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rainy days  作者: haruki
episode1 - Cmaj7 -
3/18

3.「ラスボスだと思って倒したそれは四天王の一人だったのだ。」

 水樹らの生活の軸となるクリエイター業。もっと突き詰めて、作曲をする上で、むしろ音楽をやる上で覚えておいた方がいい知識の一つとして『ダイアトニックコード』というものがある。。それが例えばkey:Cメジャーならば、

C Dm Em F G7 Am Bm7(-5)

 という音の並びになる。簡単にいうと、keyがCならば、そのコードを主としてこの曲は基本的に作られているというもの。

 知ってるのと、知らないのだと雲泥の差がきっとあるだろう。言うなれば音楽をする上での共通言語になりうるアイテムだ。これを凉へ叩き込むことが、水樹が事務所から課された指令である。

「何それ、難しいの?楽しい?」

「いや、楽しいとかじゃないけど、音楽やる上で一応知っとけってやつ。」

「ふーん、すごいね。」

「いや、その返事覚える気無いよね!0だよね!」

「そうとも言うね。」

 完全に覚える気がない凉の悪意0%の目を向けられると何も言えなくなる。

「今度教えるね。」

「うん。」

 となる。ちなみにこれは記念すべき10回目の挫折だ。

「とりあえず、」

「お茶しよっか。」

「そうだね、もう僕の心折れたし。」

 水樹はコーヒーを入れながら明日のことを思う。水族館・・・ではなく、もちろん会議のこと。水樹と凉は自分を切り取ってしか曲が作れない。そんな二人に事務所はある程度の方向性を求める。凉のよさは水樹が一番理解している。理解しているからこそ、方向性がわからない。書きたいものしか書けない。言いたいことしか言えない。誰かのためにじゃない、自分の為に、自分の存在の証明の為に曲を書く。しかし、ある程度の方向性を決めて安定して曲を書き続けることが仕事としてクリエイターを続けるのに大事なことだということを水樹は分かっている。進んでいるのか、回っているのか、後退しているのか分からない話し合いが明日なのだと、思うとため息が自然と出てしまう水樹だった。


 ガタン!ゴトン!


「え、」

 コーヒーを入れながら考え事をしていたので真後ろに凉がいることに気が付かなかった。彼女は冷凍庫のレイアウトと格闘しながら言う。

「あー流石に入れすぎたかぁ。」

「何をして・・・あぁ。」

「食べる?」

 と、差し出してきたのはスー●ーカップ フルーツヨーグルト味。

「・・・」

「どうしたの?」

「うん、いや・・・なんでもない。ありがとう。」

「美味いよ。」

 どや顔で小さい木製のスプーンを渡す。

「美味しいでしょ。」

 何故だか急かされたような気がして急いで一口食べる水樹。

「・・・。」

「顔に出てた。」

「知ってる。」


=翌日=


 音量最大にしたアラームが鳴り響く。

「「うるさい!!!!!」」

 二人は同時にそれぞれのスマホを叩く。

「9時・・・40分か。」

 予定自体は13時からだから多分余ゆ・・・

「あと、2時間寝れるね・・・スピィ。」

 水樹は低血圧で寝起きから暫くはやる気が微塵も出ない。対して凉は単純に寝起きが悪い。凉の場合は一瞬機嫌が悪いだけで、すぐにいつも通りになってくれるが、その一瞬がかなりの苦行だ。こういうときには低血圧と戦いながら

「よし、朝食作ろう。」

 水樹は声に出すことで自分へ鞭を打つ。バターを敷いたフライパンにとき卵。薄めの塩胡椒振って、スクランブルエッグ。薄めのベーコンをカリカリに焼いて、最後はトーストにマーガリン。

 こうなると、鼻のいい凉は必ず匂いで起きる。

「おなかすいた。」

「おはよ。ごはん出来てるよ。」

「粉末のコーンスープ飲みたい。」

「お前、せっかく僕が作った朝食見た最初の感想がそれかよ。」

「仕方ない。今、所望しているのだから仕方ない。」

「まぁ、時間あるからゆっくり食べよう。」

「くっそ行きたくない。」

「水族館。」

「仕方ない、今日は頑張ろう。」

「それでいい。」

 その後、テレビを見ながら完全に無言で食事を済ませた僕らは、無言で支度を終え、なかなかにスムーズな滑り出しだった。

「よし、行くか。」

「あのゴミのような人がいるとこへ行かなきゃいけないと思うとほんと、憂鬱。あ、」

「どうした?」

「曲が出来そうなんだけどさぁ~」

「逃げるな」

「何故、ばれたし!」

「分かるわ。行くぞ。」

「うっすwww」

 ドアを開くとまだ午後になったばかりの眩い光が僕らを襲う。

「ねぇ、スーパーカップ食べてから出ない?」

 水樹はその取引に応じることにした。



「水族館ー♪」

「先に仕事だっての。」



 電車に乗って駅から少し。新宿のほぼ真ん中にあるこの建物を水樹は未だに見慣れない。おそらく都内でも、ここよりも大きなビルはそうそう見ないだろう。

 ここはまさにRainy daysが所属する事務所「シャープ # プロダクション」である。目標よりも少しでも高みへ、という理由が名前の由来らしい。最近はアニメソング、ゲーム音楽等々オタク業界への進出に成功している。さらにマルチタレント、声優の育成等も始め、会社規模は大きく変化を遂げ、ここ数年で一部上場企業となった。

 「まぁ、建物の大きさなんて下から見ればある程度どれも同じようなもんだけど。」と、強がりと都会の喧騒の間に埋もれそうな水樹は、小心者なりに気合いを入れる。

「行くぞ。」

 水樹が気合いを入れて後方に控えている凉を見ると・・・いない。

「なにしてんのー、早く行くよー」

 もう既に入館証を入口にかざしている。行くまではぐだぐだとしているが、いざやるとなると早いのが凉だ。先導を切りながらいつも気付けば凉を追いかけている。もう、この位置関係にはほとほと馴れていた。


=二十九階=


「Rainy daysさん!お疲れ様です!」

 と、元気に声を掛けて、お茶を出す、ビシっとスーツを決めた青年。おそらくマトモに水樹と凉を知らない新入社員だろう。

「あの、自分Rainy daysさんのファンでして。」

 水樹は目をキラキラと輝かせては所属アーティストをパンダ扱いしてくるこの手の人間が嫌いだ。それ以上に、

「ねぇ、君。」

「はい!」

「近くにいると暑苦しいから早く部屋から出ていきなよ。」

 凉はこの手のミーハーな人間に容赦がない。何よりも自分の時間が大切な凉は、私生活で話しかけられるのを極端に嫌がる。

「え・・・あ、失礼・・・しました。」

 大きく肩を落とした青年は、名乗ることすら許されず退場していった。


 =数分後=


 ガチャ。


「あ、ペンギンだ。」

 相変わらずペチペチと歩く彼は見つけやすい。

「やめてよね、僕にも名前があるんだからさ。」

 そう二人に声を掛けるのはRainy Days担当マネージャー、ペンギンこと斉藤(さいとう) (きよし)。担当であっても、専任ではなく何組かのアーティストを受け持ってるので、いつも多忙そうにしている中年である。

 電話やメールをしていても約1ヶ月ぶりに会う彼を見て水樹は思った。

「あの斎藤さん・・・痩せました?」

「痩せてません。仕事が忙しくて食べれてないだけです。深くは聞かないでください。」

 水樹は深く頷いた。

「ねぇ、ペンギン。」

「凉さん、そろそろ私のことは名前で呼んでくれてもよいかと。」

「斎藤P。」

「いや、プロデューサーみたいになってますけど、それペンギンのPですよね。」

「おっと、私としたことが。すまんな、皇帝。」

「私の原型ないです。」

「凉、そろそろ普通に喋ってあげなよ。斎藤さん困ってる。」

「水樹さん・・・。」

 斎藤は水樹の助け舟に感極まり泣きそうになっている。

「で、凉さん。何を言いかけたのですか?」

「いつあの人来るの?」

「えっと、もうすぐ来ますから。」

 水樹は「あぁ、またこの時が来るのか。」と気持ちが俯いていた。今まで自由に作りたいものを作ってきた二人の方向性を否定されるのがたまらなく辛かった。こうした方が売れる、こうしたものを取り入れた方が新たなターゲット層を狙える。そういった商業的な思想に嫌気がさしていた。

 しかし、実際のところ凉の制作スタイルにおいて、それは無理だ。彼女は意図的ではなく、衝動的にしか曲を書けないし、見たもの聞いたもの感じたもの以外は分からない。分からないものは書けない。芸術家によくある、想像力で補うということが一切出来ない。幸い、今はこれまでの曲のストックと、水樹のアレンジとの相性の良さでなんとかもっているけれど、「今後」となるとなんとも言えないのであった。


 ガチャ。


 ドアが開く。重い空気の中チワワになる水樹。何故かとなりで疲れてへたっている凉。

「ごめん、今日来れないから代理で僕が来たよー。久しぶりー。」

「副社長!」

「ごめんねー。で、早速だけど、」

 じっと凉を見る副社長。

「曲書けてる?」

 彼女は何故か自信満々に

「まぁ、書きたいときに書いてるー。」

 水樹と凉が意識のシンクロならば

「なら…よし!引き続き頑張って!」

この二人は。

「ういー。」

「じゃ、次あるから!」

「いってらー」

テキトーのシンクロだ。しかし、二人ともいざというときには仕事はちゃんとするんだから面白い。

「じゃあ、」

 今日一番の大きな声で凉は言う。

「こっちも次、行こうか!」

 そんなに、行きたかったか。水族館。


*


「見て!ペンギン!皇帝までいる!」

 やっと着いた水族館で凉は興奮を隠せずにいる凉だった。そんな凉がぽつんと言う。

「あの背中がいい。」

「へぇ。」

「いや、ほんと。あいつらからはやる気が感じられない。常に丸い背中、少し顔を突き出してぺちぺちと歩く。手なんか見てよ、あの動き。何を目指してんだよ。そんなことをふと思わせる動き。」

「その歌詞いい曲だな、お前をよく表現出来てる。」

「ひひひ。そうでしょ?」

 生意気に笑って「次!次!」と水樹の左腕を引っ張り、最大限スピードを抑えて走り出す。その後、興奮した凉は、水樹のTシャツの首の後ろでを引っ張ったり(普通に苦しい)、突然視界の左からフェードインしてきて水樹に飛び膝蹴りをしたりと、破天荒ではあるが、水樹もそれが心地いいと思ってしまっているが素直なところだろう。

「ねぇ、あそこ座ろ。」

 凉が指差すのは天井まで水槽で出来ている、水族館内の喫茶店。

「いいよ。座って待ってて。」

「えーっと、コーヒー。ミルクだけ貰ってきて。」

「知ってる。」

「「ノシ」」

 ミルクを取って来るが分かってる。

「はい、お待たせ。」

「ありがと」

 アイスコーヒーを飲む。凉はミルクをチラ見しながら飲んでいる。

「やっぱ、いざ目の前にするといらないなって思っちゃうな。」

「最初からいらないっていうのは?」

「いや、それはもう分かってる。」

「あぁ、」

 凉が言いたいのは、最初からいらないと分かっていても、「選ぶだけの選択肢」が欲しいのということだということが水樹には一瞬で伝わった。

「だからか。」

「そゆこと。」

 水樹にどや顔で言葉ではなく空気で伝えきった凉はよほど喉が渇いていたのか、物凄い勢いでコーヒーを飲んでいる。

 二人の会話が一段落着いたところで、二人の後ろからガタンと誰かが飲み物や軽食なんかを置いていたトレーを落としたような音が聞こえた。振り返り確認すると、まさに落ちているトレー、飲み物が散乱していた。しかし問題はその人物である。

 少しお腹回りがゆるくて、おそらく30代後半かと思われる男性。何故だろう、見たことがある気がする。しかも、直近で。そう思っていたとき、二人はほぼ同時に言ってしまった。

「…ペンギンだ」

「…斉藤さんだ」

 静かにうるさく笑う二人。

「イルカも見たし帰ろ」

 凉は、いつも突然だ。思いつきでここへ行きたい、楽しんだからもう帰る、といった具合に。まだ時間に余裕もあったが、

「いいよ」

 断らないのが水樹だ。実の所、熱帯魚を少し見たかったのだけれど、動画で我慢しようとしていた。

「じゃあ、こっち通って帰ろ。」

「うん。あ、凉、僕も少し疲れちゃったからゆっくりめに歩いてくれると、助かるよ。」

 無言で凉は頷き、お土産コーナーへと向かう。彼女が空間を感じるのに十分過ぎる時間。

(またいい曲書いちゃうんだろうな。)

「何か言った?」

「いや、何でも。」

「ここ曲がったらあるよ。」

 凉に誘われてたどり着いた場所はお土産コーナーではなかった。この水族館の名物である世界の熱帯魚コーナーだった。

 水槽に色彩豊かな熱帯魚達が自由に泳いでいる。

「好きでしょ?帰る前に私も少し見たくなっちゃって。」

やはりばれてたようだ。

「なんで温かいところにいるとこんな感じに育っちゃうんだろうね。」

「綺麗だなぁ。」

 いつもの凉ならば、「せやろ」とどこからか聞こえてくるような顔で返事をするが、言葉は斜め上から飛んでくる。

「どっちが綺麗なの?」

「両方。」

「迷わず出た言葉がとっても人間表してるね」

「仕方ない、これが僕なんだから。」

「知ってる。」

「…あ、」

「何?」

「えっと、久しぶりに衝動的に出てきたから。」

「大丈夫、」

 水樹の中には音が溢れていた。それもとても優しい音が。

「早く帰ろう。」

凉はまたしても水樹の手を引く。


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