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キラーハウス狂騒曲  作者: 日暮晶
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第36話 黒原虹華の目が点


 ――十月は上旬、キラーハウス集会所。

 この日集まったみんなの顔は、柄にもなく多少の緊張が見られた。

「……では、発表します」

 みんなの注目を浴びているのは、スマホを片手にした中峯さん。

 じわっ、と私の掌に汗が滲む程度には焦らしてから、その結果を発表する。


「我らキラーハウス、コミケに無事受かりました!」


 わっ、と部屋の中に歓声が上がって、各々の拍手がこだまする。

 コミケ――コミックマーケット。盆と年末に東京・ビッグサイトで行われる、世界最大級のサブカルチャーの祭典。

 と言っても、出店したいと言って出られるものではない――ブースには限りがあるため、まずは抽選という壁が立ちはだかるのだ。これは完全に運否天賦。自分たちの実力が介在する余地がないため、みんなさっきまで緊張の面持ちだったのだ。

「ふぃーっ……これで第一段階は突破だな」

 歯を剥き出しにして笑うヘッドが、パンと膝に掌を打つ。

「これで向こうが落ちてれば笑い種なんですけどね」

「おまっ……なんてことを言うんだ黒原」

 私の言葉に、若干引いたようにヘッドが言う。

 向こうというのは、我らが『キラーハウス』のライバル的同人サークルである『シャイニーリング』のことである。

 色々あって今回、向こうとはサークルの存亡を賭けた売り上げ勝負をすることが決まっているのだけれど――

「いやぁ、向こうの代表……輪堂さんってば、あれだけ啖呵切ってたのに勝負以前の問題で門前払いされたら大爆笑ですし。きっとすごい泣きっ面が拝めますよ」

「鬼みたいなことを言いますね……」

「虹華って結構口悪いからね」

「聞こえてるわよ、そこ二人」

 ひそひそと話している夕くんと霧の二人を指さす。

「というか、夕くんも言うようになったわね」

「す、すいません」

「……別に謝る必要もないんだけど……」

 微妙に距離を感じて傷つくからさぁ。

 ――結局あれから二週間近くが経ったけど、夕くんとの微妙な距離は未だに縮まっていない。何が原因でこうなっているのかも分からないので、距離の詰めようがないのだ。

 私個人としては、とっとと距離を詰め直したいのになぁ。

 そういえば、最近夕くんから男らしさがどうのとも言われなくなってきた気がする。

 ……言われているときは決して嬉しいものではなかったけれど。

 言われなくなったら言われなくなったで、数少ない彼との接点が失われたようで、随分寂しく感じるなぁ――なんて、ちょっと身勝手が過ぎるだろうか。

「まあ、向こうからはそのうち連絡がくるだろうね。できれば同じ日だといいんだけどね……その方が色々とケチがつきにくいだろうからさ」

「だねー。日を跨いでってなるとちょっと色々変わってきそうだしねー」

 苦笑した中峯さんに、ときわさんが合わせるように言う。

 地味に、隣同士に座る二人の距離が近いのは、夕くんと物理的にも精神的にも距離を詰められない私への当てつけか何かだろうか。付き合いだしたからってちょっと調子に乗ってないかこの人たち。

「――さて、コミケの抽選に受かるかどうかの不安材料も取り除けたことだし、ガリガリやるか!」

 ヘッドの号令に、メンバーは各々返事をして、各々の作業に入る。

 ヘッドとときわさん、夕くんは当然同人誌製作。中峯さんは印刷所の〆切日やその他必要事項諸々の確認と準備。霧はみんなのご飯を作るべく材料調達へ向かった。

「…………」

 あれっ、私やることなくない?

「あっ、あのー……中峯さーん……」

「ん? どうしたの、黒原さん」

 中峯さんに何かやることがないか訊ねようとしたところで、彼が確認していた手帳の中身がちらっと見えた。

 ……なにやらやることがびっっっしり書き込まれていた。

「…………いえ、お茶入れときますね」

「ああ、ありがとう。助かるよ」

「あ、あはは……」

 苦笑いと共に引き下がる私。

 流石にあんなものを見せられては、何かを訊ねるのも気が引けた。

 ……さてどうしよう、とお茶を入れてみんなに配り終えたところで、ソファに座って考える。

 タブレットの上でペンをせわしなく動かす三人と、今後の段取りを考えているのか、顎に手を当てている中峯さんを見て思う。

 ……やることないっていうか。

 事ここに至って、私、もしかしていらない子……?

 さーっと血の気が引くような思いをした――いやまぁ、私の仕事はストーリーの考案なのだから、それを終えた今現在仕事がないのは至極当然と言えるのか。あとは……なんだろ、私に仕事が回ってくるとしたら、あれかな? コマとセリフの関係上でいくらか調整しなきゃならないところが出てくるとか、そんな感じだろうか。

 ……始めたばっかりでそんな作業が回ってくるはずもないしなぁ、と若干居心地の悪さが勝った――そんな時に、来客を知らせるチャイムが鳴らされた。

「ん、誰だ?」

「あ、私出てきますよ」

 腰を浮かせた中峯さんにそう言って、数少ない来客対応という仕事を果たすべく、私はぱたぱたと玄関へ向かう。

 ドアを開くと、そこには――

「ごきげんよう、虹華さん」

「人違いです」

 スカートの両端をつまみあげ、恭しく頭を下げる友達未満の姿を認めた私は即座にドアを閉めて鍵をかけてチェーンも入れた。

「どっ、どうしたんですか?」

 ドアを叩きつけるように閉めた音に驚いたのか、夕くんが不思議そうな表情でこちらを窺っている。

「いやちょっとした人違いだったみたい。頭がおかしそうだから締め出して――」

『ああっ、虹華さんそんなご無体な! あんな姿やこんな姿も見せあったわたくしたちの間柄ではありませんか!』

「大声で色々誤解を招きそうな発言してんじゃないわよ魚の目フェチこらぁっ!」

 外から飛び込んでくるとんでもない発言をさすがに無視できず、チェーンを外し鍵を開け、ドアを蹴り破る勢いで開け放つ。

 にこりと笑ってそこに立つ珍しい来客の正体は、知り合い以上友達未満、魚の目フェリの奇人お嬢様こと青海椎だった。

「っていうかいきなり何の用よ椎! 連絡先知ってるんだから来るなら来るって連絡の一本ぐらい入れろっつーの!」

「それに関しては申し開きのしようもございませんが、実は火急の用事が出来まして」

「火急の用事ぃ? わざわざ改まって何よ」

 椎が持ってくる火急の用事とか、不穏すぎて正直聞きたくもないのだけれど。

「本日の用事は交渉なんですよ……ねえ、天音さん?」

 椎がすっと視線を飛ばした先――開いたドアの陰になる位置に、もう一人の来訪者が立っていた。すなわち、同人サークル『シャイニーリング』の代表、輪堂天音さんである。しかし以前の自信満々の態度はどこへやら、今日は借りてきた猫のようにおとなしい。

「……そっちの代表さんまで連れてくるなんて、ほんとに何があったわけ?」

「…………」

「ええ、そのことなんですが――実はですね」

 何も言えないと言った様子の輪堂さんを見てから、苦笑交じりに椎は、『火急の用事』の内容を語りだした。

「例のコミケなんですが、うちのサークル、抽選で落ちてしまったんですよ」

「は?」

「なので、もしこちらが抽選に受かっておられましたら、合同で出店させていただけないかと交渉に参った次第です」

「……はぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!?」

 


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