底辺冒険者と高飛車サモナー⑪
日が沈み、城壁の中に赤黒い光が差し込む。
俺は、ドラゴンの餌食となり放心状態となった黒マスクのお姉さんを役員に預けた。
「おぉ~! またあなたですか! 先日の市場での件と言い、またも闇ギルドのメンバーを倒すなんて、ご苦労様です!」
アホ毛をぴょこんと跳ねさせて敬礼する役員。
「ご苦労様です、じゃない。闇ギルドのメンバーを捕まえたのはこれで3人目だぞ? もうそろそろギルドの方から俺に褒美があってもいいんじゃないのか?」
日長一日呆けている貴族どもより価値のあることをしているのは明らか。
俺にも豪邸の1つや2つ、与えるべきだ。
「底辺冒険者に褒美なんてあるわけないだろ。だいたい、その闇ギルドのやつを捉えられたのはボクとヘンリックのおかげなんだぞ。勘違いするなよ、この底辺」
そんな幻想を打ち破るように、パトから容赦ない横槍が飛んできた。
「うるせぇ! この巨乳コンプレックス娘!」
「あぁ~ッ!? とうとう言ったな!? ボ、ボクが一番気にしていることを!!」
「当ったり前だろ! こちとらお前とあのへ、へ……変態ドラゴンのせいでまともに戦えなかったんだぞ!」
「ヘンリックだ!!」
「あ、あの~……」
俺とパトの言い争いに、アホ毛が割って入る。
「「なんだッ(なにッ)!?」」
「仲良く話してるところ申し訳ないのですが~……」
「「仲良くなんてない!!」」
「ひっ!?」
ビクリと震えるアホ毛に、パトは深いため息をついた。
「はぁ。もういいや。今日は疲れたからボクはもう帰る。あとは下々のやつらでやっといて」
「いちいち癇に障る言い方しやがって……。けっ、帰れ帰れ! お前と一緒に冒険するなんてもう一生ごめんだ!」
俺が手で払うような仕草をすると、
「そ、それはこっちのセリフだ! も、もし、今度助けてくれって言っても絶対、ぜぇ~ったい! 助けてやんないからな!!」
パトはピンクが身を振り乱しながら地団駄を踏み、のしのしと腹を立てて帰っていった。
「では、私も~そろそろギルドハウスに戻ってもよろしいでしょうか~……?」
パトの後ろ姿を見届けていたアホ毛が、そわそわと両手を体の前ですり合わせる。
「ああ、別に問題ないが……なんか用事でもあるのか?」
いつも忙しないアホ毛だが、今日は特に顕著だ。
急ぎの用事でもあるのだろうか。
「ああ、いや、その、ちょ~っとこのあと会議がありましてね~」
「会議か。なら丁度良い。その黒マスクのお姉さんを引き渡すついでに、俺の手柄だと報告しといてくれ」
「はい、もちろんです! あなたのことは幹部の方にしっかり! 報告させていただきますね」
アホ毛がぴょこんと再び敬礼する。
しかし、なんだろう……。
ビシッと頭に手をやったアホ毛の顔には、どこか背筋が凍るような違和感があった。
一瞬、不自然に口角が歪んだような気が……?
「それでは~! ご協力ありがとうございました~!!」
アホ毛はそんな俺のことなど気にせずニカッと笑ったと思いきや、この前と同じように人間離れした馬鹿力で黒マスクを担ぎ上げ、目にもとまらぬ速さでギルドハウスへと駆けて行ってしまった。
「まったく、相変わらず騒がしいやつだったな」
俺はアホ毛の背中を見送る。
それにしても、今の寒気は一体――
「あの~、ユーヤさん?」
俺が首を傾げていると、アリシアがくいくいっと袖を引っ張ってきた。
「ん? なんだ? アリシア」
「えぇ~っと……その、背中、冷たくないんですか?」
「は? 背中?」
俺は首だけを回して背中を見る。
「うぅ……ぐすっ……今日は散々な目にあったよぉ~……ぶえぇ~!!」
見ると、スライムの粘液とドラゴンの唾液でべっとりと体を濡らしたエルが張り付いていた。
エルの身体を伝って、俺の背中にもそのヌルヌルの液体が染み込み、ぐっしょりと濡れていた。
「なっ!? おいこらエル! 離れろっ!」
さっき感じた寒気はこのアホが原因かっ!
俺はエルの頭を押さえつけるが、一向に離れようとしない。
というか、手にも粘液が絡みついてるッ!?
「ユーヤも一緒にベトベトになろうよぉ~」
「やめろぉ~!!」
エルと同じくらいにベトベトになるころには、さっきまで俺の中にあった違和感は、きれいさっぱり消えてしまっていた。




