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rainy days  作者: haruki
episode1 - Cmaj7 -
6/18

5.「過去ログ」

 最初は似ているとも思わなかった。むしろ、ほんの少しの興味だけ。

 スタジオに音作りに行って、休憩がてら喫煙所へ。

 スタジオへ戻るときに偶然見かけて(多分、スタジオが空くのを待っていたんだと思う。)、何となく話しかけてみて、ギターを弾いてる姿を見て、そのコードに指を一本足すだけで、お洒落な音になるよと教えてあげた。

 何が僕の予想を越えたって、その翌日、偶然にも同じスタジオで会った彼女は昨日のうちに僕が教えたコード達を使って3曲書いたということ。

「曲作るのを手作って下さい。」

 と、そのあとまたスタジオで会った時に言われた。ひとつ返事でいいよと言ったのが、本当の意味での最初の出会いだったのかもしれない。その時に「雨水凉です。」と自分の名前を言っただけなのにやたら倍音を多く含んだ声だなと思った。

 多分、彼女は曲を作るのが得意な方じゃないと思う。乗ってきたら書ける。そんな感じ。

 ただ、本能的な部分で感受性が豊かなんだと思う。それがそのまま出ているというか。

 僕がアレンジをすると彼女の声は栄える。彼女が絵を書いて、僕が色付けする。そんなことを何度か続けたある日、いつものように彼女と合わせるため、スタジオへ行くと

「あ、来た来た。」

 よちよちと今と変わらずペンギンのように歩く斉藤さん。

「面白い曲書けた?」

「いえ、全然。最近の女子高生の方がまともな曲書いてますよ。というか、なんでここに?」

「そろそろ新しい曲のプレゼン時期ですんで、壁にぶち当たってないかなぁと思いまして。」

「壁ですか、もうずーっと当たってますよ。そろそろ崩壊するんじゃないですか?」

「それ、壁じゃなくてゲシュタルトですよね。」

「まぁ、一応は作ってはいますがイマイチですかね。」

「そろそろ契約更新時期ですし、ね?」

「まぁ、分かってますけどね。この際、辞めちゃおっかなって。」

「え!?アレンジ能力はとても高く評価されてますし、笠原さんがいなくなると色々と、」

「アレンジはね。でも今はそれより、」

 そのとき倍音を多く含んだ彼女の声が聞こえた

「遅くなってごめんなさい。」

彼女を見てきょとんとする斉藤さん。

「ねぇ、この子は?」

「最近一緒に音楽やってて。」

「君が、プロデュース??」

「そんな大したもんじゃないですよ。ちょっとギター教えたり…って聞いてます?」

 彼女に名刺渡してるし。そしてくるっと僕の方へ向き直して

「そういうことなら早く言ってよ。」

「え?」

「制作してるんでしょ?二人で。」

「いや、そうなんだけどそうじゃないって言うか、」

「じゃあ、録ろうか。事務所には僕から言っておくから。」

 そこそこ権限もってるやつはこれだから…。

「あの…事務所って?」

「僕の所属先。」

「っていうことは、」

「?」


 一拍。


「プロだったんですか!?」

「あー、言ってなかったか。でも売れてないし、僕はただのアレンジとかギタリスト。」

「でも…え、あ、そうなん…ですね。」

「ごめん、隠してるつもりはなかったんだ」

少しは隠してるけど。

「いや、色々納得出来ました。」

「ごめんね、」

「で、さっきの方は名刺を私に渡してくれましたが、そこまで評価されるものでも。むしろ、私なんか、」

 そのとき「もういいよ。」と僕の本能が言っている気がした。

「えっと、これは僕からのお願いなんだけど、」

 色々説明することは多いけど、

「僕とこれから、音楽作ってくれませんか?」

「?」

 精一杯の告白だったのに、キョトンとされてしまった。

 話を割るように

「えーっと、あー。とりあえず、事務所行こうか。」

と斉藤さん。

 小さくごめんね、と思いながら加速するこの鼓動は嫌いじゃなかった。



 数日後、僕と凉は斉藤さんに「プレゼントがある」とのことで召集をかけられた。

「…広い。」

 そう、文字通り広すぎるプレゼントだった。

「経費使い込んじゃった☆テヘペロ」

 このペンギン何言ってんだと、彼女も思った事だろう。都内ど真ん中。タワーマンションの13階。2LDk。

「賃貸ですよね?」

「へへ、現金一括です。」

 不適な笑みを浮かべるペンギン。

「俺の何曲分だと思ってんだ!」

「まぁ、制作に環境は必要でしょう。」

「まぁ、そうですけど。」

「防音ですし。」

「嬉しいけども。」

「まぁ、売れてくれなきゃ困るってのが本音ですけど。」

 絶句。本気で絶句した。そんな僕に、斉藤さんが言う。

「まぁでも、笠原さんの連れてきたあの子、」

「?」

「売れますね。」

「知ってます。」

「売れる売れないじゃなくて、それ以前の話なんですよね。」

「僕が一番分かってます。」

 部屋中を散策して、たまに横切る彼女は僕らの話をきっと聞いていない。

「えーっと、」

 ペンギンの言葉を遮るように、僕は言う。そこから先は僕の言葉だと言わんばかりに口から溢れてしまう。

「歌をやめらんない。溢れちゃうし、多分彼女自身それでいいと、それしかないと思っちゃう。」

「そうですね。」

 大人の会話が一段落した瞬間、彼女はひょいと表れ

「ねぇ、キッチンすごくきれい!」

 僕とされてますしさんは力なく笑う。

「たまーに。いや、極々稀にいるんですよね。こういう子。」

「はい?」

 斉藤ペンギンの言葉が理解出来ない彼女は首を傾げる。

「雨水さんみたいな子、何て言うか知ってます?」

「未成年。」

「いや、ベクトル違い。」

「じゃあ、なんですか?」

 斉藤はすかさず答える。

「天才。」

「あの、私そんなに大層なものじゃ…」

「そうですよ。彼女はそんなんじゃない。」

「じゃあ、なんて言うんですか?」

「異端児。」

 笑いを堪えられない斉藤さん。僕は至って真面目に答えたのに。

「まぁ、ここを生活の基盤にしなくてもいいんで好きなだけ制作してください。曲が出来たら、メールで送ってくれれば大丈夫です。PC にはDAWも入れてますし、そこそこの機材はもう作業部屋に置いてます。他に足りないものがあれば自分で買ってください。」

「はぁ。まぁ、わかりましたけど。」

「けど?」

「賃貸にしとけば良かったとか言わないで下さいね。」

「えぇ。しかし笠原さんはあの子を見ても同じことが言えますか?」

 斉藤さんが指を指すのは彼女の左手。あぁ、もう弾いてたのか。

 「はいはい、」と僕は作業部屋に彼女を連れていく。楽器を持たせると彼女は早い。「違え…あ…ん?…これだ…」と小さく呟きながら輪郭が出来る。それを掬うのはきっと僕にしか出来ない。

 そして、制作を始めて1ヶ月が過ぎた頃。やっと分かったこと。今更分かったのだけれど、彼女は学生時代に死ぬほどバイトを頑張ったお陰で堂々とニートをしているみたいで、ほとんど独り暮らしの家に帰ることはなかった。料理は得意で大概は外食などしなくても満足な日常をくれた。

 そして、一週間が経った頃、僕らは綺麗にひと部屋しか使わない。答えは簡単で、必ず僕らの制作は二人が共同で同時進行だったからだ。個別に作業っていうのはほとんどない。ミックスや、マスタリングくらいだ。

 そうして二ヶ月目。

 僕は作業部屋に様子を見に来た斉藤さんを連れていく。多分彼は驚愕だと思う。そんな光景を。見せなければ分からない現状を。

「…え、」

 と、言ったきり言葉を失うペンギン。

「あ、どもー。おはよーございまーす。」

 環境に慣れきってしまい、垢抜けたと言うか完全にクリエイターになった彼女。もはやどこの業界人なのか分からない。

 そして、生活をする上で、僕らが音楽をする上で必要なものをすべて集約させたこの部屋。


そう、全て。


 隣の部屋にあった機材も、空気清浄機も。リビングにあったいい感じのソファーも。

 その部屋のベッドの上で彼女はヘッドフォンをしてストラトキャスターを鳴らしている。

「あの、他の部屋使わないんですか?」

「えっと、持て余しちゃって。」

「このマンション、そこそこしたんですよ!」

「なんか、広くて落ち着かなくて。あと、ある程度の日常がないと、なんかダメなんでよね。」

「それを言われるとなんともいいがたいですけど。それで、肝心の曲は?」

「一応、凉が新しい環境に飛び込んだってことで色々思うことがあったのか、20曲程。でも、

 凉が会話に割り込む。

「もう無理でした。」

 いつの間にヘッドフォンを外したのだろう。そして、会話をいつから聞いていたんだろう。

「顔見れば何となくね話の内容は分かるから。」

 黙って彼女の話を聞くペンギン。

「曲も書かせてもらったけれど、こんなに人をダメにする環境にいたらこうなりますよ。」

「?」

「えっと、音によそよそしくなっちゃって。」

 ワカラナイヨー。って顔のペンギンなので、ここからは僕の仕事みたい。

「えっと、聞いてくれれば分かるかと。」

僕らのここにきて最初に出来た曲を聞かせる。

それは新しい音で。今までの彼女を残した真新しい声で。それでも彼女はその中にいる。



冷たい部屋 音 反響する

君がいないと僕の声は

僕にしか伝わらない



曲の始まり。


その歌詞に自身を写す彼女が見える。多分、彼女以外が歌っても伝わらないこの曲。


曲が終わり、

「えっと伝わりましたか?」

 ペンギンは壊れたみたいな笑い方をしながら

「ははっ、これは…凄いな。」

 そして、悟ったような表情で

「分かった。ファーストはこれで行こう。」

多分ある意味一番上手くいったプレゼンはこれをおいてないと思う。


*


 斎藤さんへのプレゼンを終えたその翌朝、携帯の着信音に起こされた。僕の平穏を脅かすのは誰だよと思いながらも取り合えず出る。

「もしもし、」

 僕の声に間髪入れず、声が飛んでくる。

「今、メジャーデビュー決まりました!決めてきました!これからもっと忙しくなるんで頑張っていきましょうね!」

「え、あ・・・はい。」

 斎藤さんの声なのは分かった。寝起きで頭が回ってないからか、内容が断片的にしか伝わってこない。

「いやぁ、雨水さんにも伝えておいて!また、追って連絡するから!プツッ、ツー、ツー、ツー、」


 あぁ、僕らもうすぐメジャーなのか。別に驚く事はないし、当然だと思ってる。だって彼女が曲を書いたのだから。ただの日常の出来事。中学生から高校生へ上がるくらい日常的な出来事。していうなら、僕の中の上くらいのギターが世間に流れるのかと思うくらい。

 それでも僕は「お、メジャーか。」と少しの驚きはあるけども、彼女はきっと違う。

 「へー、それすごいの?」とでも言うんだろうな。人生の何年もそれに向かって走っている人が辿り着けないところに彼女は友人の家に遊びにいくくらいな感覚で着いてしまったというのに。


 彼女が起きたら伝えておこう。


 今はアコギを腕枕しながらベッドで寝てしまっているし。折角こんな朝に起きたんだし、昨日の曲のミックスでもするかなぁ。


 パーン


 と小さな音が聞こえた。音源は彼女の持っているアコギの1、2弦が震動していることからも分かる。つーか何で寝相でハーモニクス鳴るんだよ。どんだけ優しい手してんだよ。気を取り直してヘッドフォンを着ける。

 DAWを起動。先ずはパン振り。ギターは右に思いきり振る。ベースは左に、今回はなるべく輪郭をぼかして柔らかく。久しぶりに弾いたベースの下手さがばれませんように、っと。真ん中に置いた彼女の声は、一度聞けば真ん中から離れてくれない。

 『音価』ってのがある。音が始まり、終るまでの長さ。つまり一拍に込める音の価値。その音価はきっと想いを込める程、歌い手を投影する。きっと彼女は声が身体みたいなもんだし、常に自身を切り取って曲を書くわけだし、彼女の曲、声を聞いて頭の中に映像が出てくるのは当たり前な訳だ。まぁ、当然彼女はそんなこと気にしたりしないんだろうけど。

「あー、いい曲だな。」

「その曲ね、お気に入りのなの」

「!?」

 寝ていたと思っていた方向から声が飛んできて焦る。

「おはよ。」

「驚かせんなよ。」

「ひひ」

「そういえば、メジャー決まったよ。」

「それ、今までとどう違うの?」

「忙しくなる。」

「やだ、海外逃げようよ。」

「まぁ、そんな悪いことばっかじゃない。事務所の金で音楽できるって思えばいい。」

「んー、よくわかんないから上手いことよろしく。」

 ほらね。

「じゃあ、いい曲書いてね。」

「無理。書きたいものしか書けない。」

「それでいいんだよ。だから、書けるもん書いて」

「じゃあ、背中のちょい上の方掻いて。かゆい。」

「はいはい、まぁこれ終わったらミックス集中するから朝はテキトーに食べて。」

「へーい」

 ぽりぽり。

「チョコ食べると集中できるって言うけど、あれ嘘だわ。僕は甘ったるくて、コーヒー飲みたくなる。そしたら働きたくなくなる。なんか、食べたら集中出来る食べ物ねぇかなぁ。」

「んー、蟹?」

「それは食べることに集中するもんだっての。」

上手いこと言えた彼女はご満悦な顔。

さて、仕事しますか。



蟹食べたくなってきた。

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