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キラーハウス狂騒曲  作者: 日暮晶
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第40話 黒原虹華のリスタート


 夕くんが私を避けていた理由は、例のアルバムに写っていた私が可愛かったからということらしい。

 いまいち話が通った感じがしないので、私は夕くんの上に跨り、押さえつけながら尋問を続ける。

「――で、それってどういう意味なわけ。よりにもよってあの写真について言及したうえに私のことを可愛いだなんて、よくもまぁそんな命知らずなことが言えたものね。それとも可愛いっていうのは皮肉的な意味合いで使ってるのかしら? あまりにも気持ち悪くてドン引きした結果避けてるってことかしら」

「に、虹華さんの怒りがヒートアップしてるぅ……」

「いいから答えなさい。もしそうなんだとしたら私……」

 夕くんから目を逸らして、思い浮かべた未来を憂いながら呟く。

「私、夕くんから距離を取った上で、全ての元凶の魚の目フェチを撲殺しに行かなきゃ……」

「虹華さん、虹華さん!? ものすごく物騒なこと言ってますけど、別に僕そんなこと思ってないですよ!」

「じゃあどういうことよ。可愛いって思って距離を取るって」

「そ、それは、だから、その……っ!」

「ええいじれったいわね。なんだってのよ」

「〰〰〰〰っ、僕は!」

 真っ赤な顔でぎゅっと目を瞑り、夕くんはヤケクソ気味に吠えた。


「あのアルバムを見てから、虹華さんのことを――じょ、女性だって、意識してしまってるんですよ!」


 …………ん?

「だ、だから、その、虹華さんに対して男らしいっていうのも、何か失礼かと思ってしまって……そうなると、なんだか普通に話せていたはずなのに、何を話せばいいのか分からなくなっちゃって……嫌な思いをさせてしまっていたら、すいません」

 ………………夕くんが、私を、女だと意識してしまっていると。

「……………………」

「…………あ、あの、虹華さん? その、沈黙されると非常に気まずいんですが……」

「……な」

「な?」

「――なんでこのタイミングでそんなこと言うのよぉ!」

「えええ!? 言えって言ったの虹華さんじゃないですか!」

 私の理不尽な爆発に、さしもの夕くんも目を剥いて反論する。

 普段ならば言わない、まるで女子のような無茶苦茶な発言が、するすると口から飛びだしたあたり、私も相当動揺しているらしい。

 とはいえ、まさかこのタイミングで夕くんからそんなことを言われるとは夢にも思っていなかった――距離を置くことが決定的になることばかり覚悟していたため、距離を縮めるような発言に対する免疫が欠如していたのだ。動揺もしようというものだろう。

 ……ところで、あのアルバムを見て以降女と意識するようになったということは……。

「……夕くん、アルバム見る以前は私のことを女とすら見ていなかったってことね」

「いえっ、その……そういうわけでは……ない……んですが……」

 ぎぎぎ、と押し倒されたまま、目だけを私から逸らす夕くん。ハハハ嘘が下手だなぁでもなんだろなぁ、ちょっと前まで可愛く見えてたはずなのに、今はイラっとするぞ?

「そ、その……虹華さんは女性だけど僕より全然男らしいので、その、女性であるということを忘れてしまっていたというか……僕にとって性別を超越した存在であったというか」

「勝手に人を神聖視してんじゃないわよ……私はれっきとした女だっつの。胸でも見る?」

「え、えぇっと……それはその……十分に存じ上げておりますといいますか……」

 かぁぁっ、と急速に顔を赤くしていく夕くんの言葉に、私はちょっとむっとした。

「存じ上げてるってどういう意味。脱いでも脱がなくても変わんないって意味かこら夕くん? なんなら脱いで見せてやろうかしら?」

「ちちちち、違いますよ! ちょっと、服に手をかけないでください! ああっ、もう――」

 私が勢いよく、自分の服を半分ほどまくり上げたところで、その声は耳に届いた。


「だって虹華さん、つ、つ、『ついてない』じゃないですかぁーっ!」


 夕くんにお腹を見せた状態で、私の動きがぴたりと止まる。

 意味が分からなかったからではない。

 意味が分かってしまったから、思わず動きを止めてしまったのだ。

 自然、視線が下へ向く。

 そこには、夕くんの動きを封じるために、押し当てるようにして彼のお腹を押さえつけている、私の――

 夕くんから伝染するように私の顔も熱くなったその瞬間、ガチャガチャッ、とドアノブが回される音がして、私たち二人の肩が跳ねた。

『――あれ? 夕の自転車はもうあったから開いてると思ったんだけどなぁ』

 ――この声は、ヘッド!? なんで、今日は午前一杯講義のはずじゃなかったの!?

 何がマズいって、この状況だ。

 服に手をかけ半分脱ぎ掛けで、しかも夕くんを押し倒しているときた。おまけに玄関には鍵がかかっているのだ。

 ……どっからどう見ても私が夕くんを嵌めてハメようとしているようにしか見えない……っ!

「ゆ、夕くん! 私は一旦部屋まで引いて服を整えるから、そこの鍵を開けてくれる!?」

「は、はい!」

 小声で指示を出しながら、私は夕くんから腰を浮かせる。が――

「にぎゅっ!?」

 夕くんを押さえつけていたせいか、脚が痺れていた――踏み出した脚にビリビリとした感覚が走り、思わず体勢を崩してしまう。

「にっ、虹華さん!?」

 それを見た夕くんが、泡を食って私に手を伸ばす。

「ぅわぁっ!」

「あいたっ!」

 結果、二人そろってすってんと転んでしまった――というと随分軽く聞こえるが、実際にはどったんばったんと効果音がつく程度には、二人激しくもみくちゃに倒れた。

 さらに、かちゃりと小気味いい音がして、鍵が回る。

 そう、すっかり失念していたが、個々のメンバーならば全員合鍵を持っているのだ。

 ましてや、ヘッドが合鍵を持っていないはずがなく――

「何だ今の音、やっぱり夕がもう来てて……あ」

 ――無情にも。

 玄関のドアが開き、当然ヘッドが入ってくる。

 そして私たちの様子を見たヘッドは――

 もみくちゃに倒れた結果仰向けに倒れた私と、私に覆いかぶさるような体勢で自分の体を支える夕くんを見たヘッドは、こともあろうに気まずそうに、言う。

「あー……なんかすまんな。とりあえずその辺しばらく散歩してくるからそのうちに――」

「「ヘッドのくせに変な気を遣わないでください! 違いますから!!」」

 ――私と夕くんは、揃って絶叫したのだった。


 どうにか説明して、ヘッドの誤解は解くことに成功した――珍しく私が早く来ていたのは、同人誌のストーリーについてあれこれ考えたかったため、鍵がかかっていたのは夕くんのうっかり、そして二人もみくちゃに倒れていたのは、夕くんが鍵を開けようと急いだ結果、足がもつれて転んでしまったのを私が助けようとして失敗したため。ということにした。

 ちなみに、大学での講義があるはずのヘッドが早く来た理由は、「今日はサボっても問題ない講義ばかりだったから」とのこと。その分の時間を自分の担当パートに割きたかったから、早く来たということらしい――お騒がせな人である。

 ――その日のサークル活動が終わったあと。

「夕くん、途中まで一緒に帰らない?」

 その誘いに、夕くんは頷いた。

 私も彼も、アパートを出てしばらくは無言で歩いた。冷え込む夕方、夕くんが歩きながら引く自転車の、カラカラという音が住宅街に薄く広がる。

 他のメンバーと散り散りになり、誰にも聞かれないことに確信を持った上で、私が切り出す。

「まぁ……あれね。夕くんが私と距離を取ってた理由は、分かったわ」

「う……すいません」

「別に謝らなくてもいいわよ――理由が分かってすっきりしただけマシだからね。あと、別に男らしいとか、言ってくれても構わないわ」

「えっ、でも――」

「本人が気にしてないって言ってんでしょ。遠慮なくガンガン言いなさい……というか、それがないとやっぱり距離を取られたって感じるのよ、私は」

 一応女ではありますけれど……ま、夕くんには言われて悪い気は、あまりしないからね。

「……あはっ、やっぱり虹華さん、男らしいです」

 はにかみながらの夕くんから、久しぶりに聞いたその言葉は――実に心地よく、私の耳をくすぐった。

 ちょうど交差路に行き当たったので、私は立ち止まって、夕くんと反対の方向を指さす。

「――さて、私はこの辺で別れるわ。お疲れ様、夕くん」

「はい、虹華さん。お疲れ様です」

 互いに手を振って、それぞれの家路につく。

 ここから駅まで向かって、電車に乗って自転車に乗って……と帰りのルートを想像しながら、私はわずかな喜びをかみしめる。

 ――夕くんから、女として意識されたということ。それは、非常に大きな前進だと思う。

 別に好きだと言われたわけではない。そのぐらいは分かっている。女と見られただけで己惚れたりはしない。

けど、少なくとも、可能性の一つには入ることが出来たんじゃないだろうか。

 ……まだまだ、ここから。でも、ようやくスタート地点には立つことが出来た。

 ……よーし。

「がんばるぞー」

 えい、えい、おー、と、控えめな掛け声が、緩く握られた拳と共に、夕暮れの空に放たれたのだった。


というわけで、主人公組の二人がようやく、ここからラブコメらしくなるようなならないような、そんな進展をしたようです。

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