第10話 黒原虹華の初ナンパ
今回のサブタイトルに関してですが、ブログ版と若干違っていたりします。
単純に語呂がこっちのほうがいいなーと思ったからだけで、それ以外に理由はありません。「初」がつくかつかないか、ってだけのお話なんですが、語呂大事。
「すいません、一冊くださーい」
「立ち読みしても大丈夫ですか?」
「あの……あっちの子、名前なんて言うんですか?」
主に私が売り子をしている間に掛けられた主な声である。うちの同人誌は一冊五百円で立ち読みもオーケー、ただしあっちの子(夕くんのことだ)の名前については答えず、「男の子ですけどいいんですか?」と訊き返してみた。大半は驚愕に目を見開いた後ですごすごと立ち去ったけど、一人だけ「……アリだな」とぼそっと呟いていた人がいた。さすがイベント、地方とはいえ中々の猛者もやってきているようだ。ちなみに名前は教えなかった。
ちなみに割合で言えば3:2:5。半数が夕くん目当てとは一体全体何事だ。お前らこんなイベントなんかに来てないで町の中にナンパでもしに行ったらどうだと何度のど元まで出かかったことか。
思わず声を掛けたくなる可愛さは、分からないではないけどね!
「さて、そろそろ落ち着いてきたし休憩回すか……前後半で三人ずつ、けどできれば売り子には二人残っててほしいから、それはそっちで決めてくれるか? こっちは前半が隼太郎、後半に俺が休憩するから。三十分交代な」
一時間ほどが経ったところで、ヘッドがそう言った。ふぅむ、どうしようかな。個人的には霧か夕くんと一緒に行きたいところだけど、どっちか一人か……。……。
「……霧、それにときわさんも。私、夕くんと先に休憩行ってもいいかな?」
「わたしは別にいいよ~」
「あー、虹華があたしよりも小野木くん取ったー。妬いちゃうなー」
妬いちゃうな―とは言いつつも、その表情はにこやかなもの。むしろ「ぐいぐい行くねぇ」とでも言いたげな笑顔だ。
さっきちらっと見た、子供のような表情ではないことが、ほんのちょっぴり悔しかった。
それと同時に、ある種の確信が私の中で固まっていく。
「あ、ごめんね夕くん、勝手に決めちゃって。先に休憩でよかった?」
「僕はどちらでも大丈夫です!」
「決まったみたいだな。んじゃ、先の三人、行ってらっしゃい。黒原もイベントが初めてなら、色々見て回ってくるといいぜ」
ヘッドの声を受けて、中峯さん、私、夕くんは、『キラーハウス』のブースを離れた。
「――はぁ……改めて眺めてみると、意外と数来てるのね」
決して狭くはないイベントホール内がほぼ埋まっていて、そのあちこちで同人誌やグッズの販売が行われていたり、あるいはコスプレの写真撮影が行われていたりしている。
「なんだかんだ言って、この近辺では割と大きめのイベントだしな」
少し前を歩いていた中峯さんが、肩ごしに説明してくれた。
「あ、俺あそこの同人誌買ってくるから、二人は好きに回ってていいぞ。時間内にブースに戻ってきてくれればいいから」
「分かりました」
「はーい」
中峯さんと別れて、夕くんと二人きり。二人きりというには、周辺の喧騒が結構なものだったのだけれど。
「さて……夕くん、どこか行きたいところある? 私が行きたいところはうちのブースの近くだし、夕くんに合わせるわよ」
「あ、そうなんですか? それじゃあ、ちょっと気になるサークルがあるんですけど……」
準備良くパンフレットを持ってきていた夕くんが場所を確認して、動き出す。時折、指を指しながら確認する所作がまぁ可愛らしいこと。
「あ、ありました……じゃあ、ちょっと買ってきますね」
トコトコと小動物みたいな動作でお目当てのブースのところへ向かう様子は、もう完全に女の子だった。
「意外と馴染むのが早いわね……」
まぁ、この手のイベントは初めてではないのだろう。お目当ての同人誌でもあったのか、手に取った本を確認するかのようにパラパラとめくる夕くんの姿を目で追っていると。
「――失礼。少しよろしくて?」
「え?」
背後から声を掛けられて、振り向く。執事っぽいコスプレをしているが、胸元の膨らみから察するに女性のようだ。やや長めの前髪で片目だけを隠しているあたりにこだわりを感じる。
そしてにこにこと笑う彼女の手元にはカメラが。
ふむ、これは写真を撮ってほしいということだろうか? まぁ手持無沙汰ではあるし構わないでしょう――
「写真、撮らせていただいてもよろしいでしょうか?」
「ええ、どう――いやちょっと待った」
「?」
嬉々としてカメラを構え出した彼女を片手で制止する。
「あの、撮ってほしいの間違いではなく?」
「ええ、わたくし、貴女を撮りたいんです」
「え、えぇー……いや、こんな場所でわざわざ私なんか撮らなくたって……他に華のある人なんていくらでもいるじゃないですか」
「いいえ! そんな自分を卑下するようなことおっしゃらないで!」
うぉわっ。いきなり大声を出されたのと、両手を握られたので二重にびっくりした。
「さっき貴女を見た時から、素敵だと思っていましたの」
……あれっ。なにこれ。
まさかとは思うけど、私ナンパされてんの?
……しかし、人生初のナンパ相手が女子かぁ。ナンパ処女を奪った相手が同性だと思うと、何ともやるせない気分になってくるな――
「――その、死んだ魚のような腐った目が!」
――前言撤回。自覚はあるけど他人に言われると妙に腹が立つんだよねぇ、それ。
「ナンパかと思えば喧嘩売りに来たわけ? キャットファイトの申し込みなら今すぐ受けて立ってやるわよ?」
「そ、そんな! ナンパでもなければ喧嘩でもありませんよ! わたくしはただ、世に何も期待していないような、ヘドロのように濁った眼と華やかなメイド服というコントラストを写真に収めたいと思っただけなのです!」
「どう解釈しても喧嘩売りに来たようにしか聞こえないんだけど! 写真もお断り!」
「あぁっ、そんな! 待ってください!」
「はっなしなさいよ、この魚の目フェチがぁ~!」
「魚の目だとまたちょっと色々違ってきますよ!? そこだけは訂正願います!」
こ、こんにゃろう。さっきから腕を掴む手を振りほどこうとしてんのに、意外と力が強い……!
というか、騒ぎを聞きつけてなんだなんだと周りに人が集まり始めている。
ああいやだ、見ないでほしいんですけど。
人の注目を浴びるのは好きじゃないんだって――
「そ、そこまでです」
横合いから伸びてきた手が、私の腕と、魚の目フェチの腕を控えめに掴む。
「本人が嫌がっているのに撮影を強引に迫るのは……ま、マナー違反だと思います」
少しばっかり震えた声で――メイド姿の夕くんが、魚の目フェチにそう言った。
※更新時間変更のお知らせ
次話から、試しに昼12時更新に変更してみます。




