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底辺冒険者とハチミツ狩り⑧

「グルルルォォォ!!!」


「「「ひぃぃぃっっっ!!」」」


 地鳴りのようなハニーハンターの唸り声に足がすくみそうになる。

 止まれば終わり。あの黄色い野獣の昼飯コース一直線だ。


「おぉ! ハニーハンターはあんなふうに鳴くのですね。初めて聞きました」


 俺たちが悲鳴をあげて走る中、ランだけは余裕の表情でそんなことを言っていた。

 一緒になって走る黒マスクが俺に言い寄ってくる。


「おい! そんな余裕ならあのクマをどうにかしろ! お前ら冒険者だろ!?」


「バカ言え! 冒険者は冒険者でも俺たちは底辺パーティーだ。あんなデカブツを倒すなんて100年経っても不可能に決まってる!」


「そんな堂々と言われてもだな……」


「お前こそ腐っても元冒険者だろう!? なんとかしろ!」


 悲しいことに、この中で1番の戦闘力を持つのは黒マスクだ。


「くっ……自分のことは棚に上げやがって……。悪いが俺は基本職のソルジャーだ。あんなのを倒せるようなスキルは持ってねえ。それと……」


 黒マスクはそう言って顔を歪めたとおもいきや、今度は妙に物悲しい目つきになって続けた。


「――俺は元冒険者なんかじゃねえ」


「は? それってどういう――」


 俺が聞き返そうとしたその時、


「ユーヤ! 後ろ!!」


 ランの叫び声で我に返る。


「うおっ!?」


 背後から襲い来るハニーハンターのカギ爪をギリギリでかわす。

 いつの間にかハニーハンターとの距離がすぐそこまで詰められていた。


「さすがにいつまでも追いかけっこは厳しいか……」


 かと言ってこの状況を打開する策も無い。

 唯一の頼みであるアリシアは、


「わた、わたしが魔王を……倒し、ます……」


 夢の中で今は亡き魔王と戦っている始末。

 やる気だけはあるんだよなぁ……体力がついていかないだけで。

 

「くっ……他に良い方法は……」


 頭を抱えようとしたその時、右脇に抱えていた黄黒の丸い物体が目に入った。


「あ」


「ユーヤ? 何か策が思いついたのですか?」


「このハチミツバチをあいつに投げつければそっちにつられて俺たちを追わなくなるんじゃないか?」


 ハニーハンターの好物はその名の通りハチミツだ。冬眠から目覚めたてで腹が減っているのであれば、真っ先に大好物に飛びつくはずだ。

 では早速。


「ダメだよぉ!」


 ハチミツバチを手放そうとしたその時、後ろから甲高い声が響く。

 首だけ振り返ると、膨れっ面のエルが抗議の視線を送っていた。


「せっかく手に入れたハチミツなんだよ!? そんな簡単に捨てちゃっていいの!?」


「お前、よくこの状況でそんな呑気なことが言えるな!? ここでこれを捨てなきゃ命を捨てることになるんだぞ!?」


「それくらいハチミツは大事なものなんだよ! あぁ、もうハチミツのことを考えてるだけでヨダレが……へへ。……どうやって食べようかなぁ〜、迷うなぁ〜……やっぱり最初はパンに塗ってーー」


 ほっぺたに手を当ててにやけ顔を晒し始めるエル。

 ダメだ。もうハチミツを手に入れた後のことを考えてやがる。

 

「食い殺されそうって時に、よくそんな幸せそうな顔ができるな……」


 ただでさえ普段アホ過ぎて話が通じないのに、スイーツのこととなるとそのアホさに拍車がかかって手に負えない。


「おい! そんなバカはほっといて早くしろ!」


 俺がエルのアホさ加減に溜息していると、黒マスクが半分涙目になりながら訴えてきた。


「言われなくてもそうする! ほら、お前の大好きなハチミツだ! 喰らいやがれクマ野郎!」


 俺はハチミツバチを後ろ手に放り投げる。丸々太った黄黒のボールは放物線を描きハニーハンターへーー辿り着く前にエルがキャッチした。


「なにやってんだこのバカ!」


「それはこっちのセリフだよ! ユーヤこそわたしの許可なく勝手に捨てるなんてひどいよ!」


 こいつ……! どこまで俺の邪魔をすれば気が済むんだ!


「ん? ていうかお前ーー虫、触って大丈夫なのかよ?」


 姿を見ただけで逃げ出すほど苦手な虫を、今は絶対に離すまいと両手で大事に抱えている。


「へーー虫? ……って、ギャァァァッッッ!!?」


 指摘されて気づいたのか、エルはピクピクと微かに動くハチミツバチを視界に収めるやいなや勢いよく前方へ投げ捨てた。


「おいこら!? どこに投げてる!?」


 ハチミツバチは俺たちの頭上に大きく弧を描くと、先頭を走る黒マスクの手元にすっぽり収まった。


「うおッ!? なんだいきなり!?」


 敵からの急な贈り物に驚きの声をあげる黒マスク。


「あ、やば」


 エルがポカンと口を開ける。

 そして、やっちまったと言わんばかりの申し訳無さそうな視線を俺に送ってきた。


「エル、お前……」


 自分たちの生命線となりつつあったハチミツバチが、あろうことか敵の手に渡ってしまうという普通なら許されざるミス。

 いつもは能天気なエルもさすがにそのマズさがわかったらしく、


「ち、違うのっ! 今のはわざとじゃなくて、その、なんていうか、驚いて手に力が入っちゃっただけで……」


 あたふたしながら弁解してきた。


「……」


 エルの慌てふためく様子を静観する。

 ……まあ、エルにこのままもう少し反省させるのも悪くはないが、今はモンスターに食い殺されるか否がの瀬戸際。

 叱るのは後にしておくか。


「エル!」


「ひいぃ! ご、ごめーー」


「よくやった」


「んなさいッ! って…………え?」


 俺の返しが予想だにしない真逆のものだったのか、エルは目を丸くして頭に疑問符を浮かべた。

 俺は説明を求めるエルの視線を無視して、走るスピードを少し上げてランの隣につく。


「ラン! ちょっとその棍を貸してくれ」


「え、ええ? はい、どうぞ」


 俺はランから棍を1本受け取ると、その切先を黒マスクへ向けた。

 

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