底辺冒険者と高飛車サモナー④
エルがやられた。
一瞬の出来事だった。
パトが従えたドラゴンは真っ先に俺たちの方へ突進すると、その大きな口でエルにかぶりついたのだ。
「グオォォォ!!」
エルを襲って満足したと思いきや、尚も俺たちを追い続けるドラゴン。
よだれが滴る口からはエルの足だけがだらりとはみ出している。
「パトォ!? テメェいい加減にしろよ!? いったい何の真似だ!!?」
背後から響く地響きのような足音に怯えつつも、俺は全力ダッシュで後ろを振り向く。
パトはドラゴンの背中に乗り、余裕の表情で俺たちを見下ろしていた。
「しょうがないだろ。ヘンリックは満足しない限り動こうとしないんだ。だいたい、ヘンリックの力を使わないとクエストが達成できないんだから、ボクの言う通りおとなしくヘンリックの餌になれって」
「それで死んだらクエスト達成しても意味ねえだろうが! エルだけならいざ知らず……エルだけならいざ知らず!!」
エルが食われたところで戦力的にはノーダメージなので別にどうでもいい。むしろ生贄が必要だとわかった時点でエルを差し出す予定だった。
だが、そのエルが食われてしまった今、これ以上の犠牲者を出せばパーティーの存続が危ぶまれるぞ!?
「ああ、それなら問題ない。今食われてるこのウシ女は死んではいないぞ」
パトがつまんなそうにエルの足を見る。
「は? でも今まさに食われてる最中……」
「高貴なドラゴンであるヘンリックがこんな安い餌を食べるわけないだろ。ヘンリックには毎日、超高級ファティービーフを食べさせているんだからな」
「なにッ!? あの高級食材を毎日だと……ってそうじゃなかった。……それが食べられているんじゃないとしたらエルはいったい何されているんだ!?」
俺が現在進行形でドラゴンの口からぶら下がっているエルの足を指さすと、パトは、
「このウシ女をよく見てみろ」
と、バカにしたような口調でそう言った。
俺はその物言いにイラつきながらも、逃げ足は緩めずにドラゴンの口元を観察する。
「よく見ろって言われても……」
ドラゴンは悦に浸ったような表情でエルの上半身を咥えている。
どっからどう見ても食事中だ。
「やっぱり食べられてるようにしか――」
「いや、待ってくださいユーヤ! エルの足をよく見てください!」
俺の隣を走るランが声をあげる。
なに? 足……?
再びエルの足をよく見る。すると、
「ん? なんだあれ?」
どこか様子がおかしいことに気づく。
エルの足が妙な動きをしているのだ。
だらりと垂れ下ったり……はたまたつま先までピンッと伸び上がったり……何やら、ドラゴンが口元を動かすたびにビクッと反応を示している。
もしや、エルはまだ生きているのか?
そういえば、さっきからあのドラゴンが、エルの上半身を咥えたまま一向に食べ進めないのもどこかおかしい。
「いったい何をしているんだ、そのヘン……なんとかは!」
「ヘンリック=タイラント2世だ!!」
パトがドラゴンの背中の上で地団駄を踏む。
「フン、まあいい。腹が空いているとは言ったが、ヘンリックはさっきも言った通り空腹なわけではない」
「?」
腹が空いているが空腹ではない?
意味が分からない。
「ヘンリックは……」
パトが言葉を溜め、言い放つ。
「――肉付きのいい人間を口に咥えて遊ぶのが大好きなんだ!!」
「「「は?」」」
一同唖然。
あの温厚なアリシアでさえも、息を切らすのを忘れて俺と同じ顔をする。
「てことは、いまエルは……」
「ヘンリックの遊び相手になっているだけだ……一方的にな」
パトがニヤリと笑う。
「どうにもヘンリックは遊び相手を選ぶようでな。なぜかわからないが、ウシ女ばかりを狙う傾向があるんだ。きっと、だらしないウシ女を成敗しているんだろう。どうだ? このボクと相性抜群だろ?」
楽し気ににそう語るパト。
パトには悪いが、あのドラゴンがウシ女ばかりを狙う理由……もっと別の何かがありそうなのは気のせいだろうか……。




