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キラーハウス狂騒曲  作者: 日暮晶
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第47話 黒原虹華の掛け違い


 ――輪堂さんと椎が援軍として来て以降、それまでのペースが嘘のように原稿は進んだ。

「小野木くん、次のデータ入れといたわよ。あとよろしく」

「はい、ありがとうございます!」

 輪堂さんと夕くんの二人は、互いに画面から目を離すことなくそんなやり取りを交わす。

 ……ほんの二、三日一緒に作業しただけにしては、妙に息ピッタリじゃないかな……いやまあ、作業が早く進む分には悪いことじゃないのだけど。

「はっはっは、さすがだなー、輪堂の奴」

「ケツに火が点かなきゃ動かないカチカチ山のヘッドよりもはるかに有能で助かりますよ」

「おいおい隼太郎、冗談きついぜ!」

「ハハハ」

 現状一番の役立たずと化しているヘッドと、目の笑っていない隼太郎さんがそんなやり取りを交わしている。ちょっとしたホラーの絵面だあれ。

 そんな恐怖の現場から目を逸らしつつ、私は自分の心が微妙にささくれ立っているのを感じていた。

 こうなるのは、やっぱ輪堂さんのルックスが綺麗寄りだからかなぁ……夕くんだって思春期の男の子なんだし、ああいう人に心を奪われないとは言い切れないし。

 それに色恋とは別の部分で気になることもあるわけで――

「あ、あのぅ……輪堂さん」

 そんな折、ペンを動かす手を止めた夕くんが、もじもじと話しかける。

「ん? なに、小野木くん……あ、また?」

「は、はい。いいですか?」

「まったくしょうがないわね……別に構わないわよ。初めてでもないんだし」

「あ、ありがとうございます!」

 ――セリフだけ聞いてるとちょっとしたR-18な展開が頭に浮かぶようだけど、もちろん実際は違う。

「では、失礼して……」

 夕くんは自分の椅子を輪堂さんの斜め後ろへ持っていき、彼女の前にある画面を凝視する。

「見られながら、ってのもあんまり慣れないもんだけどね」

 苦笑しながらも、輪堂さんは夕くんが描いたラフから、必要ない――正確にはなくても問題のない線を削る作業に入る。その様子を、夕くんは食い入るように見ているのだ。

 線の削り方、そのポイントなんかを、見ながら学んでいるのだという。今後のためにも必要な技術だからと、夕くんが輪堂さんに拝み倒して見せてもらっているのだ。

「…………」

「…………」

 二人の間に言葉はない。この二人はこうなったらいつもこんな感じだ。輪堂さんは作業に、夕くんは見ることに集中しているのだから当然と言えば当然だが。

「……あのさ、小野木くん」

「はい?」

 しかし珍しく、輪堂さんによってその沈黙が破られた。口を動かしながらも手を止めることなく、輪堂さんは問う。

「どうよ、よかったらウチのサークルに来てみない?」

 部屋の中の空気が、一気に張りつめたような気がした。というか、多分一番張りつめさせたのは私だろう。

 ある意味、恐れていたことが起きてしまった。

 技術に関して、これだけ熱心に食いついてくる相手がいたら、自分の手元に起きたくなるかもしれないという危惧が。

「『キラーハウス』よりも『シャイニーリング』にいた方がいい――とまでは言わないけど、教えてあげられることは結構あると思うよ?」

「おい輪堂、お前うちのメンバーを誘惑しに来たのか? 手伝った報酬に夕を寄越せだの言う気じゃねぇだろうな」

「うっさいわね、心配しなくてもそんなつもりは毛頭ないからあんたは黙ってなさいよ。これは報酬がどうのじゃなくてただの勧誘よ」

 堂々とした引き抜き交渉に、流石のヘッドも黙ってられずに口を挟むが、輪堂さんは短く返して夕くんの言葉を待つ。

 輪堂さんの技術は、はっきり言ってかなりのものだと思う。その薫陶を受けられるとなると、夕くんといえどこの申し出を受ける可能性も――

「えっと……ごめんなさい」

 が、そんな私の危惧をよそに、夕くんは少々悩んだのち、きっぱりとその申し出を断った。

「その、誘ってもらえたことは嬉しいですし、技術に関して知りたいことも色々あるんですが……その、やっぱり僕は『キラーハウス』のメンバーですから。『シャイニーリング』にはいけませんよ。だからこそ今、こうして盗めるところは盗んでおこうとしているわけですし」

 思いの外しっかりと断った夕くんをちらりと見て、輪堂さんはふぅ、と短くため息をつく。

「そ。まあ駄目元のつもりだったからいいんだけど――ちょっと残念かな」

「すいません。それに――」

 夕くんは私を見て、ニコッと微笑む。

「師匠なら、もういますから」

「……師匠、ね……大井手じゃなくてあの子なんだ……」

 意味深な目つきで、輪堂さんが私を見てくる。少なからず敵意が混じっている気がするのは気のせいだろうか。

「だっはっは、ざまぁねーな、輪堂。まぁ俺ははじめっから、夕は断るだろうと思ってたけどな!」

「だったら黙ってりゃよかったでしょ。っていうか、考えてみれば勝てばウチに接収されるんだから結果あんまり変わんないか……ん、こんなところかな」

 キリのいいところまで片付いたのか、輪堂さんが手を止め、一つ伸びをする。仕上がったものを見た夕くんが感嘆の声を上げた。

「はぁー……やっぱり早いですね」

「このぐらいなら慣れよ、慣れ。……でも休憩がてら、ちょっとコンビニまで行ってこようかな」

 そんなことを言いながら、彼女は私へ視線を向けてくる。

「ねえ、えっと……そうそう、黒原さん」

「はい?」

「ちょっとコンビニまで一緒に行かない?」

 

 ……な、なんなんだろう、この状況。

 寒空の下、敵サークルの代表である輪堂さんとともに、最寄りのコンビニへと向かいながら、私はそう思わざるを得なかった。

 しかも向こうから誘ってきておいて、話題を振ることすらしないのだ。そして私からわざわざ言うほどのことだってないし。

 マジでなんで呼び出されたんだ……?

 そんな心の声が聞こえたわけでもないだろうが、唐突に輪堂さんが口を開いた。

「まったく……毎度毎度、あなたは私の邪魔をするのね」

「仰っている意味がよく分からねーッス」

 いきなり何を言い出すんだこの人は。年頃の男子中学生か。

「……まあ、今のは半分ぐらい語感に流された感あるけど」

「それを自分で言うんですか」

 とツッコミはしたものの、まぁ創作に携わる人間は、案外これがスタンダードなのかもしれない。

「それはそれとして、一つ訊きたいことがあるんだけど」

「はい? なんです?」

「……あなた、あいつのどこに惚れたの?」

 ……おっと、と私は驚く。夕くんのことをあいつと呼んだことにも驚いたけど、それ以上に。

「……気づいてたんですか?」

「いや、あれで気づかない方がどうかしてるでしょ……相当見せつけてくれたくせに」

 呆れた様子で輪堂さんは半眼になる。

 そうか……私が夕くんに惚れていることに気づいていたとは思わなかった。この人の前では夕くんとはあまり絡んでいないのだけれど、それでも見抜かれてしまうとは……案外、私の感情は表に出やすいのかもしれない。しかしこうもあっさり看破されると、流石にちょっと恥ずかしいな。

「それにしても、他人の恋愛事情が気になるなんて……案外輪堂さんも乙女ですね」

「う、うるさいわね。奪い合いになるんだから気にして当然でしょ」

 その言葉に、今度は私が呆れる番だった。この人、夕くんにあれだけバッサリと断られておいて――

「まだ諦めてなかったんですか?」

「な、何よその顔……諦めないのは私の勝手でしょ」

 どうやら納得したように見えたのはポーズだったらしい。意外と演技が上手いなこの人、と思わざるを得なかった。中々に油断のならない人だ。

「大体、そっちだって付き合ってるわけじゃないじゃない」

「? それはそうですけど……それが何か関係ありますか?」

 夕くんをスカウトするにあたって、私と彼が付き合っているかどうかは極論関係がない気もするのだけれど。

「……なかなか、手強いわね。付き合うとかに関係なく、自分たちの絆は絶対のものだって思ってるってことね」

「まあ、ある意味付き合うって関係性よりも強い絆はあると思いますよ」

 何しろ師弟関係だし。

「言うじゃない。まあ、そのぐらいの方が相手にして不足はないかな」

「奪う気満々ですね……ああ、まぁそれはそれとして、どこに惚れたか、でしたっけ? 一言で言うなら可愛い顔立ちってとこですかね」

「えっ」

「えっ?」

 なぜか輪堂さんが立ち止まり、驚愕に目を見開いている。

「か……可愛い? あいつが?」

「ええ、可愛いじゃないですか」

 あの女子と見紛う細い外見を、可愛い以外になんと形容すればいいのだろう。

「そ、そう……いやごめん、ちょっとあまりに想定外の答えだったもんだから……そうか……アレを可愛いと感じるのか……」

 人の感覚はそれぞれだもんね、と必死に自分を納得させるようにぶつぶつと呟きだし、再度歩き始めた。

「てっきりかっこいいとか言ってくるかと思ってたから、驚いた」

「かっこいいというにはちょっと顔立ちが幼いでしょう」

「おっ、幼い!? あれが幼い!?」

「まあ、今ぐらいがちょうどいいので、あれ以上かっこいい側に寄ってもらわなくていいんですけどねー」

「な、なかなか変わったセンスを持ってるわね……」

 やや引き気味に言う輪堂さんに、私は言い返した。確かに、夕くんを好きになった私のセンスは変わっているのだろうけれど――

「ウチのヘッドを好きとかいう輪堂さんも、大概趣味が悪いですよ?」

「えっ」

「えっ?」

 またも足を止めて、輪堂さんが振り返る。

「……それは盛大なブーメランだと思うのだけれど」

「ブーメラン? ああ、趣味が悪いってやつですか? まあ、人よりは趣味が悪いのは認めますけど」

「え、いや、そこじゃなくて、だってそっちも大井手のこと好きなんでしょ?」

「はい? いやいや、なんであの筋肉の塊みたいな騒がしいのを好きにならなくちゃいけない――」

 言いながら、はっと一つの可能性に思い至り、口を閉ざす。

 そして私より一足先にその可能性に至っていたらしい輪堂さんが、先に口を開いた。

「……あ、あの、一つ確認したいのだけど」

「……どうぞ」

「……今まで、誰について話してた?」

「……夕くんですよ。小野木夕くん。輪堂さんがスカウトしたけど振られたあの子です。そちらは?」

「……大井手について……」

 中途半端な気まずさの中を、冷たい風が通り過ぎていく。

 ……どうやら、私たちは。

 ボタンを掛け違えたまま、ずっと話をしてきていたらしかった。


そういえばあの誤解って解いてなかったよなー……などと思いながら書いてた記憶があります。

それはそれとしてお互いに勘違いしたままの会話は中々に頭とカロリーを消費しますね。

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