底辺冒険者と高飛車サモナー③
草原にひとり佇むパト。
小さな手には、そのピンク色の派手な容姿に似つかわしくない一冊の古文書が握られている。
「いいか。ボクのサモナーとしての力をよーく見ておけ!!」
パトは俺たちの方を振り向いてそう言うと、フンッと鼻を鳴らし再び前を向く。
視線の先には、色とりどりに草原を這う魔石スライムの群れ。
敵の数を視認したパトは、手元の本をバサッと広げゆっくりと口を開いた。
「異界へと繋がりし門よ!!」
すると、パトの呼び声に呼応するように、彼女の足元から幾何学模様の魔法陣が浮き上がった。
「うわぁ! なんか出てきたッ!?」
俺の隣で驚くエル。
その拍子に粘液が飛び散る。
スライムの攻撃(?)を受けたエルの全身は、今もなお近寄りがたい粘り気を放っていた。
「なんだ? お前、サモナーを見るのは初めてか?」
俺は服についた粘液を払いながらエルに聞く。
「え、うん! サモナーっていうのが冒険者の職業だってことは知ってるけど、実際に見るのは初めて」
「私も冒険者になったばかりなので初めてです……。あの本や魔法陣を見るからに、サモナーっていうのは私と同じ魔法職なのでしょうか……?」
エルの横からピョコっと顔を出し、アリシアが尋ねる。
「いや、サモナーは確かにああやって魔法のようなものを行使するが、魔法職というわけではないぞ。それから、あれは魔法職というよりは召喚陣といったほうが正しいな」
パトが片手に抱えている本からは、召喚陣と同じ青白い光が漏れ出ている。
「召喚……ですか?」
「そう。召喚だ。これからその召喚の儀式が始まるから、見ていればサモナーがどんな職業かわかるさ」
召喚陣を呼び出したパトが、円の中へと足を踏み入れる。
そして片膝をつくと、ピンク色のポシェットから何やら動物の牙のような物を取り出し、その円の中心にそっと置いた。
「従僕なる眷属よ。我が命に応じ、その姿を現せ! 《召喚》――!!」
召喚陣がパトの声に反応して強く発光し始めた。
その幾何学模様に沿って、中心に置かれた牙へと青白い光が集中していく。
そして――
ピカッ!!
まばゆい閃光に目が眩む。
再び目を開けると、昼間なのにも関わらず太陽の光は消え、目の前を暗闇が覆って――いや、これは!
「デ、デカ~~~ッ!!?」
エルが先ほどとは比にならないくらいの大声を上げる。
太陽を背にする見上げるほどに巨大なシルエット。
分厚い爪に堅殻な黒い鱗を持つそれは、帆のように広げた大きな両翼によって、すっぽりと俺たちを影で覆っていた。
「ユ、ユーヤさん! な、ななななんですか、これ!? き、牙が一瞬でモ、モンスターにッ!?」
急な巨大生物の出現に腰をぬかしたアリシアは、その場でヘナッと尻もちをついてしまった。
「そりゃ急にこんなのが出てきたら驚くよな」
俺はへたり込むエルとアリシアを見て言う。
ちなみに俺も最初に見たときは、ちび――まちがえた、びびったものだ。
「ああそれと、このデカブツはモンスターじゃないぞ。こいつは遥か昔にこの地に生息していた列記とした動物だ」
「おいそこの底辺! デカブツとはなんだ、デカブツとは! こいつにはヘンリック=タイラント2世という立派な名前があるんだぞ!」
「なげぇ!?」
この世界には、大きく分けて動物とモンスターの2種が存在する。
たしか動物が何らかの理由で変異したものがモンスターなのだそうだ。
少価値が高く戦闘力に長けた動物を召喚獣として使役する職業――それがサモナーである。
「おぉ! 長い首に大きな翼……これはもしや伝説の古龍種では!?」
怯えた様子の二人とは違い、冷静な面持ちで影を見上げるラン。
さすが武闘家といったところか。少しもたじろぐ様子は無い。
武器が頭に突き刺さったままでなければ感心しているところだ。
「フフフ、そこのウシ女はさっきのウシ女よりは学があるようだな。そう、こいつはルーゼンベルグ家が誇る最強のしもべにして伝説の古龍種、ドラゴンの生き残りなのだ!」
「グオォォォッッッ!!!!」
パトが自慢げにピンクのローブを翻すと同時に、目の前にそびえ立つ龍が地響きのような咆哮を轟かせた。
「「ひぃぃぃ~~~!!!」」
轟音でざわめく草原の中、エルとアリシアは互いに抱き合って同じように震える。
今にも泣きだしそうだ。
怯える二人の様子を自分に対する畏れと取ったのか、パトが機嫌よく鼻を鳴らす。
「フフン。驚くのはまだ早いぞ。いけ、ヘンリック! あのスライムどもを一掃しろ!」
パトが上機嫌のままスライムの群を指さす。
「……」
が、肝心のヘンリック=タイ……なんちゃら2世はその場から1歩も動こうとしない。
「ど、どうした? ヘンリック?」
「グゥ……」
ヘンリ……なんとかは、長い首をたたんでパトに顔を近づけると、何やら唸り声のような音で話しかけるようなそぶりを見せた。
パトもヘン……ド、ドラゴンの異変に気付いて心配そうに顔を寄せる。
「グォ、グゥ……」
「そうかそうか、なるほどなるほど……」
ドラゴンの言葉がわかるのだろうか。
パトは相手の唸り声に対し、しっかりと相槌を打っている。
「よし、そういうことなら仕方ない」
しばらくして、パンと小さく手を叩くパト。
「おい、ご自慢の眷属が動かないみたいだが? もしかしてそのデカい図体は見掛け倒しか?」
俺は語気に多少の苛立ちを込めてパトを責める。
あれだけ偉そうな態度を取っておいて、やっぱり何もできませんでした、なんて許せるはずがない。
パトは、俺のバカにしたような態度に一瞬眉を引きつらせるが、すぐに思いとどまると、
「……ユーヤ。ヘンリックは今、腹がとてつもなく空いているらしい」
草原が花畑に変化したと思わんばかりの笑顔を俺に向けてきた。
体の後ろで腕を組み、満面の笑みを携える美少女。
普通なら心ときめいてもいい状況だ。
しかし、あの高飛車なパトが見せるわけがない可愛らしい仕草、そして、彼女のうしろに控える大きな影の存在が俺の心の高鳴りを全力で邪魔する。
「そ、そうか。召喚獣でも腹はすくもんな。それで……そいつは一体何を食べるんでしょうか?」
恐る恐るパトに尋ねる。
どこからか急に湧いてきた謎の恐怖に、自然と敬語になる始末。
額からは嫌な汗がにじみ出る。
「ヘンリックの大好物は――」
パトは笑顔を崩さずに続ける。
「肉」
にく……?
「――づきの良い人間だ」
こうして、伝説のドラゴンと底辺冒険者パーティーによる、食うか食われるか……いや、一方的に食われるかどうかの戦いが幕を開けた……。




