかつけて、男らしくなれればなーって思うんですけど……」
………………………………あん?
今この可愛い子なんつった?
気づけば、私はちゃぶ台を回り込み、彼の両肩をがっと掴んでいた。突然掴まれた小野木くんは、何が起こっているのか分からないという表情をしていた。
普段人の目など見ない私は、前髪で半分隠れている彼の目をまっすぐに見つめる。……ちょっと怯えた目も可愛いなぁ……って、そんなこと言ってる場合じゃない。
「……小野木くん。君は形から入るタイプなのかな?」
「へ? え、えぇっと……」
「いいことを教えてあげるよ、小野木くん。外見だけを男らしくしたところで、あまり意味はないわよ。むしろ、今の君が筋肉ムキムキになったとしても、外見とのアンバランスさからオネェっぽく見られること請け合いよ」
「え、えぇっ!? そうなんですか!?」
あぁ~可愛いリアクションしてくれるなぁもう。
「あー、確かにそうかもな」
大井手さんの思わぬ追撃に、小野木くんがさらにショックを受ける。ナイス援護射撃よ、ヘッド!
涙目になっている小野木くんに、ここぞとばかりに畳みかける。
「つまり、小野木くん。君は外見を大きく変える必要はないわ」
「で、でも、それじゃあいつまで経っても……」
「そんな風に、もじもじとしているから女の子みたいに見られるのよ。男たる者、威風堂々として、何を言われようと気にしない芯の強さが必要よ」
「……!」
小野木くんの「なるほど!」みたいな顔を見て、大物が針にかかった釣り人の気分を味わう。
「分かってくれたみたいね。そう、君は君のままでいいの」
ぱぁあっ、と小野木くんが花開くような笑顔を見せてくれる。
そう、彼はこのままでいいのよ――こんな可愛い子が、汗だくだくの筋肉野郎になったら世界の一大損失だものね!
「……なんか、虹華の考えることが透けて見えるなぁ……」
ぼそっと呟いた霧の言葉は黙殺した――途端。
「――黒原さん、いえ、虹華さん!」
「わっ、ひゃっ、ひゃいっ!?」
下の名前で呼ばれただけでなく、突然両手を包むように握られて、驚きのあまり声が裏返る。あぁ、頬は火傷を疑うほど熱いのに、手はぽかぽかと温かい……その熱だけで頭が溶けそうだった。もとから蕩けているだろうというツッコミは受け付けない。
「虹華さんの言葉、すごく心に沁みました! まさに目から鱗が落ちる思いです!」
「え、ええっと……そ、そう、ありがと」
かなり身勝手な動機による言葉だったため、舌先三寸口八丁でだまくらかした後ろめたさが半端ない私である。
「ですから、その、折り入ってお願いがあるんですがよろしいでしょうか!」
「なっ、なんでしょうか?」
じりじりと距離を詰めてくる小野木くんのあまりの剣幕に、私の方も敬語になってしまう。
……な、なにこれ。ものすごくペースを握られてる感じ! いきなり胸がドキドキしてきた――けど、悪くないわ! 今なら、どんなお願いもオーケーしちゃいそう!
「――僕が男らしくなれるように、ご教授願えないでしょうか!?」
「まっ、任せなさいっ! ……あっ」
――自分の発言に気づいた時にはすでに遅かった。まさに覆水盆に返らずというやつだ。
私は自らの手で理想の相手を潰しかねないお願いを、あっさりと受諾してしまったのだった。
目の前で私の手を握ったまま、すごく可愛らしい笑みを浮かべている彼の顔を見てしまっては、やっぱりナシなどと言えるはずもなく。
この瞬間を境に、私、黒原虹華の恋愛模様は徹底的にややこしくなっていくのだけれど――もちろん、この時の私が、それを知る由もない。
本日はここまで。明日以降、一日ごとに1話ずつ更新していこうと思います。
ちなみにですが、作者は同人サークルなるものに入ったことはありません。同人サークルに知り合いもいません。何かこう、同人サークルの実態と違うぜ!? みたいな部分があった時は生ぬるい目で見逃していただけると幸いです。
なのでみんなが幸せになれる言葉をここで一つ。
※この同人サークルはフィクションです。
では、よろしくお願いいたします。