第20話 黒原虹華のす巻き
「――さて、じゃあ一つ会議と行こうか」
一悶着を終えたキラーハウスの集会所。
ちゃぶ台を囲んだキラーハウスの面々を見回して、ヘッドが宣言した。
「まあ基本的に作り方は今まで通りだが、黒原もいるわけだしいったんおさらいしとこう。まずみんなで題材と誰をクローズアップした同人誌を製作するのかを決める。そのあと俺がネームを組んで、みんなに意見を出してもらう。修正点をクリアしたら俺を中心にペン入れに入って、締切までに完成に仕上げる。原稿が出来上がったらあとは隼太郎が何とかしてくれる。んでもって、黒原には主にネームを作る段階で協力してほしいわけだ。ここまでいいか?」
「いいかどうかで言えば、よくはないですね」
みんなよりも少し低い目線から、じとっとした上目遣いでヘッドを睨む。
「――まずは私を解放してほしいんですけど」
私は今、毛布で床にす巻きにされて転がされていた。
どうやらさっき、ちょっと暴れすぎたらしい――コスプレ強要・脅迫未遂の犯人として、被害者二名が大井手裁判長に直談判。結果、私には『毛布す巻きの禁固一時間』という判決が下ったのである。なんて理不尽な判決だ。これが現実の裁判なら控訴ものだ。
ていうか、クーラーが効いているとはいえこの季節にこれは普通に暑いのでとっとと解放してほしい。
「だそうだけど、どうする? 二人とも」
ヘッドが被害者二名――霧と夕くんに訊ねるが、二人は渋い表情で首を縦には振らない。
「その、虹華さんには悪いんですが……」
「さすがに暴れすぎたわね。あんたちょっとは反省しなさいよ?」
「ぐえっ」
うつ伏せになった私の尻に重みが加わって、潰れたナマコの内臓みたいな悲鳴が出た。
霧が私の上に腰を下ろしやがったのだ。
「つ、潰れ死ぬぅ~」
「そう簡単に人間は死なないわよ……ってかあたしそんなに重くないでしょ」
「ふっ……私の貧弱さを甘く見ているらしい」
「なんで誇らしげに言ってんのよ……つってもあんたは重石でもしとかないと何しでかすか分からないからな……うん、小野木くん」
「はい?」
「乗っちゃえ」
……なん……だと……!?
「い、いやですよ! というか、流石に虹華さんがかわいそうですよ!」
「大丈夫大丈夫、小野木くんあたしより間違いなく軽いし、小野木くんに圧迫されて死ぬとか虹華なら本望でしょ」
ちょっぴり期待しながら、私は事の成り行きを見守る。わくわく。
「い、いやそれが本望なわけないじゃないですか! しかもす巻きにされた女性の上に男子の僕が乗るっていう絵面自体色々とまずい気がしますが!」
言われて、キラーハウスの面々が考え込むように沈黙する。みな一様に思い描いているのだろう、夕くんがす巻きにされた私の上に乗る様を。
「……大丈夫じゃね?」
「特に犯罪の匂いはしないね」
「姉弟のじゃれ合いにしか見えないよね~」
「ちょっ、みなさん!?」
なぜか私の上に乗らなきゃいけないみたいな流れになっているのを察してか、夕くんがぎょっとした表情で声を上げる。
「ほら、なんか虹華もちょっと期待して目ぇキラキラさせてるし」
「虹華さん!? い、いやですからね、僕! 乗りませんよ!」
なおも拒否反応を示す夕くんに、私は悪魔の囁きを贈った。
「いい、夕くん。男らしくなるには、空気を読むということも大事なの」
男らしくというワードに反応してか、ビクンと夕くんの肩が跳ねる。
「く、空気を……?」
「そう。それがたとえ自分のしたくない・望まないことになるとしても、男にはやらなければならない時があるの。ここで拒否すれば空気は瞬時に冷めていく――しかし勇気を出して踏み込めば、その場の空気を一気に盛り上げられる、そんな時が。夕くん、それはまさに、今よ!」
「わ、分かりました!」
「……お、おい、隼太郎。夕の奴、将来大丈夫なのか? 俺ちょっと不安になってきたぞ」
「いや、夕よりも黒原さんの方が俺は怖く感じましたけど……彼女、詐欺師か何かに適性があるんじゃないですか?」
「なんていうか、噛み合っちゃいけない歯車がかみ合っちゃってる感じだよね~」
年上三人組がそんなことを言いながら私と夕くんのやり取りを眺めていたけど、知ったことじゃない。
さあ、お膳立ては整った! 私はいつでもバッチコイ! なんだろ、ちょっと興奮してきたみたい! 体が熱くって世界もぐるんぐるん! わは、わはは、わははははははははははははははははははははははははは――――――
「……きゅぅ」
「……ん? あーっ!? 虹華が目を回して気絶してる!?」
「に、虹華さぁーんっ!?」
「あ~これ完全にのぼせちゃってるね~。さすがにこの季節に布団す巻きはきつかったみたいだね~」
「いや、ときわ……のんきなこと言ってないで、黒原さんの戒めを解いてあげてくれる? おれタオル濡らしてくるから」
「なんか反応が妙だと思ってたら、もうだいぶ熱で頭やられてたんだな」
「頭はもとからだから別にいいけど、確かに虹華の体の貧弱さを甘く見てたわ……」
歪みに歪んだ視界の中で、チカチカとした光があっちにこっちに乱舞する。それはまるで私をのぞき込む仲間たちの言葉のようで――
「……あは、ちょっと……きれいだな……」
うわごとのように呟いた言葉は、多分誰の耳にも届かないまま、ゆがんだ世界の中に溶けて行った。
――ふわ、ふわ、と風が顔を撫でていくのに気付いて、次にやってきたのは額に冷たいものが乗っている感覚だった。
「あー……あー……?」
何があったのかを思い出そうと身じろぎする。頭の後ろで、柔らかいけど枕ではない何かが、動きに合わせてちょっと硬直した。
「んっ……目が覚めたね」
「……きり……?」
なぜか霧の顔が結構な至近距離で私の顔をのぞき込んでいた。……のぞき込む?
そこでようやく私は自分の状況に気づいた――どうやら今の私は、霧にひざまくらされているらしい。大きな二つのお山が視界を遮っているというこの光景には見覚えがあった。
そういえば布団の中でのぼせてたなぁと今更のように思い出す。
「……ふむ……」
ぐりぐり。
「ひゃっ……!? ち、ちょっと虹華! いきなり頭動かさないでよ、髪くすぐったいでしょ!」
「いや、折角の太ももなので堪能しておこうかなと」
「覚醒して早々アクセルベタ踏みしてんじゃないわよ! ほら目が覚めたならさっさと起きる!」
「あーれー」
転がすように霧から引き剥がされた。
「まったくもう、目が覚めたばかりの私に何て仕打ちなの」
「そこまで言えれば何の問題もないわよ」
「だ、大丈夫ですか、虹華さん!?」
呆れたように言う霧とは対照的な声が背後からかかる。
振り向けば、うちわを手にした夕くんがいた――ああ、あおいでくれてたのは夕くんだったのね。
「ん、だいじょーぶだいじょーぶ。ありがとね、夕くん」
「いえ……このぐらいなら全然。それよりも虹華さんの不調に気づけなかったとは情けない限りです……」
目に見えて凹む夕くんの頭を、ぽんぽんと叩いてみた。きょとんと目を丸くする夕くんを見返して、まだちょっとふわつく頭で言葉を繋げる。
「気にしなくていいって言ってんの。夕くんのしょげた顔もなかなか可愛いけど、私は笑ってる顔の方がいいと思うな」
「虹華さん……!」
「あー……なんか虹華が小野木くんに慕われる理由が分かった気がするな……」
ぼそっと霧が呟いてたけど、どういう意味だ。普通に慰めただけでしょうに。
「はっはっは、いやー黒原も無事でよかったな。じゃあお前ら、話が進まんからそろそろ真面目に会議すんぞ」
ヘッドが笑いながら言うけど――
「私たちだけが遊んでるみたいな言い方してますけど、す巻きの刑を言いだしたのはヘッドですよね?」
「嬉々として布団持ってきてたもんね」
「あの……あそこまでノリノリでやっておいて、その言い草はちょっとないんじゃ……」
私たち三人のジェットストリームアタックばりの追及に、ヘッドはすぃっと目を逸らし。
「……………………さぁ、会議を始めようじゃないか!」
逃げやがったこの野郎!




