第12話 黒原虹華の打ち上げ
――休憩を終えてからは大きな波乱もなく、私の人生初の同人誌即売会イベント、『コミックラフト』は無事閉幕を迎えた。
その後は出店サークルが合同で後片付けを行い、各々帰り道についた。
ちなみにこのイベントでのうちの戦果は、五十部刷って持ち込んだものが十部余った。
差引四十部が売れたということだ――中には二部買いしてった人もいるから、イコールで買った人の人数というわけではないけれど。
これが売れた方なのか売れなかった方なのかは、初めて参加した私にはちょっと判別がつかない。今はただ、多少のやり遂げたという達成感と脱力感、そしてようやくあのメイド服を脱ぐことができたという安堵感でいっぱいである。
――こんなにいろんな感情がごちゃまぜになることってそうそうないよなぁ、と思いながら、私はコーラを軽く掲げ上げ、ヘッドの言葉を待った。
「今日は俺のおごりだ! お前ら、お疲れさん! 乾杯!」
『かんぱーい!』
五人の声と、カチャンカチャンとコップのぶつかる音が店内に響く。
私たちキラーハウスの面々は、打ち上げということでファミレスにやってきていた。
あと、私の歓迎会も兼ねているらしい。ついで扱いではあるけど、まぁ、やってくれるだけマシというものだろう。
料理が運ばれてくるのを待つ間、各々が話し始める中、ヘッドの持つコップの中のメロンソーダを見て、ちょっと気になったので訊ねてみる。
「時に、ヘッドってお酒飲まないんですか? もう成人してましたよね?」
「してるけど、一人で酒飲んでも虚しいじゃん。全員飲めるなら飲んでるけど」
なるほど、もっともな理由だ。
「だぁー、しっかし……今回も勝てなかったかぁー!」
机に突っ伏して、ヘッドが心から悔しそうに呻く。
――片付けの時になにやら言い合っていたところによると、今回の売り上げ勝負も『シャイニーリング』の勝利だったらしい。勝ち誇った向こうのサークルの代表の馬鹿笑いが開場中に響きすぎて、周囲からひんしゅくを買っていたみたいだけど。
「まぁいいじゃん、トーナメント方式の戦いやってるわけじゃないんだし」
気安く口にしたのは、レモンスカッシュを飲んでる霧だ。
「いいや、男には何があっても、どんな状況でも負けたくない時がある!」
「そう言って大体いっつも負けてるじゃん」
「だぁーっ! 次は絶対勝ってやるぁー!」
「ヘッドー、うるさい」
「……すまん」
ときわさんの一言でがっくりとうなだれるヘッド。
「あはは、ライは相変わらずだねー」
私の隣で、霧がそう言って――ん?
ライ、だって?
確かヘッドのフルネームが大井手来斗。ライ、というのが名前の略称だというのはまぁ想像がつく。
問題は、霧がヘッドのことをそんな親しげな名前で呼んだということで――あれ、なにこれ? てっきり霧の片思いか何かかと思っていたけど、まさか二人の関係は私が思っている以上に進んでるの?
……いや、そう考えるのはまだ早計だ。なぜなら霧は、ときわさんのことをもちゃん付けで呼んでいるのだ――しかし、それはそれで考えてみれば不思議なことだ。
私の知っている霧は、社交的ではあるけれど、基本的に年上にため口をきくなんてことはまずしない。ということはよほど仲がいいということなのかもしれないが……?
気にし始めると、疑問に思うことばかりだ。そもそもこのメンバーは、どのようにして集まったのか。
……入ってまだどれだけも経ってないから、当然といえば当然だけど。
私はみんなのことを全然知らないんだなぁ、と、柄にもなくセンチメンタルなことを考えた。
--料理が運ばれてきてしばらく、私がもしゃもしゃサラダを頬張っていると、思い出したと言わんばかりにヘッドが手を打つ。
「あぁ、そうだ――黒原、ほいこれ」
ヘッドが財布から取り出したのは、一枚のカード。
「? なんですか、こ、レッ」
声が裏返り、顔が引きつる程度には驚いた。そのカードは名刺だったからだ。
《サークル『シャイニーリング』所属 青海 椎》
砂浜の背景が腹立たしいぐらい綺麗なその名刺には、ご丁寧に住所から携帯の電話番号まで書かれていた。
「……で、なんですかこれ」
「あぁ、売上訊きに行ったときに輪堂経由で渡してくれって言われてさ。休憩時間にでも知り合ったのか? あの短時間の間にとは、黒原もなかなかやるな」
「知り合ったというか、一方的に詰め寄られただけなんですけどね……」
今思い出してもげんなりする。あのイベントのおかげで多少いい思いが出来たとはいえ、それとこれとは話が別である。
「俺と別行動してる間にそんな面白いことがあったのか?」
「面白いって、中峯さん……自分が関係ないからって……おかげで色々大変だったんですからね?」
やや咎めるような目で、夕くんが中峯さんを見る。
「……そんな大変だったのか? そりゃ悪かったが」
「ん~、でもじゅんたくんならその場にいてもあまり変わらなかったんじゃない?」
「えっ、ときわ……それはちょっと酷いんじゃないか」
中峯さんがショックを受けるのを見て、ときわさんがころころと可愛らしく笑った。
「……あ、そうだ。霧、例のモノは買ってきてくれた?」
「あぁ、うん。これね」
渡された袋の中身を確認して、うんうんと頷く。
「虹華にしては珍しいチョイスじゃない? 趣味変わったの?」
「だってこれ、私のじゃないからね――夕くん、はいこれ」
袋の中身を取り出して、机を挟んで向こう側にいる夕くんに渡す。
「えっ……これって」
夕くんが目を丸くする。
私が差し出したのは、青海関連で夕くんが買いそびれた同人誌だったからだ。
「えっ、ど、どうして……?」
「霧に頼んで買ってきてもらったの。まぁ半分ぐらい私のせいで買いそびれてたわけだしね」
「……あ、あはは……」
「? 夕くん?」
「その、実は……」
すすす、と机の陰から夕くんが取り出したそれに、もっとも素早く反応したのはヘッドだった。
「あぁん? そりゃ『シャイニーリング』の本じゃねぇか。なんでそんなもん持ってんだ」
「いえ、実は……虹華さんと、まったく同じ理由で。ときわさんにお願いしちゃいました」
本で顔を少し隠しながら、上目遣いで夕くんがはにかむ。おぉっほ、なにこれ。なんだか久しぶりの感覚が胸を打つ。
甘く苦しいなんてラブコメ感のある感じじゃない。刹那にして爆発的な、私の趣味にストレートで着火しにかかるこの感覚!
私が身悶えを外に出さないように堪えている間に、私たち二人を除く『キラーハウス』のメンバーは、この珍事に笑顔を見せた。
「おいおい、お前らどんだけ仲良しだよ」
「可愛らしいこともあるんだね~、わざわざパシリに行った甲斐があるよ~」
「パシリって……ときわちゃん、地味に表現酷くない?」
「っていうかヘッド、俺ら男子陣だけ仲間外れっすよ。なんか凹むんですけど」
料理を前に笑うメンバーの中、私は夕くんの差し出す同人誌を受け取って、精一杯の笑顔で言った。
「わざわざありがとね、夕くん」
精一杯の笑顔が、不気味になってないことを祈るばかりである。
――こうして、私の人生初の大イベントは終了した。
色々と問題が起きはしたけれど――まぁ、どちらかといえば、いい思い出寄りの記憶になることは、間違いないだろう。
夕くんのおかげで、ね。
ブログ版と比べて、『キラーハウス』の同人誌の部数をちょっと変更してます。
元の部数だとちょっと多すぎるのかなーと思ったので……。




