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キラーハウス狂騒曲  作者: 日暮晶
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第45話 黒原虹華の解読不能


 一皮剥けた夕くん(変な意味ではない、断じて)のおかげで、同人誌の完成にも一筋の光明が見えた。

 このままいけば、どうにかなるだろう――と、少し気を抜いたのがマズかったのかもしれない。〆切予定まで残り約一週間の12月初頭、そう思わざるを得ない事件が起こった。

「よっ……予定の半分しか進んでない!?」

 ――ここ数日サークルを空けて、なにやらあれこれと工作を仕込んでいたらしい中峯さんが、夕くんの進捗を聞いて驚愕する。

「すっ、すいません!」

「い、いや……どういうことだ? 夕がサボってたとも思えないし」

「うん、ここにいるときはほとんど休まないで描いてたよ。実際すごい集中力だったんだけど――」

 ときわさんが夕くんの仕事ぶりを話しながら、数枚の原稿を差し出す。

「逆に、打ち込み過ぎちゃったみたいなんだよね~。これ見てよ」

それは、ここ数日で夕くんが仕上げた部分をプリントアウトしたものだ。

 元々うまく、可愛かった夕くんの絵柄だが、今はそこはかとなく肉感的……平たく言っちゃえばエロさが加わって、そんじょそこらのイラストには負けない色気を放っている。

 加えて、服の皺なんかも細かく描きこまれていて、一コマ一コマが一枚のイラストかと思うほどの仕上がりだ。

「おおっ……これはヘッドが描いたものに勝るとも劣らない……いやこれヘッド負けてるな」

「そうなんだよ、夕のやつ一気にコツ掴んじまったみたいでなー。若者の成長は早くて困るぜ」

 中峯さんの感想に対し、参ったと言わんばかりに、骨折中のヘッドは自由な左手を上に挙げる。その左手にペンが握られているのは、現在左でも字やイラストを描けるようにと練習中であるからだ。

 いわく、「今回の件には間に合わないにせよ、いつか役に立つかもしれんだろ」とのことだ。何かせずにはいられないらしい。

「……でも、ああ、そういうことか」

 中峯さんが、納得したようにイラストを見る。

「要するに、納得いくまで書き込み過ぎて、逆に一ページあたりに時間がかかるようになってしまったと」

「はい……」

 しゅん、とうなだれる夕くん。可愛い。

「いわゆる、急激に成長した人間のジレンマってやつね。納得いくまで書き込めば〆切には間に合わないけど、間に合うペースで描いてると絵に納得が行かなくなると」

「虹華さん、その言い方はものすごく恥ずかしいんですが……」

「……別に怒る気はなかったけど、これは何と言ったもんかな……」

 苦笑交じりに、中峯さんが頭を掻く。

「けどこのぐらいのクオリティじゃないと、『シャイニーリング』に太刀打ちできないのも確かだ……よし、しょうがない」

 ぱん、と膝に平手を打つ。

「多少〆切は延びてもいい。このまま突っ走ってくれ」

「えっ……それは……」

 夕くんの顔が渋いものになる。そんな中、驚愕の声を上げたのはヘッドだった。

「珍しいな、お前がそんなこと言うのか? 去年とか、俺が〆切破りそうなときは鬼みたいな形相で急かしてきたくせに」

「そりゃそうでしょう。印刷所の〆切過ぎたら追加料金取られるってことは再三言いましたよね? ウチはそんなに余裕ないんですから」

 額に青筋を浮かべて中峯さんが言う。

「なのに今回は過ぎてもいいのか?」

「このクオリティが約束されてるなら多少の出費は大目に見ますよ。サークルが残るか吸収されるかの瀬戸際ならなおさらね。大体、先延ばし先延ばしで無駄に〆切破りかけてたあんたと、覚醒したてでクオリティ追及にブレーキが利かないから時間がほしい夕とじゃ状況からして違うでしょうが。そもそもの原因を話せばヘッドが骨折したせいですからね?」

「むむっ……確かにそうだな。まあ、俺ならこれには一歩及ばないものの、〆切にはきっちり間に合わせるけどな!」

 カァン! と小気味いい音が部屋の中に響く。ヘッドの頭と、エプロン姿の霧が振り下ろしたお玉が衝突した音だ。

「いぃってぇえ!?」

「だーかーらー、全ての元凶はあんたの骨折っつってんでしょ! 頑張ってる小野木くんを追い詰めるようなこと言ってんじゃないわよこのバカ!」

「ちょっとした冗談じゃねえか!」

「だとしたらタイミングもタチも最悪よ! 小野木くん純粋なんだから真に受けるに決まってるじゃない!」

「だ、だ、大丈夫ですよ……」

 霧が説教する傍ら、夕くんがにへらと焦点の合わない瞳で笑う。

「ぼ、僕が今から〆切まで徹夜すればきっと何とかなりますから……っ!」

「ほらぁ言わんこっちゃない!」

「ゆ、夕くん!? 駄目よ、それはやっちゃダメなやつよ!」

 無理のし過ぎで製作途中に倒れるパターンなのは火を見るよりも明らかだ。

「まあとりあえず、あれだね~。極力線とか削れそうなところを探して、少しでも仕上がりまでの時間を減らせるようにしないとだね~」

 ときわさんが提案する。のんびりとしながらパソコンの画面に映しているのは、夕くんが描いたラフのようだ。

「ヘッド~、早く仕上げられるって豪語してるんだから、小野木くんにアドバイスぐらいしてあげてよ~? それができないなら今ヘッドの価値ないよ~?」

「お、おう」

 じっとりとしたときわさんの言葉は12月に入った外の北風よりも冷たい。さしものヘッドも無駄口を叩かずに、パソコンから夕くんのラフを見る。

「……〆切まであと一週間……あーいや、隼太郎、伸ばしてあとどのぐらいまで行ける?」

「……ガチのデッドラインはプラス四日ってとこですね」

「じゃあ十日ちょいか……そんでこの量は……」

 ふーむ、と唸ってヘッドが眉間に皺を寄せ、出した結論は。

「……無理だろコレ」

 情け容赦ないものだった。仮にもこのサークルのヘッドが、期限までに仕上げるのは不可能だと宣言した。

「これ全部今のレベルで描き込んでたら、どんなに時間があっても足りねえけど、線削っても怪しいな」

「ラフでOK出したのヘッドでしょ~?」

「ここまで描き込まれるとは思って無かったんだよ。せめて、〆切がもう三日余裕があるか、あと一人絵を描ける奴がいればなぁ……」

 しん、と部屋の中に静寂が満ちる。なんとなく誰もが言葉を発しづらくなってしまった中、ぱん、と空気を変えるように手を叩いたのはときわさんだった。

「話してる時間ももったいないしね。とにかくやれるだけやってみようよ~」

「そ、そうですね! できるだけ早く仕上げられるよう、頑張ります!」

 一旦話がまとまり、各々が作業につく。

 来訪者を知らせるチャイムが鳴ったのは、それから間もなくのことだった。

「あ、私出てきます」

 腰を浮かせかけた中峯さんに先んじて立ち上がり、少し冷える廊下へ出て、玄関を開く。

「どちら様で――」

「わ、私様よ!」

 仁王立ちでそんなことを言った相手の姿を認めて、私はにっこりと彼女に――同人サークル『シャイニーリング』の代表、輪堂天音に返す。

「お帰りください」

 勢いよく閉めようとした扉を、横合いから伸びてきた足が止める。……妖怪みたいなタイミングで邪魔をしてきたこの脚は……!

「そんなイケズなことおっしゃらないで、お話だけでも聞いてください、虹華さん」

「……あんたもいたのね、椎」

「はい、お久しぶりです。本日も素晴らしい死んだ魚の瞳ですね。ぞくぞくしちゃいます」

「喧嘩売りに来てんのかあんたは」

 起用にも片足立ちでスカートの両端をつまんで頭を下げたのは、輪堂さんのサークルメンバー、魚の目フェチこと青海椎。

「……で? 実際何の用なわけ。そっちも同人サークルなんだから、今がどれだけヤバい時期か分かってるでしょ?」

 玄関を力尽くで閉じるのは諦め、中へは通さないように立つ。

「今そっちといざこざ起こしてる場合でもマジでないんですけど」

「いえ、それに関してはもちろん重々承知しております。というか――だからこそ来た、と言いますか」

「邪魔しに来たんじゃないでしょうね」

「まさか。逆ですよ――ね、天音さん?」

 ……逆?

 意味を図りかねて、私は仁王立ちのままの輪堂さんに視線を向ける。

 すると彼女はそっぽを向いて、宣言した。


「べっ、別に手伝いに来たわけじゃないから! 中途半端な同人誌を出されてこっちが勝っても、すっきり勝った気になれないだけよ!」


 ……ん? それってつまり……

「……椎、翻訳」

 つーんとした表情……のままチラチラとこっちの反応を窺っている輪堂さんを無視して、椎に真意を訊ねる。

 輪堂さんとは真逆のふわりとした笑顔で、奴は言い放った。


「そちらの進捗が芳しくないようでしたら、お手伝いさせていただきましょうか? ――と、わたくしたちはそう提案に来たのです」



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