表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
キラーハウス狂騒曲  作者: 日暮晶
43/74

第41話 小野木夕の確定

サブタイトルのとおり、今回の語り部は夕になってます。


 ――虹華さんが『キラーハウス』にやってきた日のことは、よく覚えている。

『私、もうここに入ることに決めました。というわけで、今日から、よろしくお願いします!』

 サークル見学に来たその日に入会を決意してしまった虹華さんに、なんて男らしい人だろう、と衝撃を受けたのだから。

 竹を割ったような性格の白砂さんの親友であると聞いて、どんな人がやってくるのだろうと思っていたけれど、あそこまでの傑物だとは思いもしなかった。

 だからこそきっと、あんなお願いを口に出来たのだろう。

『僕が男らしくなれるように、ご教授願えないでしょうか!?』


 ――虹華さんと、僕、小野木夕の師弟関係は、あの一言から始まったんだよなぁ、と、タブレットにペンを走らせながら思い出す。

 あの時はまさか、師匠を女性として意識してしまうなんて、思わなかったけれど――と、不意に、先日押し倒された時の光景がフラッシュバックする。耳元で吹きかけられるような囁き、押さえつけられた腹部から、服越しに伝わる体温。押さえつけられた手から、直に伝わる体温。虹華さんが服を脱ぎかけた時に見てしまった白いおなか……ぶんぶん、と頭を振ってそれらの光景を振り切る。ダメだダメだ、集中しないと……。

「はい、夕くん。お茶置いとくよ」

「はひぃっ!?」

「うわっ、なに?」

 耳に近い位置で聞こえた言葉に、思わず変な声を上げてしまった。部屋にいるみんなの視線が僕に集中し、少なからず恥ずかしい思いをしてしまう。

「あ、す、すいません、ちょっと考え事をしていて……」

「ああ、そうなの。ごめんね、驚かせちゃって」

 快活に笑って言うのは、件の師匠、虹華さん。先日僕を押し倒した張本人である。

 あれに関しては僕が原因なので文句を言う気はないのだけれど、まさか女性に押し倒される日が来るとは……。

 視線を感じて、左へ向ける。僕と同じく作業中のヘッドが、どことなくにやにやとこっちを見ていた。

 ……僕が何を考えていたのか見透かされるようで、少々顔の熱が増す。

「あ、お茶、ありがとうございます」

「どういたしましてー……つっても私、それ以外にやることないんだけどねー……」

 たはは、と鼻の頭を掻く指先に、なんとなく見入ってしまう。白くて、細い指だ。言い方は悪いけれど、太陽に当たっていないのが伺える、少しばかり不健康な白さだった。

 十月の末も迫るとある日曜日、キラーハウスの面々は当然集合し、各々の仕事をこなしていた。ヘッドや灰森さん、僕の作画班は自分の担当原稿を、中峯さんはSNSなどに上げる情報等の整理や〆切の管理、白砂さんはみんなの昼食を用意しているようだ。唯一、既に担当部分であるシナリオ製作を終えている虹華さんだけは、どこか暇そうにしていた。

 それが僕らに申し訳ないのか、時々こうしてお茶を入れてくれる。自分の分の仕事は終わっているんだから、ゆっくりしていればいいのに……とは思うものの、逆の立場なら僕もきっと落ち着かないんだろうな……。

 みんなにお茶を配り終えた虹華さんは、所在なさげにふらふらした後、一片の希望を見出したのか、白砂さんが働くキッチンへと向かう。

「……霧ー。なんか手伝えそうなことある?」

「残念ながら、大体終わっちゃったね」

「ああ、そう……」

 幾分どんよりした様子でキッチンから戻ってきた。僕よりも年上なのに、何だかその様子はお手伝いを断られた子供の様で微笑ましい。

 観念してソファにばすっと座るも、ものの一分も経たないうちにそわそわし始めた。

「……あー、黒原さん? ちょっと頼みごとがあるけ」

「はいはい、なんでしょう?」

 食い気味に反応した虹華さんに苦笑しつつ、中峯さんは紙の束を手渡す。

「これ、夕が仕上げた部分の原稿をプリントアウトしたやつ」

「えっ、もうこんなに仕上がってるんですか?」

「夕は結構手が早いから……ヘッドと違って」

 じろり、と中峯さんの目がヘッドのいる右側へスライド。ヘッドはと言えば図太いもので、頭で手を組んでそっぽを向き、口笛を吹いていた。そんな様子を見て、中峯さんは額に手を当てため息をつく。

 僕が言うのもなんだけど、ヘッドは結構ペースにムラがある人だ。なんだかんだで、前回も印刷所の〆切ギリギリで仕上げていたような気がする。きっと夏休みの宿題を終盤で一気に終わらせていたタイプ。

 色々と管理している中峯さんの苦労もうかがい知れる。ちなみに現時点で、ヘッド担当の箇所は半分も進んでいなかったりする。そろそろ火がついてくれないとまずい気もするけど……動き出したら早いから、大丈夫だとは思ってる。……大丈夫だよね?

「まあそんなわけだから、セリフの部分に誤植とかないか、見ておいてくれるかな」

「了解でっす」

 敬礼ののちソファに座り直し、ふむふむと読み進める虹華さんの横顔をこっそりと窺う。

 ……この間の言葉は、どんな風に受け取られたんだろう、と、女々しい疑問が頭をよぎる。

 虹華さんのことを女性として意識してしまっている――と、先日押し倒されたときに僕は言った……いや、言わされたのだけれど。

 さっきの反応を見るに、そこまで深い意味では受け止められていない……のかな?

 そう思うと、安心したような、もうちょっと動揺してほしいような、変な気分になる。

 我ながら男らしくないなぁ、と苦笑する。

 そもそも、僕が虹華さんを意識し始めたきっかけは、件のアルバム――かの青海椎が撮影したという、虹華さんのガチコスプレ写真を納めた一冊を見る、そのもう少し前だったりする。

 そもそものきっかけは、白砂さんと二人で、虹華さんとヘッドのデートもどきを尾行した日に、疑問に思ったからだ。

 虹華さんに好きな人がいると聞いて、動揺してしまった自分を。

 尾行なんて男らしくない――そう思いながらも、ヘッドとどこへ行くのかが気になって、結局尾行してしまった自分を。

 なんで動揺したのか。なんで男らしくない真似をしてまで、確かめようとしたのか。

 まさか、女性として見てしまったからなのだろうか。

 いやいや師匠に対してそんなこと……とその時は自分の考えを一笑に付したけれど、その考えを確定させたのがあのアルバムだった。

 あのアルバムを開いて、写真を見た時に、「この人可愛い」と、思ってしまったのである。

 以降、僕の中で虹華さんは、どうあがいても女性にしか見えなくなってしまったのだ。

 ……いやあの、だからと言って好きという感情に結びつくかというとまた話は違うと思うんだけど……でもあの、おそらくそれに近い感情は抱いていると思う……のかな?

 自分でも、実はよくわかっていない。創作物の中では無数に触れてきた気がするけれど、いざ自分のこととなるとこんなにも分からないものか、と混乱もする。

 ただ、虹華さんと――女性とあんなに密着したのは初めてだし、それに伴って動悸が激しくなったのも初めての体験だ。

 あんなにドキドキしたことは、ない。

 ただ、相手が女性だったからなのか――虹華さんだったからなのかは、定かではない。

 ……だからと言って他の女性に密着してくださいとお願いするのも違うよなぁ……。

「……夕? なんか手ぇ止まってるけど、どうかしたか?」

「あっ」

 横から飛んできたヘッドの言葉に、我に返る。どうやら随分手を止めてしまっていたらしい……ちょっとあれこれ考えすぎたようだ。

「いえ、すいません。ちょっと考え事してて――外行って頭冷やしてきますね」

 握りっぱなしだったペンを置き、立ち上がり――

「――いったぁい!?」

 ガツンッ、と言う音とほぼ同時に、部屋の中にそんな悲鳴がこだました。

 何事かと声の方を見れば、白砂さんが涙目で足を抱えて跳ねまわっている。……多分足の小指でも打ったんだろう。痛そうだなぁ……。

 とぼんやり眺めている間に、白砂さんが体勢を崩して倒れそうになる。あっ、と思った僕はとっさに白砂さんを支えるために近づいた。

 が、そこは非力な僕のこと。中々勢いよく倒れ込んできた白砂さんを支えきれずに、そのまま倒れてしまったのだった。

「あいたたた……お、小野木くん、ごめんね? 大丈夫?」

「ええっと……僕は大丈夫で……す……」

 ……超密着していた。

 傾いた白砂さんと床の間に滑り込んだようなものだから当然だけど、白砂さんが僕に覆いかぶさるような形だ。身長差のせいか、今僕の目の前には凄まじい圧力を放つ白砂さんの……ごほん。さすがに直視もしていられないのですっと目を逸らす。

 虹華さんの時といい、最近僕は誰かに押し倒されてばかりな気がする。

 ただまぁ、僕がクッションになったからか、白砂さんも打撲なんかは負ってないみたいで、一安心だ……そう思ったところで、はたと気づく。

 超密着している。

 にもかかわらず、以前虹華さんに押し倒された時のような、爆発しそうな激しい動機はやってこない。目の前に白砂さんの大きなアレがある関係上どうしたって恥ずかしさが募り、顔が少々赤くなるものの、それ以外はいたって……

「……大丈夫です」

 そう、何の問題もなかった。

 これは、つまり。

 僕は、無意識に虹華さんのことを特別に思っているということの証明かもしれなくて――

「ちょっ、ほんとに大丈夫? 顔赤いけど、小野木くん」

「だっ……大丈夫、です……」

 な、なんだこれ。色々なものが決定的になったようで、自覚すると恐ろしく恥ずかしくなってくる。僕が身動き一つせずに悶えていると、ヘッドがやれやれと悟ったように口にする。

「おいおい霧、察してやれよ。夕はお前の巨乳を押し付けられて照れてんだよ」

「なっ!」

「ちっ、違いますよ!」

「それをあっさり言っちゃうあたり、ヘッドってデリカシーないよねぇ~」

 呆れたように灰森さんが口にした。

「夕、本当に何ともないか? 手とか捻ってないな?」

 中峯さんの質問の意図を理解して、僕は笑ってプラプラと手を振る。

「何ともないですよ。手どころか体中特に問題ないです」

「はぁー……やっぱ霧の胸がクッションになったおかげか」

「虹華、あんたまでヘッドみたいなこと言わないでよ!」

 白砂さんの一言で、みんなが盛大に笑った。

「――いやしかし、マジでよかった。ここでケガでもして夕に抜けられたら大変だからな」

「人の心配してる場合じゃないっすよ、ヘッド。そう思うんなら自分の担当分、ちゃっちゃと仕上げてくださいよ?」

「あー……明日から頑張るわ」

「今日から! やってくださいよ!?」

 二人のやり取りに再び笑う面々。唯一呆れ顔を崩さない中峯さんを安心させるように、ヘッドは口角を吊り上げた。


「大丈夫だって。絵が描けなくなるほどの大怪我なんて、滅多にしねえからよ」



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ