底辺冒険者vs闇ギルド②
洞窟のようなゴーレムの腹の中。
闘技場ほどもある広間を照らす魔石の光は隅まで行き通ることはなく、光の届かない土の地面は体に染みるほどの冷たさを感じさせる。
「さあ、最期に言い遺すことはあるか?」
シャルローゼがその小さな体に威厳を持たせ語りかける。
その声に子供のような無邪気さは一切見られない。
闇ギルドの目的は冒険者の抹殺だった。そのために、冒険者を生み出す装置――格差を生み出す元凶である神魔水晶を破壊する。もしそうなれば、水晶による力の維持ができなくなり、いずれ冒険者は一人もいなくなってしまうだろう。
なら、俺が取るべき行動は決まっている。
俺は幼女の前で膝を折りながら、神妙な面持ちで、静かに口を開いた。
「俺、冒険者やめるので、闇ギルドに入れさせてくれませんか?」
不意に訪れる沈黙。
ひんやりとした空間に俺の声が反響し終えると、なお一層周囲の温度が低くなった気がした。
「ちょ、ちょちょちょちょっとぉーッ!? 何言っちゃってるのユーヤ!?」
その沈黙を破ったのはエルだった。口の動きと言葉が噛み合っていないくらいの驚きの声を上げる。予想はしていたがやはりうるさい。
「なんだ? 何かおかしいところがあるか、エル……いや、憐れな冒険者よ」
「もう寝返る気マンマン!?」
「ユ、ユーヤさん! どうしてそんなこと言うんですか!?」
アリシアが二重の意味で血の気の引いた顔で訴えかけてくる。
まあ、アリシアには俺のこの気持ちが伝わらないのはわかっていた。この際だから教えてやるか。
「よく聞けアリシア。この世には2種類の冒険者がいる。それはな……」
大きく息を吸う。
「上級冒険者と底辺冒険者だッ!!」
空間がたわむほどの叫びが虚しくこだまする。
「俺はその格差に今まで苦しめられてきた……。どうしてあいつが上級職で俺が役立たずの底辺職業なんだ!? 俺なにも悪いこたしてないんだぞ、おかしいだろ!? せめて普通の職業にでもなれてたら、こんなさもしい生活なんてせずにすんだのに! いいよなぁアリシアはマジックキャスターとかいうカッコいい職業でさ! 俺だって魔法バンバン使いてぇよ! そんでもって優雅な冒険者ライフを満喫してぇよ! ぬわぁもう、こんな格差社会いやだはぁああぁぁぁん!!」
心からの慟哭。後半は涙をこらえるのでいっぱいだった。
しかし、今の俺には希望がある。
「その格差をこの金ぱ――じゃなかった、シャルローゼ様が無くしてくださるって言ってるんだぞ!? 乗らない手はないだろーが!」
「えぇ!? そんな、ユーヤさ――ゴフッ」
ショックのあまり吐血するアリシア。上級職のお前には俺の気持ちはわかるまい。
俺はアリシアたちには構わず、シャルローゼに深々と頭を垂れる。
「ほんとこれまでご迷惑おかけして申し訳ございませんでした、ボス。ですが闇ギルドの一員となった今、この私、粉骨砕身の思いで頑張っていく所存なのでどうかよろしくお願いしますッ!」
「いや、一言も入れるなんて言ってないんだが……」
俺の熱意にうろたえた様子のシャルローゼ。
もうひと押しだ!
「まあまあそう言わずに! それに、私はきっとボスのお役に立つと思いますよ?」
含みのある俺の言葉に、シャルローゼの眉がピクリと動く。
「ほう? 一応聞いてやろう」
「ボスはお菓子好きですか?」
「え、お菓子!? 大好――はっ!? いや、まあ少し食べるくらいだなッ……! す、好きか嫌いかで言えば好き、というくらい、だな」
お菓子という単語が出ただけでこの反応。お菓子好きにも程がある。
「それは良かった! 実は私もボス同じく珍しい職業でして。というのも、お菓子にまつわる能力を持っているのです」
「お菓子にまつわる、能力だとぉっ!?」
雷鳴に打たれたような驚愕の表情。
ギリギリのところで威厳を保っていたメッキも剥がれ落ち、シャルローゼは年相応の子供みたく目を輝かせる。
「そ、それってどんな……!?」
「そうですね。一言で言えば、土からお菓子を作ることができる能力とでも言っておきましょうか」
「土からお菓子!!」
「はい。土からお菓子」
ここで、俺とシャルローゼのやり取りを聞いていたエルが、
「え、ユーヤの能力ってそんなんじゃ――」
と要らんことを言おうとしたので、俺は素早くエルの懐まで転がりこんで、みぞおち目がけて体当たりする。
「こぺっ」
無防備な腹部に一発をかまされた反動で、エルはたまらずその場に突っ伏した。これで当分は静かにしていられるだろう。
「つ、土からお菓子って、ほ、ほほ、ホントか!?」
シャルローゼはそんなエルには見向きもせず、俺へと詰め寄る。もはやその頭にはお菓子のことしか。
「ええ、そうですよ。何を隠そう先程ボスに献上させていただいたお菓子の袋、アレの中に入っていたお菓子は全て、私の能力で作ったものなんですよ」
「マジで!?」
とここで今度はランが、
「え、あのお菓子はラストリアの中心街にある老舗洋菓子屋の――」
などと余計な情報を言いかけたので、俺はランの元まで前転、その口を塞ぐため、縛られた足で顔面にハイキックをかました。
「ン〜ッ!? ン〜ッ!?」
激痛にのたうち回るラン。よし、これで邪魔者はいなくなったな。俺はシャルローゼへと向き直る。
「ボス。良ければ今から私の能力をご覧にいれましょう」
「やったー!」
俺は内心でほくそ笑む。
馬鹿め。
今からお前に食わせるのはお菓子じゃなく、特上の泥だんごだ。




