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キラーハウス狂騒曲  作者: 日暮晶
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第32話 黒原虹華の緊急招集


「絵を描く暇があるのなら大学で勉強をしろと、あれほど言っているだろう」

 ときわさんの父親は、古びた漬物石のように重苦しい口調でそう諭す。

「勉強をしたら未来が約束されるとでも~? 会社の倒産を経験してるお父さんのいうことじゃないよね~」

 一方のときわさんは、ふわふわとしているけれど明確な敵意を感じさせる、毒入りの綿あめのような言葉を紡ぎ出す。

 二人の親子の間には、もはや憎悪のようなものが漂っているようにさえ見える。

 ――それを傍から見ている私と霧は、気まずいったらありゃしない。微笑ましさなんて欠片もないため、互いに苦笑すらできないままに視線を合わせるのがやっとだった。

 これが修羅場ってやつか……!


 ――そもそもの発端はおよそ一時間前、ときわさんに届いた霧からのメールだった。

『ごめん、こっちの親が口を滑らせたみたい。今からときわちゃんのいるところに案内しろって言って聞かないみたいだから連れていく』

 ――ときわさんは、親にイラストレーターを目指していること、このサークルに所属していることを隠しているが、霧は親にそれを話している。

 もちろん秘密にしておいてほしいとは念を押していたらしいのだが、どうやら霧の親がやらかしてしまったようだ。人の口に戸は立てられぬとはよく言ったもんだね。

 父親がここへ来ると聞いたときわさんはいたく不機嫌になったものの、逃げも隠れもする気はなかったようで、「ま、いつかくるとは思ってたからね~」と堂々としたものだった。

 そして十分前、霧が気まずそうな顔で連れてきたのが、ときわさんの父親――灰森樹いつきさんである。

 彼を見た瞬間、「あ、ときわさんの父親だな」と納得してしまう程度には、似ていると言わざるを得なかった――顔のつくりとかではなく、特徴としての問題で。

 まず身長が低い。霧の背にも頭が届いていないのだ――私と比べてもまだ余裕で私が勝つし、なんなら夕くんと比べてもまだ負けるかもしれない。

 しかも童顔なのだ。状況が状況なので顔つきこそ険しいものだが、とても大学生の娘がいる外見には見えなかった。

「……私に何か?」

 露骨に驚いていた私に対して、樹さんは私を下から睨みつけてきた……内心を見透かされたのか、大体初対面の人間は似たような反応を見せていたのか。おそらく後者だろう。

いつきさん、それあたしの友達だから。初対面の高校生をいきなり威嚇とか、大人としてさすがにアレだからやめてね?」

 見かねた霧が助け舟を出してくれる。やけに親しいなと思ったら、そういえばこの人は霧にとっては叔父にあたるのか。タメ口で話しているところを見ると、親族間の関係はまぁまぁ良好らしい。

「……失礼。今少々気が立っていてな」

 でしょうね、と口から出かけたのを何とか飲み込む――明らかにこちらに対していいイメージを持っていない相手をわざわざ焚き付けるようなマネはさすがにできない。

 この後に起きるであろう親子喧嘩を考えればなおさらだ。

 それでも、霧のお咎めを素直に聞き入れたところを見ると、私たちを毛嫌いしているとかではないようだけれど……でもこれ、どう考えてもときわさんをサークルからやめさせる流れだよなぁ……。

 樹さんをときわさんの待つリビングへ通した後、私はスマホを操作してメッセージアプリを起動。一言目に打ち込む言葉はこれしかないと思い、送信した。

『緊急招集!』

『ときわさん、親バレした!』


 ――その後。

 ちゃぶ台を挟んで無言で向き合っている二人に一応お茶を提供して、二人がともに口を湿らせたところで舌戦が始まったのである。

「大体さぁ、お父さんだって分かってるんでしょ~? どれだけ真面目に勉強したってどれだけいい大学出たって、ダメなときはダメなんだよ~? どこかの誰かが無職だった期間を見てるから、わたしは普通の社員にだけはならないって誓ったんだけどな~」

「この世の中に絶対がないことぐらいは、お前に言われなくとも身を以て知っている。だがそれでも、ちゃんとした大学を出てまともな会社に就職するほうが、安定する可能性は高いだろう……少なくとも、イラストレーターの道に進むよりは」

「その安定の中に、わたしがやりたいことはないんだよ? そんな退屈でつまらない地獄にわたしを放り込むつもりなわけ~?」

「イラストを描きたいなら、仕事の息抜きの趣味でいいだろう。そうであれば俺も文句など言わん」

「家で何か描いてるのを見るたびに『勉強は終わってるのか』『暇なのか』とかぐちぐち言ってくる人の言葉とは思えないな~。そんなだから私、家の外でイラストを描いてるんだってわかってる? わたしはこれを本気でやりたい。集中したい。ちょっとしたバイトぐらいならともかく、正社員なんかになったりしたら絵に裂ける時間がなくなる。はっきり言って、大学の授業に行く時間ももったいないぐらいなんだけど」

「……あまりこういうことを言いたくはないが、誰の金で大学へ行っていると思っているんだ」

「お父さんたちのお金でしょ~? そのぐらい分かってるけど、わたし別に今の大学だって行きたくて行ってるわけじゃないし~。はっきり言わせてもらうけど、大学に行け行けってお父さんがうるさかったから行ってるだけだし。そのお金をお父さんが出すのって当然なんじゃないの?」

「お前、言うに事欠いてっ……!」

「なに~? 大学の勉強そっちのけで絵を描いてるのが気に食わないんじゃないの? じゃあ大学辞めればいい? 家を出ればいいの? 別に仕送りとかもいらないから、わたしの夢に口出さないでほしいんだけど」

 ……おかしいなぁ、この部屋クーラー効いてるはずなのに、額に汗が滲んで止まらないや……胃もキリキリするし……。

 しかし、話を聞いているとなんとなく、二人の心情は掴めたように思う――樹さんは、単にときわさんが心配なのだろう。イラストレーターという職業は、どちらかと言えば不安定なものであるのは間違いない。そんな道へ娘を心置きなく送り出すことを出来ないと思うのは、何らおかしなことではないように思う。

 一方で、ときわさんの言うことももっともだ。今時大学を出たからと言って、必ずしも安定するとは限らない――言い合いの中に出たように、会社が倒産してしまえばそれまで。公務員になるんでもなければ、どこに就職しようがその危険は付きまとう。

 しかも、就職できたとしても、そこの仕事や空気が肌に合わないのであれば、ときわさんも言っていたように地獄でしかない。一見ホワイトに見えてもブラックでしかない場所だってあるだろう。

 お互いの言い分がなんとなく分かるだけに、私たちには口を出しづらい。

 これがただの感情論であるのなら、論破に力を貸すこともできるのだけれど……。

 しかしこのままでは平行線をたどり続けて、痺れを切らした樹さんとときわさんが取っ組みあいの大喧嘩になる可能性もある。……色々と高額の機材もあるらしいので、それは避けてもらいたいところだ。体格を考慮すれば、力尽くで止めることも難しくはないかもしれないとはいえ。

 ただ、私個人としては、ときわさんには夢を追ってほしい。

 どうにかして、イラストレーターを目指すことは「悪くない」と、樹さんに思わせられれば……。

 ――その時。

 玄関の扉が、開く音がした。

「うぃーっす。なんか大変なことになったらしいからバイト切り上げて駆けつけたぜ!」

 ドカドカと足音を立ててやってきたのは、当サークルのヘッドこと大井手来斗だった。

 ときわさんの対面に座る樹さんを見て、ヘッドは目をぱちくりさせて、ぽつりと呟く。

「……なんだ灰森、お前弟いたのか?」

「     」

 予想外の一言に空気が死んだ。

 …………親バレっつっただろうが……!

 呆気にとられた樹さんと何にも気づいてないヘッドを除く私たちキラーハウス女子陣は、腹筋が攣るんじゃないかという勢いで笑いを堪える羽目になったのだった。



親と子の関係って、案外難しいですよね、みたいなお話です。

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