第17話 黒原虹華の挑戦状
※今回からまた、語り部が虹華に戻ってます。
――私、黒原虹華が思うに、どうやら目の前の輪堂さんはヘッドにちょっと気があるらしい。
ヘッドは全く勘付いていないようではあるけれど、私の中の数少ない女子アンテナに引っかかった。
輪堂天音は、ツンデレであると!
しかし、これはあまりよくない事実である――なぜなら、私の親友、白砂霧もヘッドのことが好きなのだ。ヘッドが意外とモテているという驚愕の事実に関してはとりあえず置いておくとして、看過できる事態ではない。
確か彼女もヘッドと同い年、二十歳前後であるなら、最終手段として体で迫るという『ヤり方』もある。変なところでヘッドに仕掛けられても……色仕掛けられても厄介だ。
そう考えた私は、早々にお引き取り願うことにした。
「こんにちは、輪堂さん。ちゃんと挨拶させてもらうのは初めてですね。私、『キラーハウス』の黒原虹華って言います」
できる限りの外用スマイルで、にこやかにご挨拶。ヘッドとの親近感を見せつけるように、それとなく距離を縮めながら。
「来斗さんとは、仲良くさせていただいてます」
自分でも気味が悪くなるほどの猫なで声で宣言してやった。
「ど、どうした黒は――」
疑問の声を出そうとしたヘッドに、黙ってろと目だけでコンタクトを取る。
――さて、どんな反応を示す?
私は目をヘッドから輪堂さんへ向ける。このダメージで引き下がってくれればいいのだけれど――
「……ふっ」
しかし意外なことに、輪堂さんはふわっとポニーテールを掻き上げて口を開く。
「な、なななな、何よ大井手、あ、あ、あんたそんなじじ地味な子が好みだったわけ……?」
……あっ、これ思った以上にダメージ与えてたみたい。「恐ろしい子!」ばりに白目剥いてるし噛み噛みだし、何より生まれたての小鹿さながらに膝がかくかく震えてる。ダメ押しもう一発でノックアウトまで持っていけそう。
しかしそのもう一発を、こともあろうにヘッドが邪魔した。
「いや? 別に好みってわけでもないが。単なるサークルメンバーな」
ちっ、ヘッドめ余計なことを……! 当然、それを聞いた輪堂さんの目に黒目が戻ってくる。
「そ、そうよね! あんた漫画の登場人物でも胸大きい方が好みだもんね! よく見たらこんな貧乳をあんたが彼女にするわけないわよね!」
「戦争がお望みですか?」
別にヘッドに振られたことなんぞどうでもいいけど、貧乳呼ばわりされては黙っているわけにはいかない。そして何に腹が立つって、わざわざ胸を強調するように腕を組んでいることだ。
貧乳と呼ばれるほどないわけじゃないから! こんな私にだってちょっとはあるわよ、具体的にはBぐらい!
おそらくベクトルというか、微妙に方向性の違う感情を互いにぶつけながらバチバチと火花を散らしていると、ヘッドがぽつりと呟く。
「……彼女?」
その単語にビクンと肩を跳ねさせて、輪堂さんが慌てたように取り繕う。
「べっ、別にあんたが誰と付き合おうが知ったことじゃないけどね!?」
……その言い回しは現代においては自爆と変わらないと思うのだけれど。あぁ、ほら、輪堂さんの隣にいる青海椎ですら笑いを堪えるのに必死の様子だ。
しかしそこへ、ヘッドから衝撃の発言が。
「まぁ、だろうな。俺だって別にお前が誰と付き合おうが知ったこっちゃね―し」
「…………っ!」
やや赤らんでいた顔が、突然落ちてきた雷と共に真っ青になった。なにこれ、ちょっと面白い。
青海椎は笑いを堪えるあまり顔が真っ赤になっている。なんなのこれ、笑ってはいけないラブコメでも開催中なの?
「…………っ、そ、そういえば、一つ言っておくことがあったわ」
「あ? なんだよ急に」
色々な意味でギリギリといった様子の輪堂さんが、ヘッドに宣言した。
「私たち、次の『コミックラフト』には出ないから」
「……? どういう意味だ?」
宣言の意味を測りかねたらしいヘッドが首を傾げ――にやりと笑って、彼女は言った。
「私たち、次は『コミックマーケット』に出ることにしたから、『コミックラフト』には出てる余裕がないってこと」
「……!」
予想外の答えだったのか、ヘッドは目を見開くほど驚いたようだ。
「ま、最初は抽選に受からないとどうにもならないんだけどね――でも、うちのサークルなら、コミケであろうとそこそこ戦えるはずよ」
調子が戻ってきたのか、勝気な調子で彼女は言葉を投げかける。
「あんたとの戦いもこれまでってことよ。うちの勝ち逃げね」
「――そうはさせねぇぞ」
ヘッドの口が、楽しげに歪む。
「お前だけに先に行かせてたまるかよ。お前らが行くんだったら俺たちも参加するまでだ」
「え、ヘッド、本気ですか?」
「もちろんだ。こいつらに抜け駆けされるのもシャクだしな」
「でしたら、一つ派手にやってはいかがでしょうかー?」
事態を静観していた、口を開くと笑いそうになっていた青海椎が、唐突にそんなことを言い出した。
「どういう意味よ、椎?」
「いえ、どうせ勝負をするのでしたら、なにか副賞があれば盛り上がるのではと思いまして。そう、例えば――」
悪戯っぽく、にゅい、と口の端を釣り上げて。
「――負けた方のサークルは、勝った方のサークルに吸収合併される、というのは?」
「……!?」
なんて提案をしてくるんだ、この魚の目フェチ。
そんなの、そんなの……!
一方的に『シャイニーリング』が得するだけの副賞じゃない……!
「……! そういうことね」
意図を察してか、輪堂さんが青海椎に笑いかける。
向こうの代表、輪堂さんが何かとヘッドに突っかかる理由はなんとなくわかった。きっと気を引きたいのだろう。けどその気の強さが災いして関係がロクに進まないという典型的な悪循環にはまっているタイプと見た。
けど、この条件を呑んでしまえば、この勝負に勝とうが負けようが、二人の距離は(物理的に)縮まることになる。
そして問題はそれだけじゃない。私と魚の目フェチが、同じサークルに所属するということにもなってしまう……!
舐めていた、青海椎の奴、かなりの策士……!
何が問題って、この条件が達成されてしまえば、場合によっては私が奴に一日中付きまとわれるということにもなりかねない。
勝負をするだけならまだしも、そんなのごめんである。
「それは――」
「いいぜ、受けて立つ!」
「ちょっ!? ヘッド!?」
さすがに横槍を入れようと思ったが、その前にヘッドが了承してしまった。
「――あはっ。それでこそ大井手ね、その即決力は嫌いじゃないわ! 男に二言はないでしょうね?」
「俺を誰だと思ってんだ。当然だろ」
「その余裕がいつまで続くかしら? せいぜい、年末まで足掻くことね!」
スカートの裾を翻して、輪堂さんが去っていく。ミニスカの上に勢いよすぎてちょっとパンツ見えたけど、まぁそこら辺は放っておこう。
青海椎も笑顔で会釈して去っていく。
二人が少し離れたところで。
「……せめて、みんなに相談してからとかじゃダメだったんですか?」
一つため息をついてから、私はヘッドに訊ねる。
「ん? あぁ、ま、大丈夫かなーと思ってな」
「そんな軽く……今まで負けっぱなしなんですよね? 正直自殺行為だと思うんですけど」
「確かにきついかもしれない。だけどな、黒原。俺はなんでか負ける気がしないんだよ」
「なんでかって……一応根拠を訊いても?」
「お前がいるからかな」
「……はい?」
あっさりと返ってきた答えに、私は思わず訊き返す。
「だから、黒原がいるからだって。ウチに今までいなかったシナリオ監修!」
「私ド素人なんですけど。プロどころか経験者ですらないんですけど」
「いいんだよ、細かいことは! 経験のあるなしなんて関係ない、今までにいなかった仲間がいる! それだけで力ってのは湧くもんだろう!」
「なんっつー脳筋……。マジか」
「もちろん、黒原だけじゃないけどな。隼太郎も、夕も、灰森も、もちろん霧だっている。仲間さえいれば俺は勝てる!」
「今まで全部負けてるっつってんじゃないですかヘッド……はぁーあ」
私は、思ったよりも頭の悪い人のサークルへ入ってしまったのかもしれない。
まぁ、それでも、少し見えたかな……あの霧が、この人に惚れた理由ってやつが。私には夕くんがいるし、別にタイプでもないから、この人になびくことはまずないのだけれど。
……ったくもう。
「しょうがないヘッドですね……こうなった以上は、全力で勝ちに行きますよ」
「おっ、なんだよ、意外と黒原も乗り気じゃん?」
「乗ってはないです、勘違いしないでください。ただまぁ、サークルの存亡がかかるとなると、私も色々と頑張らざるを得ないなって思っただけですから」
主に霧のため――それに、ときわさんにだって無関係の話じゃないし。
それに何より、私自身の、夕くんとの関係のために。
すっ、と拳を突き出す。
「とりあえず、買うもの買って集会所に行きますよ。先にある程度話をしておきたいですし――元ネタをどうするのか、どのキャラに重点を置いたストーリーにするのか」
「おし、了解」
こつ、とヘッドが拳をぶつけて――私たちはメイトへとようやく足を踏み入れたのだった。
……ちなみに、本を物色している最中、そもそもここへ来た目的を果たしそびれていたことに気づいて戻ってきていた輪堂さん、青海椎と鉢合わせて、微妙に気まずい空気になったりもしたのだけれど――それはまた、別の話である。




