第37話 黒原虹華の進言
「だーっはっはっはっは! マジか! 輪堂お前マジか! あれだけ啖呵切っといてあれだけ息巻いてお前、肝心の抽選で落ちるとか! ひー面白すぎて腹よじれるわー!!」
「うわぁぁぁぁぁこっちが恥を忍んで頼みに来たってのになに全力で笑ってんのよ馬鹿ぁぁぁぁぁぁ! こうなるって分かってたから来たくなかったのにぃぃぃ!」
キラーハウスの集会所に、ヘッドの馬鹿笑いと輪堂さんの涙混じりの絶叫が響く。理由は違えど両者顔が真っ赤である。
「ただいまー。ねえ、なんか騒がしいけど何かあったの? ……って、なにこの状況。なんで『シャイニーリング』の代表さんが……?」
「あ、お帰りー、霧。話すとちょっとややこしいんだけどね――」
買い出しから戻ってきた霧に一通りの事情を説明し終えて、霧が買ってきたものを仕舞いにいったところで、もう一人の来客が語りだす。
「こちらの集会所で落選を知った時の天音さんの表情もなかなかに見物でしたよ? まるでこの世の終わりを……いえ、まるでそちらの代表さんが誰かと結婚したのを見たような、真っ青の顔をしていましたから」
「なるほど、それは相当な絶望の表情だったでしょうね……」
一方、そんなご乱心この上ない様子の輪堂さんの絶叫を肴に、優雅に麦茶を楽しんでいる青海椎が、二人には聞こえない程度の声で私に耳打ちする。こいつもなかなかにろくでもない性格をしていらっしゃる。
もしも『シャイニーリング』が落ちていたら笑い種だとは言っていたものの、本当に落ちているとちょっとばかり反応に戸惑う。戸惑うことなく一人で爆笑しているウチのヘッドみたいなのもいるけれど。
「さて、天音さんが使い物にならなくなってしまったので代理としてわたくしが交渉させていただきたいのですが、どちら様にお話すればよろしいでしょうか?」
「ちょ、ちょっと椎! あんた人を勝手にポンコツ扱いするんじゃないわよ!」
「あら、これは失礼いたしましたわ天音さん。では今回の用件をどうぞ」
「そっ……それはっ……〰〰〰~っ!」
ぷるぷると震えて、涙目になる輪堂さん。言いたいことは決まってるのに言えない、そんな様子がしばらく続いて、
「〰〰〰〰〰っ!」
「とまぁ、このようになってしまうのでわたくしから切り出させていただきますが」
肩を竦めて椎が本題に入る。
「先ほども言ったように、もしこちらがコミケに受かっていましたら、こちらの都合で申し訳ありませんが合同で出店させていただけないかと思いまして」
「でも合同で出店って、そもそもそんなことできるの~?」
疑問に感じたのか、ときわさんが手を上げて質問。それに答えたのは中峯さんだった。
「スペースの中に納まるなら、問題はなかったはずだよ。ちょっと手狭にはなるかもしれないけど……でも、今回に限ってはその方がいいかもしれないな」
みんなの視線を浴びながら、中峯さんは続ける。
「一応名目が売り上げ勝負なら、できるだけ条件は整ってたほうがいい――場所や出店の日が違うだけでも、かなり売り上げには影響しそうだもんな。その点、一つのスペースの中で隣同士に置いてあれば、お客さんも比較しやすいし……」
ようやく馬鹿笑いが収まってきたヘッドへ視線を向けて、中峯さんは訊ねる。
「どう思います? ヘッド」
「いいんじゃねーの?」
「軽っ……一応言っておきますけど、ここでダメだって押し切っちゃえば自動的に不戦勝ですからね?」
言った瞬間、輪堂さんから『余計なことを言うな』とものすごく目で語られた。なんだよう、事実じゃんか。
が、というか、やはりと言うべきか、そんな私の進言を、ヘッドは鼻で笑い飛ばした。
「戦ってもいないのに、勝ちも負けもないだろ? そんなので俺らが勝ったっつっても、誰も納得できねえよ」
「……いいの?」
珍しく、ちょっとしおらしい様子の輪堂さんに、ヘッドがにっと歯を見せた
「せっかくだ――同じスペースで、正々堂々白黒ハッキリつけようじゃねーか」
「……ふ、ふん! 売り上げに差がついて凹んだって知らないからね!」
「上等だ! そのセリフ、そっくりそのまま返してやるよ!」
どうやら元気を取り戻したらしく、自信満々の輪堂さんに戻ったようだ。
……敵対してる割には仲良さげなんだよなぁ、この二人……霧的には心穏やかじゃあないかもしれないなぁ……
「さて、ここでの用事も済んだことだし、帰るわよ、椎!」
「了解ですわ、天音さん。皆様、お邪魔いたしました」
優雅に一礼して、ついでに私にウィンクを一つ飛ばして、青海椎が先に部屋を出る。輪堂さんもそれに続こうとして、一瞬足を止めた。
「……大井手」
「あん? なんだよ」
「……ぁりがと」
顔も見ないままに、短く小さく礼を告げて、振り返らずに彼女は出て行った。
……ツンデレっていうか、素直じゃないっていうか……やれやれと言う空気が部屋の中に充満した。
「……こりゃ明日は嵐かな」
ヘッドですら苦笑して、そういうのだった。どうやら、普段はよっぽどお礼を言わないらしい。
「……うっし、じゃあやるか、お前ら!」
ヘッドの号令に、みんなバラバラに返事をして、各々の作業を再開したのだった。
これは余談だけれど、翌日、雹が降るほどの大嵐が私たちの住む町を襲った。それまでの天気予報は晴れだったはずなのだけれど。何がどうなったのか分からないとは、テレビの中で頭を抱えた天気予報士の言葉。
どうやら輪堂さんの「ありがとう」には、理不尽に天候を変える力が備わっているらしかった。




