底辺冒険者と高飛車サモナー①
「なあユーヤ、ちょっといいか?」
――『アハハハッ! く、くすぐったい、くすぐったいぃぃぃ!』
「あ? トイレか? トイレならその辺の草むらで――」
「違うわッ! 高貴なボクがこんなところで用を足すわけないだろッ!」
――『ハァハァ……。待ってください……待って……うぷっ』
「じゃあいったいなんなんだよ」
「ボクが言いたいのは」
――『全然当たりません! い、いつもは当たるのに、今日だけは全ッッッ然当たりません!』
「言いたいのは?」
パトがため息混じりに口を開く。
「あの3人……いったいさっきから何やってるんだ?」
「は?」
俺は首を傾げる。
質問の意味がいまいち理解できない。
「何って、見ればわかるだろ」
「わからないから聞いてるんだけど……」
お気に召す回答では無かったのか、困惑の表情を浮かべる。
俺にとっては日常であるこの光景も、パトの目には奇異に映っているらしい。
これも庶民と貴族の感覚の違いなのだろうか。
「あれは、そうだな……。分かりやすく言えば……苦戦しているってところだ」
「ハァ? 苦戦? 遊んでいるの間違いじゃなくて?」
「これだから底辺冒険者は」と、肩をすかすパト。
こいつ……! 調子に乗りやがって!
「いい加減にしろよ? 冒険ってのはな、生きるか死ぬかの戦場なんだよ。頭の中までピンク色お花畑のお前と違ってみんな大変な思いをして……」
「じゃああのウシ女はさっきから何している?」
パトはウシ女――エルを指さし、俺に説明を求める。
「あ? エルのことか? あいつは……」
俺は向こうの草むらでゴロゴロのたうち回っているエルに目を向ける。
『あひゃひゃひゃ!! ヒィヒィ……もうダメ……』
笑い過ぎて声が出なくなっているエルの全身には、ヌルヌルとした奇妙な物体がいくつもまとわりついている。
これはどう見ても……
「いつも通り苦戦しているだけじゃないか」
「どこがッ!?」
納得しきれないのか、パトが髪を逆立ててツッコミを入れる。
やはり貴族と平民の価値基準の差を埋めるのは難しいようだ。
臨時メンバーとしてパトを加えた俺たちは、ラストリアから西へ少し向かった先の平原に到着していた。
今日受けたクエストの内容は『魔石採取』。
以前アリシアが買ってきた魔石術式の本がこのままだと宝の持ち腐れになると感じた俺は、追加報酬として魔石が手に入るクエストを見つけてきたのだった。
色々あって余計なやつも追加されてしまったが、そこは良しとしよう。
その余計なやつのおかげでクエスト契約金をチャラにできたからな。
それよりも今は、パーティーメンバーがいつものように窮地へと追い込まれているこの状況をどう切り抜けるかが先決だ。
「ユーヤ」
パトが俺を呼ぶ。
「よくわからないけど……あいつ、助けなくていいのか?」
そう言ってエルを遠目で見つめるパト。
心配というよりは憐みの方が勝っているような感じの目をしている。
『えへへ、えへへへへ……』
見れば、半ば放心状態でヌルヌルの物体に成すがままにされているエル。
先ほどまでの抵抗が嘘のように、口に薄ら笑いを浮かべたまま呆けた表情で空を見上げているだけだ。
ピクピクと痙攣するエルの身体をヌルヌルの物体は休むことなく這いずりまわっている。
「あれはエルなりの作戦だろう。苦戦しているふりをすることで魔石動物を油断させ一網打尽にするための」
「ボクには、どっからどう見ても作戦には見えないんだけど……。というか、魔石スライムって確か最弱クラスの魔石動物だろ? それに苦戦している時点でパーティーメンバーの程度が知れるよ」
「なっ、なんだと!」
魔石を体内に取り込んだモンスターのことを一般に”魔石動物”と呼ぶ。
先ほどは魔石採取、と言ったが、なにも鉱山やら洞窟やらに出向いて実際に採掘を行うわけでは無い。
魔石動物を討伐することでも同じように魔石が手に入るのだ。
中でもエルたちが今対峙している魔石スライムはその群の中でも最弱クラスのモンスター。
その最弱モンスターをいまだ一匹も討伐できていないこの現状に、パトがこらえきれない様子で俺を嘲笑する。
「やっぱり底辺冒険者のところに集まってくる奴らなんてたかが知れてるな~! 心配して損したよ、ハッハッハッ!」
「て、てめぇ。って、……ん? 心配ってどういう意味だ?」
「ハッハッハッ――ハッ!? え、心配!? こ、高貴なボクが底辺冒険者のお前なんか、し、心配するわけないだろ! こ、このバカ!!」
高笑いしていたと思いきや、急に顔を真っ赤にするパト。
硬いブーツのつま先で俺を思い切り蹴り飛ばす。
「あだッ!? 急に何しやがる!?」
行動が支離滅裂すぎる!!
「い、いいから早く仲間を助けに行けよ! ほら、あそこのフード被ってるやつなんて今にも吐血しそうな勢いだぞ!?」
「なにッ!? アリシアのやつ、まだ吐血してないのか! あいつも成長したなー」
「なにその吐血するのが当たり前みたいな判断基準!? ていうか、なんでスライムを追いかけている方が瀕死に追いやられているんだ!?」
キンキンと怒鳴り散らすパトの声に混じり、ゲホゲホと体調の悪そうな咳が耳に入ってくる。
『ゲホッ。ハァハァ……ま、待ってくださいぃ……』
草原を悠々と移動するスライムの後を、フラフラとおぼつかない足取りでアリシアが追う。
俺たちの目の前には、討伐する側のアリシアの方がなぜかダメージを追っている不思議な光景が映っていた。
「あのフードのやつが持っているの、魔法職の冒険者が使う杖だろ? なんで魔法で攻撃しないんだ?」
強力な魔法が使えるハイウィザードであるにも関わらず、アリシアは必死にスライムを追いかけている。
彼女の杖は、もはや自らの足を支えるためだけの、文字通り杖としての役割しか担っていなかった。
「アリシアは冒険者になったばかりでやる気が空回りしがちなんだ。初々しいだろ?」
「初々しい以前にアホすぎるだろ……」
アリシアの健気さがパトにはただのアホとしか映っていないらしい。
俺が貴族の荒み切った心を憂いていると、「アホと言えば……」とパトが続ける。
「あの背が高いほうのウシ女にいたっては、敵を放っぽりだして芸事の練習をしているじゃないか」
パトの視線の先には、武器をあらぬ方向へと投げ散らかす者が1人。
いつの間にかエルと同じく牛オンナ認定されたランがいた。
『そこのピンク色の方! ご覧ください、これが! こ、これがチームワークの力です――!?』
パトが見ているからか、やけに気合が入っているラン。
ギルドハウスでエルが泣かされたことをいまだに根に持っているらしい。
しかし、ランが”チームワーク”と叫べば叫ぶほど、棍の照準がスライムから外れていく。
武器がそこかしこに舞っている様子は、パトの言う通り武芸の鍛錬をしているようだった。
「あいつに関しては……もう諦めてる」
「あっそ」
『なっ、い、今確かに『諦めてる』って聞こえましたよ!? ユーヤ、諦めたらそこでチームワーク終りょ――グハッ!?』
「「……」」
ランの脳天に棍が突き刺さるのを、俺とパトはただただ無言で眺めていた。




