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キラーハウス狂騒曲  作者: 日暮晶
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第11話 黒原虹華の失言


 前回のあらすじ。

 私こと黒原虹華が謎の魚の目フェチにナンパされて、困っていたら夕くんが助けに入ってくれた。

 ……やだ、なにこれ。私ラブコメのヒロインみたーい♪

 ……って、浮かれてる場合でもないんだよねぇ……。

 どうしようかな、この状況――と考え、妙案が浮かぶ前に、先に行動したのは夕くんだった。突然の登場人物に驚いて力が緩んだのか、私の腕を掴む魚の目フェチの手をやや力任せに引き剥がし、そのまま間に割り込むようにして、夕くんが背中にかばってくれる。

 ……おっと?

 今の夕くん、なんだか……。

「あの、写真を撮るのは虹華さん……本人が嫌がっているようなので、諦めてもらえませんか?」

 声と、私の手を掴んだままの手を震わせながら、夕くんが彼女へ丁重に断りの文句を入れる。もっとも魚の目フェチの方は諦めきれないらしく、ずずいと夕くんに迫る。

「そんな殺生な!」

「あ、あまりマナー違反が過ぎるようだと、運営の人に言いつけます」

「……むむぅ……」

 魚の目フェチが唸りながら、ちらりと周囲を見渡す。どうやら周囲の視線から自分が不利だと感じ取ったらしく、一つため息をついた。

「仕方がありませんね。今日のところはお嬢さんの勇敢さに免じて引くといたしましょう」

 お嬢さんではないけどね。

「ですが、虹華さん、と仰いましたね。わたくしは諦めませんよ! いつの日か必ず、貴女を写真に撮らせていただきますわ!」

「……それは盗撮宣言ですか?」

 珍しく、夕くんがじっとぉー、とした目で魚の目フェチを睨むけど、とんでもない、と彼女は大仰な仕草で否定した。

「盗撮だなんて、犯罪ではないですか! マナーは抜いても法律遵守! それがわたくし、青海椎あおうみしいの生き様ですわ!」

「いやマナーも守れ」

 私の突っ込みも意に介さず、無駄に執事然とした優雅な仕草で私たちに背を向け、魚の目フェチ――こと、アオウミシイが肩ごしに言い放つ。

「いずれまたお会いしましょう! 誰にはばかることもなく、堂々と写真を撮らせていただける日を心待ちにしていますわ! では、失礼」

 そしてあいつは、人垣の中へと消えていった――同時に、人垣が崩れて、それぞれの目的へ向かって散らばっていく。さっきまであった見世物小屋のようなスペースが、あっという間に溶けていく――不意に、くいっ、と握ったままの手を夕くんが引いた。

「に、虹華さん、僕らもいきましょう」

「……ん、そうね」

 でもどっちに行く、と尋ねる前に、夕くんが控えめに手を引いた。私は逆らうことなく歩き出す。

 ……しかし、なんとなく気恥ずかしい。

 はたから見れば女の子同士が手を繋いで歩いているようにしか見えないんだろうけど――こんな大勢の前で、男の子と手を握って歩くなんて、初めての経験だったから。

 ……なんだろうなぁ、これ。

 普段の私なら内心キャーキャー言ってるはずなんだけど。

 今はただただ、気恥ずかしくって、けど、ちょっと嬉しい。

 なんでかな……とぼんやりしつつ、なんとなく理由は分かっていた。

「に、虹華さん、大丈夫ですか?」

 歩きながら、私が押し黙っていることを気にしたのか、夕くんが歩く速度を緩めて尋ねてくる。

「あ、うん、全然平気。あんな絡まれ方したのは初めてだったからちょっとびっくりしたけど」

「すいません、気づくのが遅れちゃって……」

「そんなそんな。むしろありがとう。あれ以上迫られてたらさすがに殴ってたから」

「い、意外とたくましいですね、虹華さんって……」

 夕くんが苦笑しながら頬を掻くのを見て――はたと気づく。

「あれ、夕くん、同人誌は? 買ってないの?」

 頬を掻く手にも、私と繋ぎっぱなしの手にも、本らしきものや、袋が見られないのが気になって、訊ねると。

「あぁ――えっと、虹華さんが絡まれてるのを見かけちゃって。買ってる場合じゃないなって……」

「…………」

 はにかみながらのそんな言葉を受けて。

 不覚にも、私は――

「……ちょっと、男らしかったよ」

「えっ」

「……あっ」

 一拍おいて、どうやら私は思っていたことをそのまま口に出してしまったことに気づく。

「に、虹華さん、今――!」

「あ、あー、あー、夕くん、そろそろ戻らなきゃいけないんじゃない? ほら急ごう!」

 繋いでいられない手を離し、周りの人にぶつからない程度の駆け足で会場内を走り出す。

「あ、ま、待ってくださいよ!」

 ――待てるわけないじゃん。

 自分でもわかるぐらい真っ赤になってる顔見られないように、先に走り出したんだからさぁ。

 せめて耳までは染まってないことと――『キラーハウス』のブースに着くまでに、顔の赤みが引くことを祈るばかりである。

 

 ――結局、顔の赤みこそ引かなかったものの、言い訳は立った。

「ぜー……はー……うぇっふ、げほっ……」

「に、虹華、大丈夫?」

 ――運動不足による体力のなさが功を奏して、現在、私は死ぬほど息を切らしていた。顔は赤いままだが、これは息切れによる疲労からくるものだと言い訳できる。

 代償として、明日の筋肉痛は免れないだろうが。

というか、私は普段どんだけ運動不足なのだろう。決して広くはないこの会場内を走っただけでこの息切れ。もやしと呼ばれるキャラクターだってもうちょっと体力あるだろう。

現に、私の少し後ろを同じ速度でついてきた夕くんは、深呼吸一つでいつも通りに戻っていた。くぅ、変なところで男っぽさを発揮しおって……。

「そんなに急がなくても、多少遅れたってよかったのに」

 決して吐いているわけではないが、私の背中をさすりながら、霧がそんなことを言ってくる。

「……まぁ、色々あってさ。それより、霧」

「なに?」

「これから休憩に行く霧に、ちょっとお願いがあるんだけど」

 霧に耳打ちすると、「ん、わかった」と、気前よく応じてくれた。ありがとうの意味を込めて耳に息を吹きかけてみた。霧の肩が跳ねた。

「ひゃわぁ! ちょっと虹華、なにすんの!」

「急に霧の可愛い声が聴きたくなって」

「あんたねぇ……っ!」

 概ねいつも通りのやり取りを始めた私たちを見て、ヘッドが快活に笑う。

「ははっ、霧でもそんな声出すんだな。珍しい」

「……っ、あぁもう! あたし休憩行ってくる!」

 なんだか、その場から逃げるように霧が立ち去った。珍しいというなら、私にとってはこっちのほうが珍しかった――毎回、私が何かやらかせば、その仕返しを霧は必ずしていくのだけれど。でもこの間の膝枕みたいに後日仕返しみたいなのもあるかもしれないか。放っておこう。

 ただ、それはそれとして……棚から牡丹餅でもないけど、思わぬところで収穫を得られたかな?

 歩いていく霧の背中を見送って間もなく、帰ってきた中峯さんと入れ替わるように、ヘッドとときわさんも休憩に入った。そして面子がきれいに入れ替わったころ――

「あ、あの、虹華さん」

おずおずと夕くんが話しかけてきた。不意に、心臓が勝手に高鳴る。……ええい、鎮まれ心臓。

 極めて平静を装い、師匠モードで夕くんに向き直る。

「どうしたの?」

「そういえば、虹華さんが行きたいって言ってたサークルってどこだったのかなって思って。結局行けなかったじゃないですか」

「あぁ……あそこだよ。『シャイニーリング』」

「え、なんでまた?」

 はす向かいのサークルを指さすと、少なからず意外そうに、夕くんは目を丸くする。

「ウチより売れてるっていう同人誌がどんなものか気になって」

「ヘッドが聞いたら発狂しそうなセリフだな」

 苦笑まじりに、中峯さんが言う。

 ――まぁ、十割嘘じゃないにしても、本当の目的はちょっと違うんだけどね。

 あそこの同人誌を見つつ、『キラーハウス』のブースに残っているヘッドと霧が、どんな様子なのかを知りたかったのだ。

 休憩中に観察するつもりで、色々あって失敗したけど、結果的には面白いものが見られたし、良しとしよう。

 が。

 はす向かいのサークルを眺めて、ぴたり、と思わず動きを止める。

 顔が引きつった――私だけじゃなくて、夕くんも。

「うわー、ヤな奴見つけちゃったなー……」

 ヘッドが敵視してやまない、サークル『シャイニーリング』のブースの中。

 売り子として働いていたのは、執事服を着た魚の目フェチだったからである。

 向こうはさすがに仕事中に突貫してくる気はないらしいが、どうやらこっちのことは知っていたらしい。私たちが見ていることに気づくと、パチンと一つウィンクを飛ばしてきた。それを手ではたき落としながら、私は天井を仰いだ。

「ちょっと再会早すぎない……?」

 余計な縁ができてしまったことに対して、呻くことしか出来ない私である。


 

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