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キラーハウス狂騒曲  作者: 日暮晶
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第35・5話 中峯隼太郎の動揺

タイトル通り、今回のお話は隼太郎視点です。

隼太郎から見たときわさんがどんなふうに映るのか、お楽しみください。


「――それじゃあ、中峯さん。ありがとうございました」

 後部座席のドアを開けて、夕が運転席の俺に言う。シートベルトで保護された体を左側に開き、男子とは思えないほど線の細い少年へと笑顔を返す。

「いいよ。こっちこそ、今日はありがとな」

 ファミレスでの祝賀会的なものを終えた俺は、集会所からやや遠めの場所に住んでいる二人を家まで送るべく、車を走らせていた。

 その二人というのが、今降りて行った夕と――

「お疲れ様、小野木くん。もう結構暗いし、変質者に気を付けてね~」

「そっ、そんなに子供じゃないですよ!」

 可愛らしくむくれた夕を楽しげにからかっている、助手席に座る金髪人形――ちょっと仲のいいサークルメンバーから俺の恋人へと急激に関係を変貌させた、灰森ときわである。

 夕が電灯に照らされた夜の中へ歩いていくのを見送ったのち、停止させていた車を再発進させる。

「…………」

「…………」

 …………気まずい。

 沈黙が、非常に気まずい。一応ラジオから音楽が流れてはいるのだが、まったく耳に入ってこない。

 付き合い始めたからといって別に人間が変わるわけではないのだから、今まで通り接していればいいとは頭では分かっているのだけれど――今まで通りって、俺いままでどうしてたっけ!? とパニックになっている自分を外から眺めて、安全運転しながら現実逃避をしているのが現状である。

 付き合い始めたばかりの二人が、狭い車内で、二人きり。

 意識するなという方が無茶な話だと思います。

 ……まあ、狭い車内で意識したところで、俺は運転中だ。さすがに思っているような問題は起こらないだろうけど。

 しかし、向こう側もだんまりということは、ときわも何かしら意識しているのでは……? と、ある種の望みをかけて、赤信号で車が止まった隙にちらりと助手席へ目を向ける。

「…………」

 ぎょっとした。

「……すー……すー……」

 ついさっきまで起きてたのに、眠ってやがる……!?

 別に俺は助手席にいる人間が眠っていようが構わないけど、この時ばかりは別だった。好いた女の子が無防備に眠っているんだぞ、こんなん男としてドキッとせずにいられない。

 不意に、今なら悪戯してもばれないんじゃないか、と邪な衝動に駆られる。

 幼いと言っても差支えない、あどけない寝顔にキスしたり。

 同年代と比べると明らかに平坦な胸に手を伸ばしたり。

 可愛らしいお腹周りを舐めまわしたり。

 ごぼごぼと、心の表面に欲望の泡が弾けては消える。それはさながら、濁り切った沼の表面を見ているようだった。

 どくん、どくん、と脈が強くなる。自然、左手がハンドルを離れる。

 その左手が、ときわへ伸び。

 ――ぽん、と軽く、ときわの頭を撫でた。

 柔らかい髪の感触を楽しみながら、俺は一つ深呼吸をした。強まっていた脈が、ほんの少しだけ抑えられる。

「……さすがにこんなとこで、この状況で、手を出す度胸なんて俺にはないっつの」

 可愛い彼女をめちゃくちゃにしてみたいなんて、男なんだからまあ当然の欲望だろう。

 眠る彼女にちょっとイケない悪戯をしてみたいという気持ちももちろんある。別に俺はロリコンではないけれど、幼い外見のときわをどうこうするのは、背徳感があってさぞ楽しいだろう。

 けど、それはいまやるべきことじゃないことぐらいは分かってるし――まずもって運転中で、信号待ちだ。そんな状況で悪戯に集中して、後ろからクラクションを鳴らされるとか間抜けの極みだろう。千年どころか万年の恋でも冷めるわ、そんなん。

 だから、今はこれだけでいい。

 信号が青に変わったのでときわの頭から左手を離し、安全運転でときわの家へと向かった。


「ときわ、着いたぞ」

 ときわの家の前に到着したので、未だに助手席で目を瞑っているときわを揺する。

「……ん、ありがと、じゅんたくん」

 軽く目をこすったときわが、シートベルトを外す。その何でもない動作の一つ一つに、妙に注目してしまう。これも、付き合い始めた弊害のようなものだろうか。

「あ、そうそう」

 ときわがそんなことを言った直後、俺の襟首に手を伸ばして、ぐいっと俺を引き寄せた。

「う、わっ……!?」

 何事かと思ったのも束の間。

「んっ……」

「ぅわっ!?」

 目を閉じたときわが、獲物に躍りかかる吸血鬼のように、俺の首筋に唇を押しあてた。紛れもなくキスである。突然のことで強張る体だったが、首筋から伝わる、小さいけれど柔らかいその感触に、少し遅れて体がぞくりと反応する。

 が、ときわはまだ止まらなかった。

「ちゅ、ぅぅっ……」

「わわわわわわ!?」

 あろうことか、唇を押し当てたまま、彼女は俺の首筋を吸い始めたのだ。結構な力で吸われているが、吸い口が柔らかな唇のためか、痛みは全くない。

 しかし、得も言われぬ快感の波が、体を動かしてくれなかった。

「んっ……ぷはっ」

 ひとしきり吸って満足したのか、ときわの温かく、湿り気を帯びた唇が、首筋から離れた。目を開き、小さな舌で、ちろりと唇を舐めて、ときわが言う。

「……ごちそうさま」

 ――その姿は、ヴァンパイアか、はたまたサキュバスか。

 車窓から入る月明りに照らされた彼女は、それほどまでに妖艶で、愛らしくて、蠱惑的だった。思わずたっぷりと見惚れてしまったあとで、心臓が思い出したかのように鼓動を強める。

「どっ……どうしたんだ、いきなり」

 落ち着かない心臓のせいで、言葉も少々つっかえてしまう。とんでもなく動揺していた。

「……ん~、マーキング、かな」

「へ?」

「首、結構強く吸っちゃったから、しばらくあとが残っちゃうね~?」

 にやにやと楽しそうなときわに対して、俺は若干顔が引きつる。俺の位置からでは見えないけど、あれだけ吸われれば口紅を塗ってなくても十分あとはつくだろう。

 そんなもんを大学の連中に見られたらいらん推測をされること請け合いだ。

 ……まあ、別にときわが十歳年下とかいうわけじゃないんだから、付き合い始めたってことを隠す必要もないんだが……。

「……しばらく首の出る服は着られないな……」

「嫌だった?」

「……嫌ではないよ」

 にへ~、と笑うときわの顔を直視できずに、目を逸らす。

「……と、ところで、なんでいきなりこんなことしたんだ?」

「ん~ん、寝たふりしたら何かしら手を出してくれるかな~って思ってたけど、思いがけずに頭を撫でただけだったから~」

 それを聞いて俺はぎょっとする。

「おまっ、起きてたのかよ! んで誘い受けかあれ!?」

 妙に眠るのが早いとは思ったけど、そんな思惑があったとは……!

「眠ってる相手に手を出さないのは立派だけど、ヘタレだなとも思ったから、折衷案で首筋」

「何をどう折衷したら首筋にキスするのかが分からない……」

 というか、首筋を吸うとか、下手なキスよりも艶めかしいんだが。ほんのわずかな人肌の温もりを思い出し、かぁっと体が熱くなる。

「まぁまぁ」

 助手席のドアを開けたときわは人差し指を俺の唇に当て、僅かに口角を上げる。

「唇は、また今度ね」

 それは例えば花火のような、弾ける笑顔ではないけれど。

 ゆっくりと花を開きかけている、つぼみのようなその笑顔に見惚れすぎて――俺には、黙って頷くことしか出来なかった。


 ときわが家に入るのを見てから、車を発進させる。

 ……今夜、俺は眠れるだろうか。

 吸われた首筋を、片手で触れる。ぞっとするほど鮮明に思い出す、ときわの体温と、髪から漂った甘い香り。それだけで、どくんと体が熱を持つ。

 ……この興奮状態じゃ無理だろうなあ、と照れ笑いを浮かべながら、俺は帰路についたのだった。


次話からはコミケ編に戻ります。

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