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底辺冒険者の勧誘(誘拐)術

「ついにこの日がやってきた」


 俺は神妙な面持ちで重たい口を開いた。


「『新人冒険者の募集』とかいう響きだけはキラキラしていて、その実底辺職の俺たちにただの格差社会を見せつけるためだけに行われる悪しきイベントが……ついに……」


「ユーヤ、俺の店に汚い負のオーラを持ち込んでくるな。陰気臭くてたまらん。こんな晴れの日にそんな根性曲がったことを言ってるのはお前くらいだぞ」


 厨房に立ち、開店に向けての作業をしているライナーが怪訝そうな視線を俺に向けてくる。 


「何言ってる。この日が晴れの日になる奴らなんて、上級職になれたごく一部の冒険者のみだろう」


「そうだな。だが俺はそのごく一部の冒険者様のためにこうやって店の準備をしているんだ。活躍が約束されている上級冒険者様にご贔屓になってもらえれば、それだけで店に箔がつくしな。だからまっ昼間から店に入り浸るのはやめろ」


「なんだ? 俺みたいな底辺冒険者はお断りってか」


「ああ。(おおむ)ねそんな感じの解釈で間違っていない」


「酒屋の風上(かざかみ)にもおけないな……」


 酒屋っていうのは、底辺冒険者が流した汗と涙を酒で洗い流すためにあるものだろう。……去年の俺みたいに。


「というか、なんでお前は酒も飲まずにずっと座ったままでいるんだよ。今頃、他の冒険者は血眼になって新人の勧誘をしているはずだろ?」


 ライナーが酒樽を奥から運び入れながら、顎でギルドハウスの方を指示する。


 そう。ライナーの言うとおり、今日は新人冒険者が多数生まれる日であると同時に、有望なルーキーを自分のパーティーに引き入れようと冒険者同士で奪い合う日でもある。

 本来ならば、戦闘力皆無の我がパーティは真っ先に新戦力を加えに行かなければならない……のだが。

 俺は大仰に肩を竦ませてライナーに問う。


「ライナー、よく考えてみろ。職業の希少さだけがウリの底辺冒険者コンビのところに、優秀な新人なんて入ってくると思うか?」


「普通に考えれば、なるだけ強いパーティーに入りたいと思うわな」


「そうだ。上級職冒険者は上級職冒険者で固められたパーティーに加入するのが自然な流れ。俺ら底辺が正攻法で勧誘したところで失敗は目に見えている」


 実際、去年新人冒険者ながらにパーティーメンバーを募集した時にはまったく相手にされなかった。運命のいたずらでアホの田舎娘が加わることにはなったが。

 この1年冒険者として生活をしてきて、やはり戦力強化は必須であると克明に感じた。


 俺の話を作業ながらに聞いていたライナーが、ため息混じりに口を開く。


「つまり、今年はもう勧誘することすらせず諦めた、と」


「バカ言え。あのアホとのコンビはもう懲り懲りなんだ。今年こそは必ずパーティーメンバーを増やしてみせる」


「ならダメ元でも勧誘しに行かなきゃダメだろ」


「フッ。実は今こうして椅子に座り待っているのも勧誘の一環でな」


「は? どういうことだ?」


 俺の返答に、ライナーの声音が疑惑ののったものになる。


「もうそろそろ俺たちの目の前に、"気が弱そうでアワアワした感じの上級職新人冒険者"が現れるはずだ」


「なに!? それってどういう――」


 ライナーが驚きの声をあげると同時に、店の天井から眩い光が降り注ぐ。

 そして一際大きな閃光を放った直後、それは現れた。



「あわわわわ〜〜ッ!!?」



 テーブルを挟んだ俺と真向かいの席――その真上の何もない空間から悲鳴と共に一人の少女が突如舞い降りる。

 長めのスカートから純白のパンツを覗かせて。


「あいたッッ!?」


 天井から降ってきた少女は、椅子に引き寄せられるように尻から着地した。

 ドスッと鈍い音がした後、お尻を両手で抱えたまま動かなくなる。


「い、いったいなんだってんだ!?」


 突然の事態に慌てふためくライナーを無視して、俺は歓喜の声をあげる。


「勧誘成功だ!」


「『勧誘成功だ!』じゃねえ! いったい俺の店で何してやがる!?」


 厨房から乗り上げるようにしてライナーが少女のもとへ駆け寄る。


「おい大丈夫か、嬢ちゃん!?」

 

 机に突っ伏したままの少女からはその表情が読み取れない。というか、死んだように動かない。


「なんかこの子……全然動かないんだが……」


「むっ。それはまずいな」


「と、とりあえず起こすぞ」


 ライナーが少女を起こそうと肩に手をかける。


「万が一死んでいたら俺は逃げる」


「お前ほんと最低だな!?」


 実際俺は何もしていないしな。

 エルが実行犯、ライナーの店が殺人現場。

 俺は全くの無関係だ。



「あ、大丈夫です、死んでませんよ……。 少々気分は悪いですが……」

 


 俺とライナーが睨み合っていると、少女がか細い声でゆっくりと起き上がってきた。どうやら死んではいなかったらしい。そもそも尻を打ち付けて死ぬくらいなら、俺もとっくの昔に死んでいる。


「良かった良かった、お嬢……ちゃ、ん……?」


「ッ!?」


 俺とライナーは少女の顔を見た途端、思わず息を吞む。


 露になった彼女の顔はそれはそれは美しかった。

 それは例えるなら白く小さな花のよう。大きめのフードから覗かせる透き通るように白い肌は花弁を思わせ、淡く輝く翠緑の瞳は見る者を落ち着かせる。


 ただ、俺とライナーが言葉を失ったのは、何も彼女に惚れてしまったからではない。


 優しい微笑みを携えた彼女の口元。

 その白い素肌を真っ赤に上塗りするように、どろどろとした血が溢れ出ていたからだ。


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