底辺冒険者は闇ギルドに売られる⑨
「ど、どどどどうするますッ!?」
慌てふためくエマ。すがるような視線をこちらに向けてくる。
「いや、どうするって言われても……」
身動きも取れない、スキルも使えないって状況じゃどうにもならない。当初の予定では、戦闘になる前にスキルを使ってどうにかして逃げてやろうと思っていたのに、今となってはどうしようもない。
芋虫を取り囲むゴーレムたちの輪が着々とその大きさを狭めていく。ウサギの時と言い、俺たちはは何かと敵に囲まれる運命にあるらしい。だが、今回ばかりはサンドバックどころではすまなそうだ。
戦闘になった際の頼みの綱、上級魔法で一発逆転が狙えるアリシアは落下の衝撃から未だ目覚める気配がない。最近では吐血する間もなく気絶しているし、これではもう病弱キャラというより意識不明キャラの方がしっくりくる。意識不明キャラってなんだ。
「フハハハハハ!! せいぜい私を楽しませるんだなぁ!! ないぞう? はらわた……? なんかよくわからないけど色々ぶちまけろっ!!」
中ゴーレムに乗るシャルローゼから幼女らしからぬ物騒な台詞が飛んでくる。
あれも『悪役の言いそうなセリフ集』から引っ張ってきたのだろうか。微妙にマスターしきれてないけど。
「これは冒険者生活始まって以来の大ピンチだな……」
敵はゴーレムと黒マントの大群。こちらの戦力は0。(戦死者1)
いったいどうすれば……。
「ユーヤ! ユーヤ!!」
芋虫ころころ。ランが縛られた体を器用に体を転がして俺と向かい合う。
こんな危機的状況にあっても、ランは顔色一つ変えず、それどころかこの逆境を楽しんですらいるような表情を見せる。豪胆さもここまでくると恐ろしいな。
「なんだよラン。俺はいまお前にかまっている余裕なんてないんだが」
「ユーヤ。今、大ピンチと言いましたね?」
「え、ああそうだけど。それがどうした」
「この大ピンチ乗り越えたいですよね!?」
「はあ、まあできることなら」
いまいち要領を得ないランの質問に辟易しながらも答える。そんな俺に対し、ランは「ですよね、ですよねっ!!」と勝手に得心づいたように首を上下に振って頷く。こんなしょうもないやり取りをしてる間にも、ゴーレムたちがじりじりとにじり寄っているんだが。
しかし、そんなことはお構いなしにランは話し続ける。
「わ、私はですねっ! このように敵に囲まれた場面で役に立つのは、やはり武闘派冒険者だと思っているのですよ、ええ!」
すると、急に芝居がかった口調になり始めた。
「いや~、実はですね、この大ピンチから仲間を救うことができる頼もしい人物に心当たりがあるのですが、いかがでしょうユーヤ!?」
なにが、いかがでしょう、だ。白々しいにもほどがあるぞ。
チームの危機に瀕したこの状況がランのチームワーク至上主義に火をつけたのか、見え透いた売り込み営業を持ちかけてくる。
何かこの状況を打開する良い策でもあるのだろうか。
「いや、いかがでしょうと言われても……」
どうもこいつに任せるのは気が引ける。どうせこいつのことだ、またはちゃめちゃに大暴れして、俺たちがとばっちりを食らうに違いない。もうすでに何回か殺されかけてるし。
隣で転がるエマも、ランの発する不穏な空気を感じ取ったのか、俺に耳打ちしてくる。
「(ユーヤ! ランちゃんはああ言ってるけど、ぜったいやめたほうがいいって! またこの前みたいにボコボコにされちゃうよ!!)」
「(奇遇だな。俺もそう思う。けど、どのみちこのままじゃゴーレムにボコボコにされるしな……)」
ゴーレムの見るからに堅そうな拳に叩きのめされるか。
それとも、ランの破天荒な攻撃を食らい続けるか。
「(なあエマ。ゴーレムかラン、ボコボコにされるとしたらどっちの方が痛くないと思う?)」
「(………………)」
「(わかった。お前の意見は十分伝わった)」
どちらも度し難いということで決着がつく。俺が質問した時のエマの表情が「え、それ、答える意味あるの?」とでも言いたげに絶望で歪んでいたのが印象的だった。
「さぁユーヤ! どうするのですかユーヤ!」
躊躇する俺に、ランが鼻の先まで顔を近づけて催促してくる。狂喜に目を輝かせて。もうなんかゴーレムの恐怖がかすんできた。
「お、俺は……」
天井の光が暗闇に覆われる。
距離を詰め終えたゴーレムがその太い腕を打ち下ろすべく、両手をハンマーのように組んで持ち上げたのだ。もう一時の猶予もない。
「ユーヤぁ~!! わたしたちじんじゃうぅぅぅ!!」
泣きじゃくるエマ。よっぽど怖いのか、未だ気絶しっぱなしのアリシアを自分のもとに手繰り寄せている。
もうどうにでもなれ!
「ぐわぁ~ッ!! やっぱりゴーレムに殺されるくらいなら、ランに一思いに殺されたほうがいい! お願いしますッ、ランさん!!」
「殺されるとかちょっと聞き捨てならない言葉が聞こえたような気がしますが、いいでしょう!」
ランが力強く頷く。
「チーム愛に溢れたこの私が、ユーヤたちを助けてしんぜましょう!」
言うと同時に、周囲のゴーレムたちが一斉に両手を振り下ろす。
あぁ! もう終わりだ!!
思わず目をつぶる。刹那、頭上から襲う凄まじい風圧を感じたのを最後に。
地面が砕ける音を捉える間もなく、俺たちの姿は砂塵にかき消された。




