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底辺冒険者の恥はかき捨て


 晴れ渡る空。白い雲。

 川の水で汗を流し爽やかになった俺だったが、またも汗まみれになりそうだ。

 日の光が強いからではない。

 今頬に伝っているこれは、どう考えても冷や汗である。


「ライナー、金を貸してくれ」


「断る」


「そうか。それで金額のほうなんだが……」


「いや、お前俺の話聞いてた?」


「頼む、そこをなんとか」


「ダメだ。お前に金を貸すとロクなことが無い」


 金の催促をする若者と、それを断る金髪強面(こわもて)の大男。

 絵面的には裏社会さながらの怪しい関係に見えるが、決してそうではない。


「もう用事は済んだだろ。ほら、とっとと帰れ」


 虫でも追い払うみたいに、シッシッと手を振る大男。名はライナー。

 世知辛いこの世の中で唯一と言っていいほどの理解者にして、俺の古くからの友人だ。

 そんな間柄だからこそ、一番に金を借りられる可能性が高いと踏んでいたのだが、あっさりと断られてしまった。冷や汗の1滴や2滴流れるというものだ。

 だがしかし。こちらも生活が懸かっているので、はいそうですかと簡単に引き下がるわけにはいかない。


「俺たち、友達……だろ?」


 瞳を潤ませて上目遣いを送ってみる。


「ああ、お前と俺は友達だ。そして友達だからこそ言ってやる。冒険者なんだったら自力で稼げ」


「なに!? 情に訴えかけても折れないだと!?」


 な、なんて薄情な奴だ。友の頼みを簡単に無下(むげ)にするなんて!

 こうなったら仕方ない。捨てられた子犬作戦も通用しないとなると、もうあれしかない。

 最終手段――の前の最後の砦。

 旧友にこの奥義を披露するのは少々気が引けるが、背に腹は代えられない。

 俺は決意を胸に、ゆっくりと深呼吸をして口を開く。


「――――す」


「ん? なんだユーヤ、今なんか言ったか?」


「おね――しま――す」


「は? もう少し大きな声で言って――」




「ぬおぉぉぉねがいしまあぁぁぁ――――すッ!!!!」




 地面を震わすほどの音の振動。

 その場にいた鳥がいっせいに羽ばたく。

 そして。

 あとには、膝をついて地面に額をこすり合わせる俺のみが残されていた。


「お、おいユーヤッ!? いったい何の真似だッ!?」


 人々が行き交う大路地の真ん中。

 道を歩いていた人々が、俺の周りだけ時間が止まったかのようにその歩みを停止させる。

 それもそのはず、通行人が思わず立ち止まって見惚れてしまうほどに、それはそれは美しい土下座を披露していたのだから。

 手の角度といい体の折り畳み具合といい、我ながら美しいフォルムの土下座が決まった。


「この通りだライナー! いや、ライナー様ぁ!! どうかお慈悲を……!」


 汗を周囲に振りまきながら、必死に頭を上下させる。

 俺の考えた金策は、早くも全壊しようとしていた。

 『ギルドハウスへ向かうまでの道中に知り合いにひたすら金をせびる』という、常人では考え及ばない最高の策だったはずなのに……どこで間違った!?


「ユーヤ、ドゲザするのが早すぎるよ! もう少しこう、粘ってから……」


「いや、エルちゃん? そういう問題じゃなくて」


 エルが何か言っているが、そんな悠長に構えてなどいられない。なぜなら、ギルドハウスはもう目と鼻の先。つまりこれがラストチャンス。

 これを逃せば、本当に”最終手段”を使わざるを得なくなってしまう!

 

「ユーヤ……お前にはプライドってもんが無いのか……」


 頭上から響くライナーの声は、呆れを通り越して(さげす)みすら含まれているように冷たい。

 俺はそれに対し薄ら笑いを浮かべて反論する。


「プライドで飯が食える時代はとっくに終わったんだよ。魔王軍が滅びたその時にな……」


 俺が物憂げにそう言い放つと、ライナーがどこか諦めたように深いため息をついた。


「そういうカッコいい台詞は地べたじゃなく、高慢ちきな役人どもに向かって言ってくれ」


「ねぇ、ユーヤぁ~、もう諦めてギルドハウスに行こうよぉ。ほら、みんなも見てるし」


 エルが俺の横にしゃがみ込み、退屈そうに背中を突っついてくる。

 通行人が刺すような視線を俺に向けていることは知っているが、本日10回目の土下座ともなると特に羞恥を感じることはない。

 感じることはないが、俺一人が恥をさらすのはパーティとして平等性に欠けるな。

 隣で他人事のようなことをほざいているアホにも一肌脱いでもらおう。

 

「おい、エル。何ぼーっとしている?」


「ふぇ?」


「『ふぇ?』じゃない! お前もさっさと土下座するんだ! もしくはそのたわわに実った両胸をライナーに押し付けて懇願しろ! 『私を好きにする代わりにお金を恵んでください』ってな!」


 俺は土下座ポーズのままエルを……いや、エルの両胸の膨らみをにらみつける。

 エルの胸はさすがは田舎娘と言ったもので、大き過ぎず小さ過ぎない、豊作の年のモモンの実くらい健康的に育っていた。ボディラインが強調された衣服からもその形が見て取れる。


「わたしを好きに……って、そ、そんなことするわけないじゃんっ!」


 俺の下衆な視線から逃げるようにエルがその場から飛び退いた。

 顔を真っ赤にしながら、肩から羽織ったマントで体を抱くようにして隠す。


「隠すんじゃない、強調しろ!」


「な、なに言ってんのほんとに!? ユーヤのヘンタイ! スケベ! エロ魔人! あと……へ、ヘンタイッ!」


 往来の激しい路地の真ん中で繰り広げられる喧騒。

 人々は土下座する俺と変態だのエロだのと大声で叫ぶエルを避けるように、右へ左へと逸れてゆく。


「お前ら、公衆の面前……というか俺の店の前で何やってんだ! ほら、とりあえずギルドハウスまで行くぞ。話くらいは聞いてやるからッ」


 ライナーの分厚い手が俺に迫る。鳥をシメる時みたく首根っこを掴まれた。

 まずい! このままだと俺の今までの頑張り(恥)がすべて無駄になる!


「やだやだ! ギルドハウスだけはやだ!」


 俺は持てる力全てを使ってライナーから逃れようとするが、暴れれば暴れるほど、ライナーの指は俺の首にめり込んでいく。し、死ぬ……。


「お前は水浴び嫌いの子供か! いいから行くぞ。ほら、エルちゃんも」


「う、うん……!」


 ライナーに半ば引きずられるようにされながら、俺はギルドハウスへと強制連行されるのだった。


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