第28話 黒原虹華の恩返し(前編)
「ああっ、虹華さんってば相変わらず素敵な瞳! こっちへ! もっとこっちへ視線をくださいまし!」
矢継ぎ早に告げられる変態からのリクエストに、私は辟易しながらも応える。
「――その輝くように濁った瞳を、こちらへプリーズ!」
「ぶっ飛ばすわよあんた」
「ああっ、その死んだ魚の瞳の中に輝く怒りの眼光、たまりません!」
「…………」
あまりのアレな発言に、私は何かを返す気も失せた。が、まぁそれはそれで――
「素晴らしいです! 素晴らしいですよ、死んだ目がさらに死んで深みが増しました!」
これである。薄々分かってたことではあるけど、こいつ私の天敵だな……。
――賢明な皆々様にはもうお分かりだろうが、さっきからトチ狂った言葉を吐き続けているのは同人サークル『シャイニーリング』所属、魚の目フェチこと青海椎。以前のイベントで会った時と同じく片方の目を前髪で隠しているのは、コスプレの関係ではなく元々そういう髪型であったらしい――着ているのは口調から連想するものを裏切らない、お嬢様っぽい白のワンピースだ。
そしてさっきからバシバシとフラッシュが焚かれ続けているこの場所は、とある撮影スタジオ。
撮られているのは、もちろん私――黒原虹華。ちなみに現在、少なくとも個人的には似合っているとは思えないほど女子女子したふわっふわの服を着せられている。
……なぜこんな状況になっているのかというと……まぁ。
端的に言えば、恩返しである。
――私の所属する同人サークル、『キラーハウス』の同人誌について、青海椎に相談を持ち掛けたのが、確か二週間ほど前のこと。
その際に私は、相談に乗ってくれる見返りとして、何かと私を――私の死んだ魚の目を写真に収めたがっている青海椎に、その機会を与えてもいいと言ったのである。
その後、数度のやり取りを交わして、今日、とうとうその日がやってきた――といっても、まあ、前回のイベントの様子から、どうせどっかで適当なコスプレして写真を撮るだけだろうと、ぶっちゃけタカをくくっていた。
甘かった。
青海椎という女の力を見くびっていたと言わざるを得ない。
集合場所で落ち合ってから青海椎に案内されたのは、七五三や入学なんかの記念写真を撮る際に使われる、地元で一番上等な撮影スタジオだった。
おいおいやけに本格的な場所に連れてきたなと思ったのも束の間、直後の奴の言葉に私は度肝を抜かれる羽目になった。
「今日はここ、貸し切ってますから。思う存分撮りましょう!」
え?
撮影スタジオって貸し切りとかできるもんなの?
「ええ、それはもちろん――というか、撮影スタジオで貸切という制度を使っていない場所の方が珍しいと思いますが」
ぎょっとしている私に、青海椎は淡々とそう答えた――まあ、言われてみれば確かにそうかと納得しかけた私だった、が。
「とはいえ、この施設丸々お借りする方もそうそういらっしゃらないみたいですが」
え?
この施設全部貸し切ってんの? しかも丸一日?
「ええ、もちろん! 何も気にせず撮影に集中したいものですから! もろもろ込みでほんの数十万円ほどで済みましたよ!」
済みましたよじゃねぇよ。と、庶民の私は思わずツッコんだ。
マジかこの女。私ごときを撮影するのに一体どれだけつぎ込んでるんだ。
ここまで来ると逆に怖くなってきた。
というか数十万の金をポンと出しちゃう青海椎って、もしかしてシャレにならない富豪の娘じゃ……?
「さぁ、行きましょう虹華さん! これなら人の目を気にする必要も全くありませんし、今日という日を楽しみ尽くそうではありませんか!」
私をしゃぶり尽くそうの間違いじゃないのか……と、思わざるを得なかった。
「で、今日の私はどんな格好をさせられるわけ? メイド? ナース? チアガール?」
まぁ、青海椎が私をしゃぶり尽くすつもりであろうが、今日一日ぐらいは付き合ってやるのもやぶさかではない私である。
なにせ、キラーハウスの同人誌の方向性がまとまったのは、こいつの助言あってのものといっても過言ではないのだ――ならば、その分の恩ぐらいは返しておかないと気分が悪い。たとえ、相手がライバルサークルに所属する魚の目フェチであろうともだ。
……まぁ、正直コスプレ写真を撮られるのは何とも言えない気分にはなるのだけれど、こいつの性格からして、恐らく個人的に楽しむだけが目的だろうと考え、覚悟は決めてきた。青海椎に見られるぐらいなら構わない。どんなコスでもどんとこいである。
「ええ、そのことなんですが――あ、ちょうど衣裳部屋に着きましたね」
がちゃり、と青海椎が扉を開く。
そこに広がっている光景を見て、私は思わず絶句した。
「いえ、コスプレももちろん素晴らしいですし、今日だっていくつかお願いするつもりでもあるんですが――わたくしの本命は、こちらです!」
ブティック、あるいはセレクトショップ。
衣裳部屋を見た私の第一印象がそんな感じだった――所せましと並べられていたのは、男の欲望を萌え萌えしく詰め込んだコスプレ衣装ではなく、春物から冬物まで、どこぞのモデルが着飾ってランウェイを歩いてそうな、華々しい服の数々だったからだ。
「虹華さん、きっとこういう服も似合うと思うんですよ! その眼にはふわふわの可愛い系も、スタイリッシュなクール系も行けると思います!」
一人できゃっきゃしている青海椎に対して、私は既にだらだらと汗を流していた――いや、何といえばいいのだろう。
私みたいな人種に、まさかモデルの真似事をしろと?
ある意味コスプレよりもハードル高いんですけど?
「……今すぐ逃げたくなってきた……」
「まぁまぁそう仰らずに! では、このふわふわした可愛い系から行ってみましょう!」
そう言って青海椎が突き出したのは、普段ならば触ることもしないような、それはもう女子女子した服だった――
――で、現在。
「さぁ、虹華さん! もっと笑顔をこちらに! いいですいいです、その調子!」
先ほどから無数のシャッターが切られる中、私は引きつった笑みを浮かべながらそれっぽいポーズを取っていた。
顔が引きつっている理由は、まぁ第一には慣れない服を着せられての撮影であること、そして第二には――
「一之瀬さん、照明の角度を少し変えていただけますか? ……はい、そのぐらいで。二山さんは虹華さんの汗を拭いて、髪を少し整えてさしあげて。三空さんは次のスタジオの用意をお願いします」
――青海椎の指示に従って、私の周りを動き回っている三人の男性の存在である。
このクソ暑い夏という気候において、喪服と見紛う黒のスーツとサングラスを着用した三人組。連れてきた張本人曰く、「お手伝いさんです」だそうだが、どう考えてもただのお手伝いさんじゃない。どっちかっていうと、そう、ボディーガードの雰囲気が漂う達人クラスのなにかだ……ここにきて、青海椎という人物の謎は増すばかりだ。
というか、単純に、知らない人間にこれを見られるのは恥ずかしいのだけれど、こちらがそういう反応を示すのは承知の上なのか、サングラスの向こうからでも私を注目する素振りは見せない。それはそれでありがたいが、緊張することに変わりはない。
「――ふぅ。とりあえずこのぐらいにしておきましょう」
妙にツヤツヤした青海椎が、額の汗を拭って言う。私がほっとしたのも束の間、
「さて、行きますよ虹華さん! 次はクールな感じに決めてみましょう!」
力強く手を取られた私は、息をつく暇もなく衣装室へ引きずり込まれた。
ずらりと並ぶ衣装の森を見て、私は背筋に寒いものを感じながら言う。
「……まさかとは思うけど、これ一通り撮影するつもり?」
「ええ、もちろん! せっかく虹華さんが同意してくれたのですから、この好機を逃すわけには行きません!」
……こいつ相手に、軽々しく写真撮っていいなんて言うんじゃなかったかなぁ、と思いつつも、私は青海椎が渡してきた服に着替えるべく、女子女子してる今の服を脱ぐのだった。
プロット編の箸休めみたいなお話です。
ちなみに続きます。




