底辺冒険者とハチミツ狩り⑦
黄色い体毛の巨大なクマが、大剣でも振り回すかのように爪で木を切り裂きながら進む。
すぐ前方を走るエルを今にも巻き込みそうな勢いだ。
「ななななんだアレは!!?」
騒ぎに気づいた黒マスクがこちらを振り向くなり驚きの声をあげる。
それと同時に、アリシアを抱えたランが俺の所まで戻ってきた。
「ユーヤ! ハニーハンターです!」
「なに!? ハニーハンターだと? あれが……!?」
「はい! なぜかは分かりませんが、あのハニーハンターがエルを襲っているのです!」
「バカな……そんなハズは……」
大岩のような巨体に黄色い体毛、確かにハニーハンターの特徴と一致している。
しかし解せない。
主食がハチミツという超温厚な性格で知られるハニーハンターがなぜあんなにも怒り狂ってエルを追っている!?
「とにかく逃げましょう!」
「そ、そうだな!」
なぜハニーハンターが怒っているのか謎が残るところだが、あんなのに襲われたらケガでは済まない。
今は逃げるのが先決だ。
俺たちが互いに目配せしてから前の道へ駆け出すと、
「チクショー! だからガキの使いなんてやりたくなかったんだぁー!」
上司への不満を爆発させながら、黒マスクも同じ方向に走り出した。
「なっ……黒マスク! お前はついてくるな!」
「うるせぇ! こっちにしか逃げ道が無いんだからしょうがねぇだろ!!」
花畑から伸びる道は前と後ろの2本だけ。
俺たちが歩いてきた後ろの道はハニーハンターが塞いでいるので、ひたすら前に続く道を逃げるしかない。
「ユーヤぁ〜!! たすけてぇぇぇ!!」
俺たちの姿を見つけて安心したのか、エルが足をコマのように回転させて更にスピードを上げる。
そして瞬く間に俺たちの後ろについた。
「た、たすけて……」
今の猛ダッシュで体力を消耗したのか、エルが息を切らしながら助けを乞う。
「助けてほしいのはこっちだバカ! なにとんでもないモンスター連れてきているんだ! しかもめちゃくちゃキレてるし……。お前また余計なことをしたんじゃないだろうな!?」
あの人畜無害のハニーハンターがあれだけ暴れているのだ。エルがなにかしたとしか思えない。
「わたしは何もしてないって! ちゃんと真っ直ぐおうちに帰ろうとしたよ!」
「それもそれでどうなんだ!?」
こいつ、本当に帰ろうとしてたのか……。
「ではなぜあそこまでハニーハンターが怒っているのでしょうか……」
走りながら顎に手を当てるラン。
アリシアを背負っているにも関わらず、その顔には余裕が感じられる。
さすがはファイター。身体能力も並外れている。
「ランの言うとおりだ。エルが何もしてないとなったらいったいなぜ……」
『なぜあそこまで怒っている』と言いかけたその時、ある違和感が頭をよぎった。
「もしかして……」
「何か心当たりでもあったのですかユーヤ?」
「いや、ちょっと確かめておきたいことがあってな。……エル。依頼書は持ってるか」
「え? う、うん、持ってるけど……」
エルがマントをごそごそと漁り、1枚の紙を取り出す。
ハチミツ狩りの依頼書だ。
「ちょっと貸してくれ」
俺はエルからその依頼書を受け取り、もう一度中身に目を通す。
『クエスト依頼:ハチミツ狩り』
『報酬:金貨10枚、(ハチミツ)』
『依頼内容:新作スイーツに必要なハチミツを採取してほしいの。どれくらい必要かわからないからあるだけ取ってきて。もしハチミツが余ったら好きに持っていっていいわ。ゴミになるだけだし。』
なんだか生意気な依頼人だな……。
だが、先ほど見たとおり特に何も気にするような部分は――ん?
「まだ何か書いてあるぞ……?」
依頼書の下の方に小さい文字で何か書かれているのを見つける。
先ほど読んだときは気づかなかった部分。
筆跡が違うのを鑑みるに、これは依頼人ではなくギルドの役人が書き加えたものだろう。
依頼書には綺麗な字でこう書かれていた。
『PS:この時期になると、ハチミツを主食とするハニーハンターが冬眠から目覚めている可能性がありますので注意してください。冬眠から目覚めた直後のハニーハンターは腹をすかせているため気性が荒く、人間も食べ』
俺は最後まで読まずに依頼書をクシャクシャに丸める。
「うえぇ〜!? なにしてんのユーヤ!?」
「アカン。やってもうた……」
「ユーヤ? 様子がおかしいですよ? あと口調も」
不自然なほど高い報酬金、そしてそんな美味しいクエストが掲示板の隅に寄せられていた理由が今わかった。
「あのクマは別に怒っているわけじゃない……」
「そうなの!? なら良かっ――」
「普通に俺たちを食おうとしているだけだ」
「「――――」」
ただのハチミツ狩りならいざ知らず、凶暴化したハニーハンターと遭遇・対峙するとなれば、報酬の金貨10枚というのは妥当な金額。
ということはつまり……。
俺たち底辺パーティーが手に負えるレベルでは無いということだ!




