底辺冒険者とハチミツ狩り④
「待てやコラァーッ!!?」
慌てて手を伸ばすも時すでに遅し。
白いマントは森の奥へと吸い込まれ、すぐに見えなくなった。
「あいつ、絶対に許さんぞ……」
帰ったらあいつの目の前でハチミツをがぶ飲みしてやる。
いや、それだけじゃ生ぬるい……あいつの寝床に大量のハチミツバチの死骸を詰め込んで、虫が苦手じゃなくなるまで共同生活させてやる!
「ラン! こうなったら2人でやるぞ!」
エルとアリシアが離脱した今、残った俺とランでどうにかするしかない。
「なんと!? 初めての共同作業ですね!? チームワークの波動を感じます!」
「おう! この際ツッコむのも面倒だ。なんでもいいからさっさと終わらせてエルに目にもの見せてやる!」
「はい! それではユーヤもこの武器をお持ちください!」
そう言って手渡されたのはランが普段使っている長い柄の棍。
先端に鋭く尖った刃のついた特注品だ。
「ん? これでいったいどうしろって言うんだ?」
「この棍を槍投げの要領で投脚して安全な位置から攻撃を仕掛けます!」
ランは棍が収められていた風呂敷を広げ、もう1本取り出す。
肩に担ぐように構え、ターゲットに狙いを定め始めた。
「おぉ! なるほど! 確かにこの方法なら安全だ!」
棍のストックはまだたくさんあるしな。
ランのやつ、意外と頼りになるじゃないか。
「ユーヤ、準備は良いですか?」
「よし!」
「ではいきますよ〜! せーの……」
「おらっ!」
「せいっ! ――グフッ!?」
ランの掛け声に合わせ2人同時に棍を投げる。
俺の投げた棍は美しい放物線を描き、まん丸に太ったハチミツバチの胴体を見事射抜いた。
「おぉ!? 命中したぞ! 初めてやったにしてはすごくないか!? ハッハッハッ」
まさか俺にこんな隠れた才能があったとは。
それに比べ、本業であるはずのランの棍はどこにも見当たらない。
どうせいつものドジっ娘を発動して、あらぬ方向に外したのだろう。
「フハハハ! ラン! まったく、あのメイメイの弟子とは思えない体たらくだな! メイメイなんかより俺に弟子入りしたほうが良かったんじゃないか!?」
俺は上機嫌でランの方を振り向く。
あの勇者パーティー随一の武闘派・メイメイと言えど、他人にその技を教えるとなると話は別だったらしいな。
「なっ!? たとえユーヤであっても師匠を侮辱することは許しません!」
師匠の教えを否定されたのが勘に触ったのか、ランが切れ長の目をさらに鋭いものにして俺を睨む。
普通ならその怒りのこもった表情に射すくめられ、すぐさま謝罪する流れ……なのだが。
「……」
俺は謝罪するどころか、心底呆れた面持ちでランの頭部を見ることしかできなかった。
「ゆ、許しませんっ!」
無言で見つめるだけの俺に戸惑いを見せつつも、ランは頑なに威厳のある態度を貫く。
……そろそろ現実に引き戻してやるか。
「ラン。そんなに師匠のメンツを保ちたいんだったら……」
「な、なんですか? もっと修行を積めと言うのですか? そんなこと言われなくても……」
「まずは自分の頭にぶっ刺さっている武器を抜いたほうがいいと思うぞ」
「はうっ……!?」
お団子頭の後頭部には、先ほどランが投げたはずの棍が見事に突き刺さっていた。
刃には少量だが血が伝っている。
……まだ狙いを外しただけのほうが良かった。
「ぐふっ」
無理して痛みと恥辱に耐えていたのだろう。
俺が指摘してやると、ランは力が抜けたように無様に膝をついた。
「なんで相手に投げようとして自分の頭に刺さるんだ……」
ドジっ娘なのは重々承知していたが、ここまでくるともはやわざとやっているようにしか思えない。
「くっ……一生の不覚!!」
地面に手を付き土を握り締めるラン。
その顔は、死闘の果てにライバルに打ち負かされた時のような無駄にカッコいい感じになっていた。
「お前の一生の不覚を俺は何度目にしたことか」
少なくとも2.3回は目にしている。
「はぁ。ったく……」
うなだれるランを横目にハチミツバチの方へと歩いていく。
「これでは結局、俺ひとりでクエストを受けているようなものだな」
アリシアは体調不良。
エルは敵前逃亡。
ランにいたっては擁護できないほどに役立たず。
仲間を増やす前となんら変わらない。
むしろ苦労が増えている気すらする。
花畑の中心に入っていくと、ハチミツバチがピクピクと丸い体を痙攣させながら横たわっていた。
俺はハチミツバチの胴体に刺さった棍を抜く。
こいつの腹からハチミツを採取すればクエスト終了だ。
「フン。案外楽だったな」
俺が鼻で笑いながらハチミツバチに手をかけたその時だった。
「え?」
思わず声が漏れる。
俺の手と重なるようにして、ハチミツバチに触れる手がもう1つ。
ランのものでもアリシアのものでも、ましてやエルのものでもない。
……これは男の手だ!
「だ、誰だ!? これは俺の獲物――」
「動くな」
「だ……ぞ……?」
首筋に伝うヒンヤリとした感覚。
それが刃物であることはすぐにわかった。
そしてそれが殺意を持って突きつけられていることも。
ナイフを突きつける人影。
俺はその風貌に心当たりがあった。
「な!? く、黒マスク……!? お前、捕まったはずじゃ……!?」
黒いマントに黒いマスク。
いかにも悪党といった黒ずくめの格好で俺にナイフを突きつけていたのは、以前市場で強盗を働いていたアイツら……闇ギルドの連中にそっくりの男だった。




