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底辺冒険者とハチミツ狩り③


 ハチミツの採取方法は大きく分けて2つある。

 1つは蜜を運ぶハチたちを追っていき、巣から採取する方法。


 そしてもう1つは――ハチの体内から直接採取する方法だ。


「おいみんな、あそこを見てみろ。さっそくターゲットが花の密を吸いにやってきたぞ」


 森の一角に存在する草花エリア。

 その周りを囲む木の影に俺たち4人は固まって身を潜めていた。

 視線の先には人の頭大ほどの黄黒の昆虫。

 今回のターゲットであるハチミツバチだ。


「あの虫さんがハチミツを作るんですね……」


 アリシアがゴクリと唾を飲み込む。


 黄色い花が一面に咲くこのエリア。

 今、その中心付近を1匹のハチミツバチが飛んでいる。

 蜜を貯め込みまん丸に太った体はまるで風船のようだ。


「ハチミツバチはああやって花から蜜を吸い上げ、ハチミツとして尻の部分に貯め込むんだ」


「おしりの部分……ですか……」


 アリシアの声音が急に萎縮したものになる。

 細身の体が壊れるのではと思うくらいに、ガクガクと激しく震えだした。

 

「まああれを見たらそうなるよな……」


 蜜を貯め込みぷっくりと膨れたハチミツバチの尻。

 その先端には、人を軽々貫けるほどの大きく太い針が伸びていた。

 初見のアリシアが怯えるのもわかる。

 初見じゃなくても怖いからな。

 

「あれと……戦う……? ――ゴフッ」


 巨大な針で自分が刺される想像でもしたのか、アリシアが白目を向いて吐血する。

 早すぎる戦線離脱。


「ユ、ユーヤ! この間みたいにまたアリシアが血を吐いて倒れましたよ!? だだだ大丈夫なんですか!? 何か病を抱えているのでは!?」


 口元を真っ赤に染めるアリシアを抱え込みながら、ランが慌てた声で俺を呼ぶ。

 まだランはアリシアの吐血に慣れていないらしい。


「ラン。心配しなくても大丈夫だ。アリシアは心や体にダメージを負うと血を吐いて倒れる特殊体質なだけで、命に別状は無い」


 ……はずだ。


「別状ありまくりな気がするのですが……。それに、これを特殊体質で済ませていいものなのでしょうか……」


「と、とにかく今はクエストに集中するんだ」


 どこか腑に落ちない様子のランだったが、アリシアの体を優しく木に持たれかけさせると、すぐにこちらを向いた。


「……それで、アリシアがこのとおり戦えなくなってしまいましたが、どういった作戦でいくのですか?」


「……だそうだぞ、エル」


 ランの質問をそのままエルに投げる。

 このクエストを受けたのはエルだ。

 何か作戦があるに違いない。


「……」


 違いない。


「…………」


 違いな……


「おい、エル! 聞いてんのか!」


 いつまで待っても返事が来ない。

 俺は声を荒げながらエルを呼ぶ。

 木の影からターゲットを凝視していたエルがビクッと反応して振り向いた。


「な、な〜に……? ユーヤ……」


 エルの表情は、先ほどのアリシアと同じく強張り血の気が引いたものになっていた。

 明らかに様子がおかしい。


「なぜお前まで震えてる?」


 俺の問いかけに、エルが唇を震わせながら口を開く。


「ユーヤ……わたし、忘れてたの……」


「忘れてたって……何をだ?」



「ハチミツのことで頭がいっぱいで、虫が苦手なことすっかり忘れてた……」



「あ……」



 そういえばそうだった。


 エルは虫が大の苦手である。

 触るのはもちろんのこと、見るのでさえ今のように震え上がる始末だ。

 なので、いつもは虫のおもちゃを使ってエルが驚く様子を見て楽しんでいるのだが……。

 今回はクエスト――仕事だ。

 虫嫌いだからといって、そう簡単に戦線を離脱させるわけにはいかない。


「エル。お前が虫嫌いなのはわかるが、今はクエスト中なんだから我慢しろ。それにお前の大好きなハチミツをゲットするには、あのハチから直接採取するしかないぞ」


「うぐ……」


 巣からハチミツを採取する方法もあるが、その場合ほぼ高確率でハチミツバチの大群と対峙することになる。

 モンスターを魔法で一掃できるアリシアが倒れてしまった今、その方法を取るのはリスキーだ。

 やはり1匹ずつハチを捕まえ、直接ハチミツを採取するしかない。


「わかってくれるな? エル?」


「わ……」


 体を震わせながらも、勇気を振り絞るように言葉を紡ぐエル。

 その声音は小さく頼りないものだったが、決意に満ち満ちた表層を保っていた。


 良かった。わかってくれたよう――



「わたしのことはほっといてぇぇぇーーーッ!!」



「なにィーーッッ!?」



 エルは別れ際のカップルのようにそう言い放つと、決意に満ちた素早い足取りで来た道を戻るように走り去っていった。


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