底辺冒険者と高飛車サモナー⑩
「挨拶には組織の理念を用いる……闇ギルドの一員ならそんなこと常識だよね~?」
先ほどまでのゆるりとした雰囲気が嘘のように、声に凄みを効かせる黒マスク。
俺が闇ギルドの幹部でないことは一瞬にしてバレてしまった。
組織の挨拶と言ったら『お疲れ様』以外にないと思ったのだが……。
まさか組織の理念をわざわざ挨拶に用いるとは、闇ギルドとやらの規律は相当厳しいようだ。
「組織の秘密を知ったからには、生きて返せないや~。まあ冒険者だったら元々殺そうと思ってたんだけどね~」
「なっ!? そ、そもそも組織の秘密を勝手にしゃべったのはお姉さんで――」
――シュカッ
「ひっ!?」
有無を言わさずナイフが飛ぶ。
地べたに座り込んだ俺に対し、黒マスクは完全にマウントを取っていた。
くっ……勝手に俺を幹部と勘違いして勝手に闇ギルドの会議場所をしゃべったのはそっちなのに……こんな理不尽なことが許されるはずがない!
目の前に立つ黒マスクに、ゆっくりと影が差す。
黒い衣服がより一層その暗さを増すが、眼だけは殺意のこもった鋭い光を放っていた。
俺と黒マスクの力の差は歴然だ。
だが、もう少し……あと少し粘れば、勝機はある。
「と、取引をしよう!」
俺は後ずさり、黒マスクと距離をとる。
「取引~? ねえ坊や、知ってる? 取引っていうのは~対等な関係にのみ成り立つんだよ~?」
そう言って黒マスクは、遠ざかろうとする俺を目で射竦める。
下手に動いたら両手に構えたナイフで串刺しだ。
「ああ、そうだ。それを承知で取引をしようと言っている」
俺は唇が震えるのを抑えて、言葉を続ける。
「今お姉さんが俺を見逃してくれるなら、俺はお姉さんが逃げるのを全力で援護する」
俺の出した取引内容を突飛に感じたのか、黒マスクは「はい~?」と首を傾げる。
「誰が、誰から、逃げるって~? もしかして、お姉さんのことおちょくってるのか――なぁ!!」
足元の草むらに3本のナイフが同時に突き刺さる。
黒い大きな影が、俺の足元にまで伸びていく。
「取引不成立ってことでいいんだな?」
「当たり前でしょ~? 私が有利な状況なのに~そんな訳の分かんない取引に応じるわけないじゃん?」
すっぽりと影に覆われた黒マスクは、手の平を上に掲げて余裕の仕草を見せる。
緩い胸元もそれに応じてゆさゆさと揺れる。
「そうか……非常に残念だ。お姉さんの魅力が裏目に出てしまうとは……」
「……?」
「あぁ、こうしてまた1つ、男の楽園が失われていくのか……」
「はぁ~? ちょっとさっきから何言って――」
そう言い終わる前に、黒マスクのはだけた上半身はすっぽりと影に――いや、変態ドラゴンの口の中に覆われた。
その背後では、目を血走らせた1人の少女が、
「ハハハハハッ! この草原に……巨乳の人権は――無いッ!! 無駄な脂肪を狩りつくせ、ヘンリック!!」
自身の欲望のままに金切り声で叫ぶ。
巨乳の存在を感知したのであろう。変態ドラゴンはゆっくりと、そして鼻息荒く黒マスクの後ろまで近づいていたのだ。
俺が少しの悪あがきを見せたのは、あの変態に黒マスクの相手をさせるためだったのだ。
「んッ~!!? ン~~~ッッッ!!!!」
変態ドラゴンに咥えられた黒マスクのお姉さんは、残った両足をドタバタとさせてもがいていだが、
「グルフフフフフ♡」
変態ドラゴンが口元をモグモグと動かしながら悦に浸った表情になる頃には、ぐったりとして動かなくなってしまった。
こうして、心に消えない傷を負ったエルとアリシアを除き、無傷でクエストを達成したのだった。




