第16話 黒原虹華の疑似デート(裏)
※サブタイトルは黒原虹華になっていますが、今回の語り部は小野木夕になってます。
――僕、小野木夕は、絵を描くことが好きだ。
どちらかと言えば学校では、身長や中性的な顔のおかげで弄られる側にいることが多かった。別にいじめられてたとか思うつもりはない。同じクラスで過ごしていれば、弄ったり弄られたりするのは、普通にあることだし。
ただ、ノリのいい子たちならともかく、僕にとってはそれはあまり気分のいいものではなかったので、クラスメイトとは割と没交渉になっていった。自然、一人でいる時間が増えて、僕は漫画やゲーム、アニメにのめり込んでいった。
特に漫画は、自分で絵を描きはじめるほどにのめり込んだ。
どんな形でもいいから、もっと漫画に触れていたい。
そう思ったときに目にしたのが、一枚の貼紙。
同人サークル『キラーハウス』への入会勧誘の貼紙だった。
――まさか、その時は思いもしなかった。
僕が、ストーカーまがいの尾行を行うことになるなんて……っ!
「小野木くん、もうちょっと詰めて……! 影が見つかったらまずいでしょ」
「いえ、あの……お願いなのでもう一回今の状況を説明していただいてもいいですか」
じりじりと日が差す炎天下。物陰から、誰かを待つ虹華さんの姿を視界に捉えながら、僕は同行者――というか今回の件に僕を巻き込んだ張本人、白砂霧さんに訊ねた。
「ヘッドと虹華が二人で出かけるから、ヘッドが変なことしないように見張ってる必要があるの。悪いけど今日は一日付き合ってね」
「悪いけど? 今悪いけどって言いました?」
僕は自分の耳を疑った。
「悪いと思っている人は、こんな格好なんてさせないと思うんですけど」
僕は自分の着ている服を指して、少々棘のある口調で言う。
ブラウスに、スカート。
完全無欠に女性もののコーディネートだった。ここへ来る前、白砂さんに物陰で強制的に着替えさせられた。彼女にされるがままになってしまった自分の非力さが恨めしい。
「だって、尾行するにしたって、あたしと小野木くんの身長差じゃ人目に付くでしょ? じゃあいっそのこと小野木くんの外見を女子にしちゃえば、ただの女子の二人組だからね。それにあたしも地味めの格好にしてきたし」
そういう彼女は、半袖にオーバーオールという、確かに意外と地味な格好。ただ白砂さんの場合、そもそも身長が高いというか素材がいいので、地味にしたところで素材の良さが際立つだけである。頭に被った目元を隠すキャップも、ボーイッシュな格好よさをより引き立てる。むしろ普段着より目立ってるんじゃないだろうか、これ。
「というか、だったら僕を女装させるんじゃなくて白砂さんが男装すればよかったんじゃ……」
「いやいや、コレはさすがに隠しようがないでしょ」
ボーイッシュさの中でこの上なく女性を主張する膨らんだ胸元をぺしんと叩いて、白砂さんが苦笑する。……確かに、夏場でこれは隠しようがないか……。
「……それはさておき、本当に尾行するんですか?」
僕は服についての文句を諦め、今やろうとしていること自体に疑問を呈する。
「友達である虹華さんの身が心配だというのは分かりますが、ヘッドが余計な手を出す人にも思えませんけど」
「……あたしだってそう思いたいの。だからまぁ、念のためよ、念のため」
何が念のためなんだろう……というか。
「これ、ストーカーじゃないんですか?」
「尾行よ」
「ほぼ同じだと思いますが……あまりにも男らしくないので、僕としては出来れば遠慮させていただきたいんですが」
「大丈夫。あたしは女で、小野木くんは小野木くんでしょ」
「どういう意味ですか!? まさか僕のことを『性別・秀吉』みたいに思ってるってことですか!?」
「もうちょっと声押さえてよ、ばれたら元も子もないんだから」
白砂さんに引く気はないようで、逃がしてくれる気もないらしい。
「ってか、あんまりうだうだ言ってると引っこ抜いて女の子にするよ」
「さぁ、張り切って尾行しましょうか!」
貞操の危機とあっては従わざるを得ない。
でも、それはそれとして、確か今日二人で出かけようと言いだしたのは、確か虹華さんだったような気がする。
そこから連想されるのは――
「……もしかして、虹華さんってヘッドのことが好きだったりするんですかね? もしそうだったら、放っておいたほうがいいんじゃ――」
「それはないから」
「即答ですね……もしかして、虹華さんの好きな人を知っているんですか?」
白砂さんは虹華さんのクラスメイトで、親友だ。それぐらい知っていてもおかしくない。僅かに体を硬直させた後、顔を逸らしながら白砂さんは言う。
「……黙秘権を行使シマース」
「あっ、ずるいですよ」
……でも、そうか。虹華さんにも好きな人がいるのか。
当然といえば当然だけど……。…………。
…………?
なんだろう、今の感じ……。
「あっ、ヘッドが来た」
白砂さんの言葉に、目を向ける。
「いつも通りの恰好ですね、ヘッド」
「逆に、虹華はいつにもまして女の子っぽさがないなぁ……これはあたしの杞憂だったかなぁ……」
「? 何か杞憂に思うようなことでも?」
「っ! い、いや、なんでもないのよさ!」
「よさ?」
何か突然テンパった白砂さんが、二人の方を指さす。
「そ、それより、どこか行くみたい! 追うよ!」
「は、はい、分かりま――って、白砂さん、ストップ!」
虹華さんが足を止めてこっちへ振り向こうとしていたので、僕は慌てて白砂さんの手を引き、物陰に身を潜める。
「……っ!」
大丈夫かな……? バレてないよね……!?
心の中で十秒数えてから、こっそり様子を見る。二人は完全にこちらに背を向けていた。どうやらバレはしなかったようで、僕はほっと安堵のため息をつく。
「せ、セーフみたいです……」
「いやー、ありがとね小野木くん。虹華は変に鋭い時があるのを失念してたよ」
言われてから、僕ははっとする。
なぜ、隠れてしまったのだろう。
正直、尾行するという男らしくないことはしたくない。
したくない、はずなのだけれど――同時に、このまま、こっそり二人の様子を確認したいと思っている僕も、確かにいるようで。
だからこそ、とっさに隠れてしまったのか。
…………。
ええい、こうなればヤケだ。
「……行きましょう、白砂さん。あの二人がどうするのかを見届けるんです」
「お、ノッてきたね、小野木くん。それじゃあ行こうか!」
僕らは虹華さんとヘッドを追って、炎天下へと身を躍らせた。
「ひ、一口交換なんて……そんなのまるで……!」
「あの、白砂さん……あんまり視線を送っているとばれるんじゃ……」
何がそんなに悔しいのか、ぎりぎりと歯を鳴らしている白砂さんをそれとなく宥める。
二人を追って僕らが入店したのは、とあるうどんのお店。虹華さんたちから少し離れた場所に座って、注文した料理を食べながら、時折様子を伺っている。
そんな折、二人が互いのうどんを一口ずつ味見をしたところを目撃してしまったのだ。辛かったのか妙なところに入ったのか、虹華さんはうどんを吹きだしていたみたいだけれど。
「……でも確かに、ちょっといい雰囲気ですね。お互いに気遣いがないっていうか」
「…………」
白砂さんが、おろしうどんを持ち上げた腕を止める。あれっ、何かまずいこと言っちゃったかな……?
「……ほほ、ほら、ライには気遣うだけ無駄だってきききっと虹ちゃんも分かってるんだよ。そうに違いない」
「なんでそんなに動揺してるんですか?」
「……動揺なんて、してないし」
はて、ヘッドのことをライと呼んでいた件については触れるべきか触れざるべきか。
「……そういえば、白砂さんとヘッドって幼馴染らしいですね。前にヘッドに聞きました」
「う、うん、そうだけど?」
「ヘッドに好きな人っているんですかね?」
白砂さんの持ち上げていたおろしうどんが箸から滑り落ちた。
「…………え? ま、まさか、小野木くん、ライのことが……?」
「ぶっ! ちっ、違いますよ!」
ざるうどんを吹きだすのをすんでのところで堪えて、白砂さんの言葉を全力で否定する。
真っ先に思考がBL方向に飛んでいくあたり、以前は無知だった白砂さんもだいぶ染まってきたなぁと思う。
「……ヘッドに好きな人がいるなら、虹華さんとの逢引ってことではないんだろうなと思ったんですよ」
「あぁ、なるほどね……うーん、でも訊いたことないから分からないなぁ」
「そうなんですか」
「うんまぁ……ちょっと訊きづらくってね」
少々赤い顔で、目を逸らしながら呟く白砂さん。
確かに、幼馴染とはいえ年頃の男女。お互いの恋愛には深く踏み入らないのが、気まずくならない秘訣なのかもしれない。
まぁもしも白砂さんがヘッドのことを好きだというのなら、そりゃ訊きづらいだろうとも思う。もしも別の人が好きだなんて言われたら立ち直れなさそうだもんね。
普段の二人の様子を見るに、そんなことはないと思うけどね!
「――あ、虹華さんたち、動くみたいですよ」
「えっ、本当? じゃああたしたちも早く食べちゃお」
「はい」
食べるペースを速め、各々でお金を払い、先に出た二人を追った。
――二人の向かう先は、方向を考えると、おそらくメイトだろうなぁと予想できた。
そこまでは予想通りだったけれど……。
「……な、なんなの、この状況?」
物陰から様子を伺っていた白砂さんの言葉である。
僕も口にこそ出さなかったけれど、似たような感想を抱いていた。
なぜなら、ヘッドと虹華さんの前に立っているのは、『コミックラフト』で散々虹華さんに付きまとった変態、青海椎と――ヘッドのライバルにあたる、同人サークル『シャイニーリング』の代表、輪堂天音さんだったからだ。
それも、ヘッドと輪堂さんが火花を散らすかと思いきや、何やら彼女は虹華さんを見て愕然としているようで。
「……その女の子、なに?」
「なにもクソも……ただのサークルのメンバーだけど。こないだ入ったばっかの新人で、黒原って言って――」
「それは分かってるわよ、こないだの『コミックラフト』でちらっと見たから! そうじゃなくて……!」
なにやら慌てているというか、焦っている輪堂さんの言葉を遮って、虹華さんが一歩前に出た。
「――こんにちは、輪堂さん。ちゃんと挨拶させてもらうのは初めてですね。私、『キラーハウス』の黒原虹華って言います」
「……あれ誰?」
普段の虹華さんからは考えられない態度なのか、白砂さんが目をチカチカさせながら呟いた。
そして、虹華さんはそのまま続けた――すすす、とヘッドとの距離を縮めながら。
「来斗さんとは、仲良くさせていただいてます」
「「「…………、…………!!!???」」」
――この場の誰もを渦潮に引きずり込んで、しっちゃかめっちゃかに掻き回すような、そんな言葉を。




