底辺冒険者と筋肉ウサギ
「な、なにィィィ―――ッッ!!?」
連なる無数の影。
きれいに互いの足を繋いでいる様子はまるで、空を舞う一匹の龍のよう。
ラパンの数を把握しようと必死に目で追うが、すぐに諦める。なにせ数が多いのだ。とてもじゃないが数えきれない。
「……いや、ただ単に動揺しすぎて焦点が定まっていないからか」
冷静な自己分析で、冷静じゃない自己を確認する。
だって1匹だと思ってたらこんなにいっぱい出てくるんだもの。
しょうがないじゃないか!
意味のない言い訳をしている間に、エルを先頭に連結したラパンの群れは空中で散開。
俺とアリシアを取り囲むように着地する。
完全に逃げ道を塞がれてしまった。
「ま、まさか……これだけの数を引っ張り出してしまうとは……」
恐るべし強化魔法の力。
引っ張り出したラパンの数はなんと全部で20匹。エルが無理やり設定した10匹討伐という目標をゆうに超す数だ。
「これは、いきなり大ピンチだな……」
俺が目の前の状況に手をこまねいていると、熟睡したまま空中旅行をしていたエルが頭上目がけて落下してきた。
危機感の欠片もない平和な表情。良い夢の真っ最中とでも言おうか。
イラついたので、ひらりとそれをかわす。
「ふげッ!?」
まぬけな声をあげて、顔面から草むらに着地するエル。
しばらくもぞもぞしたあと、草むらからスポンと顔を出した。
「ぷはっ! あ、おはよーユーヤ」
痛がるそぶりも見せず、気持ちよさそうなあくびを1つ。
どれだけ人の神経を逆撫ですれば済むんだ、こいつは。
俺はできる限りの皮肉と憎悪を持って言葉を返す。
「おはようどころじゃない。お前のせいで、俺たちに永遠のおやすみの危機が迫っている」
「え?」
「周りを見てみろ。ラパンの大群に囲まれた」
エルが寝ぼけ眼でキョロキョロと辺りを見渡す。
「わッ!? ほ、ほんとだ……。いったいなんでこんな状況に……!?」
「お前じゃい!! お前がぐーすか寝ている隙に、巣穴に引きずり込まれそうになってたんだよ! それを助けたらこのザマだ!」
「うぇ!? そうだったの!? ご、ごめんなさいぃ……」
しょんぼりとうなだれるエル。
大いに反省してくれ。
「あれ? アリシアちゃんは何で倒れてるの……?」
しょんぼりついでに視界に入ったのか、エルが草原の色と同化しつつあるアリシアを見て言う。
「非常に言いにくいんだが、アリシアは……」
「うそ……そんなぁ……もしかしてわたしのせいで……」
「俺を魔法で強化したついでに気絶した」
「……」
うつ伏せになったまま動かないアリシアを中心に、心が通じ合ったかのように俺とエルが身を寄せ合う。
この数のラパンから襲撃を受けたらひとたまりもない。
どこから飛んでくるかわからない相手の攻撃を警戒し、全方位右に左にせわしなく注意を注ぐ。
両者一歩も動きを見せない臨戦態勢の中、周りを取り囲むラパンの群れから1匹が輪の中に歩み寄ってきた。
「あ? なんだこいつ。もしかして俺らと1対1でやろうってのか?」
「シュッ!」
輪から外れたその1匹が、短く息を吐きながらスパーリングを始める。
なぜかはわからないが、相手は1対1の戦いをお望みのようだ。
片目に傷を持つなんとも強そうな出で立ち。
前腕の発達具合から見るにこの群れのリーダー格といったところか。
他のラパンが出てこないのを見る限り、この輪の中を仮のトレーニング場に見立てているらしい。
ここで俺たちを一人ずつ殴り殺す気か……。
想像しただけで背筋に悪寒が走る。
「い、いいだろうッ! そんなに殴りたいなら、ほら、ここに肉付きの良い人間サンドバックがいるからコイツで相手してやる」
そう言って、俺はエルの背中をトンと押し、片目のラパンの前に差し出す。
「うえぇ!!? わたし無理だよこんな強そうなのーッ! ボコボコにされちゃうよ~ッ!!」
しがみついて抵抗を見せるエル。
だがこちらも譲れない。
「元はと言えばお前のせいでこうなったんだろうが! 自分で落とし前つけてこい!」
「そんなぁー!?」
「――私が行きます」
俺とエルが押し合いを繰り広げる中、小さくも決意に満ち溢れたアリシアの声が聞こえた。




