第14話 黒原虹華のガールズトーク(後編)
--私が霧に放った何気ない一言は、思った以上に霧を動揺させたらしい。
「な、な、な……いきなりなんなの!?」
膝を打った痛みだけではないだろう、涙目で顔を真っ赤にした霧が可愛らしく噛みついてくる。あぁ~、なんかいいなぁこれ……。
こんなに慌てた霧を見ることはそうそうないので、ちょっと楽しい。
「いや、『コミックラフト』の時から色々気になっててさー。まさかこれだけの醜態を晒した後で否定するなんて真似はしないよねぇ? っていうかさせないけどね?」
「う、うぅ……っ」
「まぁ、普段の様子見てれば何となく分かるよね~」
「と、ときわちゃんまで……っ」
「だってそうじゃない?」
くすくす、と笑いながらあやとりを続けているときわさん。
「霧ちゃん、自分で思ってるより分かりやすいからねー。気づいてないのは多分ヘッドだけじゃないのかな?」
「うぐぅっ……」
感情だだもれだと指摘されて、ますます顔を赤くして押し黙る霧。ほんと珍しいなぁ。
とはいえ、まぁ、何となく分かった。
やたらヘッドへの呼び方やら話し方やらが砕けているのは、幼馴染ゆえのものだったらしい。
「普通に仲良いから、下手したらもう付き合ってるのかと思ってた」
「いや……うん……それならよかったんだけど……」
「別にヘッドに付き合ってる人がいるわけでも……ないですよね、ときわさん?」
「どうなの、霧ちゃん?」
「……いないけど」
わざわざ霧に質問を投げるあたりに、ときわさんの腹黒さが透けて見える。
「じゃあ告白しちゃえばいいじゃん」
「……いや、そのさ……あたし、うっかり距離を近づけ過ぎたかなぁって思っちゃって」
「……ほほう? 詳しく」
「あんたいつか覚えてなさいよ……」
ひくひくと目元を引きつらせながら、霧がぽつぽつと話し出す。
「……恥ずかしいからあんま言いたくないんだけど、今結構距離が近いのね。あたしとラ……ヘッドが」
「ライでいいけど?」
「〰〰〰〰っ、あんったほんっと覚えときなさいよ……!」
ここぞとばかりにいじる私に、ぎりぎりと歯ぎしりしながら睨みつけてくる霧。でも顔が赤いので怖くないどころか、むしろ可愛い。んふふ。
「それで、その霧ちゃんとライくんの距離が近いっていうのは?」
「ときわちゃんまでぇ……っ、まぁ、その、物理的にもそうだけど、精神的にも割と近いってこと。同じサークルにいて、そこそこ仲がよくて……」
あぁ、つまりこういうことね。
「今の関係性が心地いいから、下手に動けなくなっちゃったっていう恋愛モノの鉄板コースね」
「霧ちゃん、乙女だねぇ~」
「……こうなるだろうと思ってたから、恥ずかしいって言ったのに……」
ぶるぶるとひとしきり震えた後、がばっと顔を上げて霧が叫ぶ。
「あ、あんたら二人はどうなのよ! 恋バナを聞き出していいのは、恋バナを聞き出される覚悟のある奴だけだよ!」
「なんでル○―シュなのよ……っていうか、霧は私の恋バナなんて知ってるじゃん」
「っていうか、聞かなくても分かるよ。虹ちゃんがお熱の相手って小野木くんでしょ~? 師弟関係で恋愛感情とか、こっちはこっちで鉄板だよねぇ。なんで小野木くんを好きになったの?」
「可愛いからです」
即答したった。
「……直球だね~」
「可愛い女の子が好きな私にとっては、理想のような男の子ですからね」
「……うんまぁ、分かってたつもりだけど、虹ちゃんもやっぱり結構……」
何とも言えない表情のときわさんが、その先に続けた言葉はあえて聞かなかったことにした。
「……なんかここまで堂々とされると弄り甲斐がないなぁ……」
やや悔しそうに、恨めし気な視線を向けてくる霧。ふふん、どんなもんよ。
「でもまぁ、流石は男らしさの師匠って感じだよねえ。変なところでさっぱりしてるっていうのかな」
「ときわさんときわさん、その評価は喜んでいいのかどうかわからないです。あと流石に男らしいという評価はあんまり嬉しくないです」
一応女子なのだ、私も。
「うわぁ、虹華、今自分のことめっちゃ棚に上げたね……小野木くんに散々可愛いとか言ってるくせに。じゃあ、ときわちゃんは好きな人とかいないの?」
「今はいないかなぁー」
「……虹華以上に弄り甲斐がないなんて……!」
がっくりとうなだれる霧。割と何でもそつなくこなすイメージの親友ではあるけれど、恋バナ方面に関しては意外とポンコツのようだ。
「今は、ってことは、恋愛する気はあるってことですよね?」
「まぁ、一応年頃の女の子だもんねぇ。もう二十歳まであと一年だけど」
「じゃあ、タイプの人ってどんなですか?」
私の質問に、んむー、と目を天井に向けて考える。
「黙々と働いてる人が好きかな。ぐちぐち言わずにちゃんと仕事を片付けられる人」
……うちのメンバーに、それに該当する人がいたような気がするのだけれど。
まさか……?
「……へ、へぇー、そうなんですか。それは例えば、どんな……?」
「じゅんたくんみたいな人」
こっちははぐらかせる風に訊ねたのに、言い切りおった。このお人形、言い切りおった。
じゅんたくん――すなわち、中峯隼太郎さんのことである。
「い、意外すぎる……」
「……あのときわちゃんが……」
これは霧といえども初耳だったようで、私と同じく茫然としていた。
「私たちと違って、全然態度には出ないんですね、ときわさん」
「そうでもないと思うけどな~。じゅんたくんには極力優しくしてるよ?」
首を傾げるときわさん。まぁ、露骨じゃないだけなのかもしれないけど。
「でも、だったら中峯さんにアプローチ掛けたりしないんですか?」
「んー……でもさぁ」
困ったようにはにかみ、髪を弄びながら、彼女は言った。
「じゅんたくん、もう彼女いそうじゃない?」
「「……そうかなぁ?」」
私と霧の疑問の声がダブった。
あんまりパッとしてないし、このサークルで大体いつも動いてることを考えると、彼女がいるようには思えないけど。
「絶対いるって。あんなにかっこいいんだから」
「「…………」」
ときわさん、聞いているこっちが恥ずかしくなってくるほど、中峯さんにベタ惚れのご様子。
ある意味、本日最大の収穫である。
――数日後、夏休みもあと一桁に迫ってきたころ。
私は、一つ動いてみることにした。
サークルの集会所で、カリカリとペンを走らせているその人物の傍に立ち、言う。
「――今度、ちょっと付き合ってもらえません?」
彼は、驚いた様子で私を見上げて――口を開いた。
「そりゃ構わんが――俺に何の用だ、黒原?」
ヘッドが、珍しいと言わんばかりの表情で――ついでに、部屋の中にいた霧が、意味が分からないとばかりに顔を引き攣らせて私を見ていた。




