第31話 黒原虹華のプロット相談 灰森ときわ編
「虹ちゃんってさ、夢とかないの?」
唐突なときわさんからの質問に、私は素直に面食らった。
「……どうしたんですか、急に?」
「いいからいいから。ないの?」
ときわさんが答えを急かすので、とりあえず答える。
夢があるかどうかなんて、そりゃあ――
「つきたい職業とかって意味なら、ない……ですね、多分」
「へえー。なんかこう、クリエイターとか、作家とか、考えたことないの? ラノベとか読んでたら書きたくならない?」
「どっちかっていうと、ならない寄りですね……ここにこなきゃ、私は多分今でも見る読む専門でしたから」
こうやって話を考えてること自体が、既に私にとっては想定外の事態なのだ。
「じゃあ逆に訊ねますけど、ときわさんって夢はあるんですか?」
「あるよ。だからわたしは、ここでイラストを描いてるの」
――サラダを食べた日から一週間後。
九月も半ばを過ぎたその日、私はいよいよ最後のプロットを作るべく、ときわさんと会っていた。他の面子は、今は部屋にいない。
ときわさんの推しヒロインは、夢を追いかける姿が眩しい、日常面でのサブヒロインである未華子。
なんで彼女が推しヒロインなんですか? と訊ねたところ、返ってきたのがさっきの質問である。
「っていうことは、ときわさんってイラストレーター志望だったんですか?」
「そうだよ? なんか意外だったかな~?」
「いえ……ちょっと納得です」
既出の『キラーハウス』の同人誌には、最後の方に作画に関わっている三人が、それぞれ好きなように描いたイラストが載っている。
ときわさんの描いたそれは、ヘッドや夕くんの描いたイラストとは構図からして違っていた――上手い下手の話ではなく。
漫画家の描く一枚絵と、イラストレーターの描く一枚絵と言えば、その差はなんとなく伝わるだろうか。
「……ちなみに、親公認ですか?」
「非公認ですよ~」
「……それは前途多難ですね」
「い~のい~の。あんな頭の固いお父さんなんて放っといても。黙ってこっそりイラストレーターデビューして、先に結果を突きつければ黙るしかないでしょ~」
ふわふわと髪の毛を揺らしながら父親のことを語るときわさん。ゆるゆるとした喋りながらも、その端々には棘がある。単なる反抗期……というわけでもなさそうだし、家の事情にあんまり突っ込むと藪蛇になりかねないかな……。
まあ世間一般のイメージ的には父親側の気持ちも分からないではないけれど、それこそ口が裂けても言えないな……冗談抜きで首を絞められかねない。あやとりひもで。
なんにせよ、ときわさんが未華子に感情移入してる理由はなんとなくわかった。
「となると、やっぱり夢に関連する話にするべきですよね」
「そうだね~」
「ふぅむ……じゃあ、何か夢に対する支障が発生して、諦めかけてるところを主人公に背中を押してもらって復活……的な?」
「…………」
「……ときわさん?」
「いや、普通にいい話の流れだなーと思って。虹ちゃんってやっぱり話を作るの、妙にこなれてるよね? ほんとに初心者?」
「初心者です。ただまぁ……多少はラノベ読んでるので、よさげな話をちょっとお借りしてって感じですかね。大体、現時点だと外側だけで全然中身詰まってないですし」
「やっぱ虹ちゃん、作家系向いてると思うけどな……変にオリジナリティ入れるよりもよっぽど面白い話作りそう」
「そんなことないですって。あーでも、未華子の可愛いとこも出さないとですよね。同人誌ですし」
「ああ、それはそうかもね~。じゃあ……」
「――うん、こんなところですかね」
ときわさんと話し合って、大体話がまとまったころ。
できた話の中身に、ときわさんはうんうんと頷く。
「やっぱり『ブラッディ・フール』のヒロインにおいては未華子が最強だね……! これは力を入れないと」
「一応言っておきますけど、ときわさんは霧の分も書かなきゃですから、結構大変ですよ? 間違っても根詰め過ぎて倒れないでくださいね?」
「わかってるよ~」
今回の同人誌は私以外のメンバー五人の推しヒロインを書くわけだが、当然全員が絵を描けるわけではない。作画担当の三人がそれぞれの推しヒロインの話を描くのは前提として、ヘッドはプラスで中峯さんの、ときわさんがプラスで霧の話を描くことになる。まあ、これはメインキャラを誰が描くかという話で、普通に背景協力なんかはするそうだ。
要するに、誰か一人でも欠けると作業量が一気に増えるということだ。これは怖い。私はどのぐらい時間がかかるのか分からないから、正直その怖さはあんまり伝わらないんだけどね……。
「ところでさ~」
ときわさんが、思い出したように話題を変える。
「最近小野木くんとはどうなの?」
ぎしっ、と私の体が強張る。いや、別に何があったわけでもないんだけど……。
「ど、どうとは」
「だって好きなんでしょ? デートぐらいしたの?」
「いやぁ……なかなか夕くん一人を連れ出す理由がなくって……」
直球なときわさんの物言いに、少なからず私は照れながら答える。
「それに、なんとなくここ二週間、あんまり顔見てないような気がして……」
先週も、一応会いはしたもののあまり話をしてなかったような……たまたまだろうと、思いたいのだけれど。夕くんはぼちぼち仕事に取り掛かってるはずだし……単に集中していたから口数が少なかったのだろう。
……そうでなければ、夕くんが意図的に私を避けているということになってしまうわけで……!
「え~、虹ちゃん、小野木くんに何したの~?」
「べ、別にまだなにもしてないですよ!」
「えっ……虹ちゃん、小野木くんに何するつもりなの?」
「そこで引きますか!?」
ほんのちょっとセリフが変わるだけで意味するところが全然変わってくる。日本語不思議。
「でもほんとに覚えがないんですけど……」
「じゃあたまたまじゃないの~?」
「だといいんですけど……」
「でも二週間前か……あぁ、あれは? アルバム事件」
「……そういえばあれ、全員で見たんですよね……」
「あっ、虹ちゃんの目が急速に胡乱に」
「あれ見られるなら子供のころの写真見られた方が遥かにマシでしたよ……」
思い出したくもない事件だが、私の様々なコスプレ・衣装写真を納めた、魚の目フェチこと青海椎珠玉の一冊。奴は何をトチ狂ったか、そのアルバムをあろうことかこの『キラーハウス』の集会所に送りつけてきやがったというアレだ。
だが確かに、ここしばらく私に関することで、あれ以外に衝撃を与えるようなことなどない。じゃあ、あれの一体何が夕くんに影響を……はっ、まさか!
「私みたいな根暗があんな華々しい恰好をしたからドン引きしてるんじゃ!」
「いやさすがにそれは卑屈過ぎるんじゃ……普通に似合ってたよ~?」
「いえ、そうに違いありません! あああ恥ずかしい消え入りたい、そして青海椎は消し飛ばしたい……!」
「そんなあいつを殺してわたしも死ぬみたいなことを……」
私が頭を振り乱していると、がちゃりと玄関のドアを開く音。
頭を止めて来訪者を待つ。
「ああ……噂をすればってやつかな~」
ときわさんが小声で呟く。
果たして、現れたのは今日も可愛い男の子、小野木夕くんだった。
「あ……お、お疲れ様です」
……うん? なんか今、一瞬間が……。い、いや、気のせい気のせい。私は動揺を表に出さないように、きわめていつも通りに振る舞う。
「夕くん、暑い中お疲れー。お茶でも飲む?」
「あ、だ、大丈夫ですよ。自分で取りにいきますから」
立ち上がろうとした私を制して、夕くんがパタパタと冷蔵庫へ向かう。
…………うん?
今、明らかに避けられなかった、私?
ちら、とお茶を取り出す夕くんを見る。すると偶然、目が合う。
さっ、と目を逸らされてしまった。
「…………えぇー…………」
こ、これはマジで、避けられているのではなかろうか。確定ではなかろうか。
なんだか背筋がすぅっと寒くなった。
「あ、あはは……おっとメールだ」
一連の流れを見ていたときわさんは、どことなく気まずそうに苦笑しながらスマホを弄りだし――
「えっ」
……えっ?
なんだか普段のときわさんからはあまりでないような、裏返った声がした。
「……えと、その、ときわさん? 何かあったんですか?」
夕くんが恐る恐ると言った調子で訊ねると、普段の緩い雰囲気もどこへやら、ときわさんは酷く不機嫌にこう答えた。
「なんか今から、クソ親父がこっちにくるみたいだね~」
修羅場の気配がすぐそこに。
ときわVS父親編、開幕です。




