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rainy days  作者: haruki
episode1 - Cmaj7 -
2/18

2.「芸術家という生き物は基本的に理不尽である。」

 笠原 水樹(かさはらみずき)は現在二十四歳の若手音楽クリエイターである。身長は167cmとやや小柄。少し長めの髪が印象的で、基本的にどちらかの目が隠れている。

 クリエイターと一言に言っても様々ではあるが、水樹は作曲家であり作詞家。さらに既存の曲をアレンジするサウンドクリエイターになる。砕けていうならミュージシャンだ。

 ただ、水樹自身は歌うことはあまりないが、完全に歌わないわけではないので、でシンガーソングライターとも言い難い。

 現在はシンガーソングライター雨水 (あまみりょう)と二人で制作をしている。凉とは昔、スタジオ練習の際に出会った。当時二十二歳だった水樹が三つ年下の十九歳だった凉にギターのコードを教えたのがきっかけである。「こうしたら綺麗な音になるよ」と、その程度教えたつもりだったのだが、僅か三日間の間にその日教えたコードを使って5曲を書き上げたのが驚きだった。そこから先はひょんなことから水樹がサポートするような形からの進展で今に至る。

 水樹と凉は決して一緒に住んでいる訳ではなく、それぞれに家がある。しかし、Rainydaysの作業場兼社宅兼別荘にほぼ毎日寝泊まりしているのが実態だ。彼女自身、電車で三駅ほどの駅近に実家があるのだが、放任主義らしく、連絡さえ取れていれば問題がないらしい。



「雨、やまないね」

「うん。それより、ヨ●イモッチーばっかり出るんだけど、」

 と、自由な一言。

「飽きた、」

「じゃあ…もうゲームは。」

「しない。」

「なら曲作ってください。」

「やだ、気分が乗らないと出来ない。」

 ちなみにこれは気分を乗せてくれたらよい、という凉なりの返答である。

「とりあえず、これで遊んどいて。」

 水樹は凉にタブレットを渡す。You⚫ubeのアプリを起動した状態で。凉は無言で検索を始める。

「やるか、」

 そう言うと仕事モードへ頭を切り換えて、ヘッドフォンでさっき録ったばかりの曲を聴く。

 歌詞に出てくる雨と珈琲。きっと題材的には「今日」がそれなんだろう。

 ギターのリヴァーブは少し大げさくらいに。声は軽めにコンプをかける位で丁度いい。ベースはなるべく生音っぽく、柔らかめにして、優しく隣で弾いてる見たいに打ち込んで。ここに付け足すなら、

「アコギソロかな。」

「弾いといて。よろしく、」

「はいはい、」

 悩んだ挙げ句、一旦雰囲気で弾こうとする。

「雰囲気でいーから」

 分かってますよと。水樹が顔で返事をする。軽めのディレイをかけてみる。

「今作ってる音、後で教えて。」

「はいよ、ちょっと録るから静かにしといて。」

 凉は部屋の隅で体育座りをしながら水樹を見てる。多分こんな感じかな。と、いつもな感じで弾いたフレーズを確認してもらう。

「ちょっとこのフレーズでいいか聴いて」

「リアルで聴いてた。それ好き。」

「じゃあ、これでいこ。あと、ラフにミックスしたら斉藤さんに送るけどいい?」

「いいよー。」

 斉藤さんというのはRainy daysの担当マネージャー。他にも複数のアーティストを抱えているので完全に専属ということではない。ただ、彼がOKを出さなければ、二人の音楽が世に出ることはない。

 ソッコー終わらせてやるぞと、水樹が意気込んでヘッドフォンをつけた瞬間。

「あ、やんだ。」

 そう言った凉の向こう側、窓の外は雨が止んで、雲間から光が差してた。

「なんか、淋しいね。」

「雨がそんなに好き?」

「歌い終わった後の雨上がりの空は、拍手がやんだみたい。」

「オーケストラの指揮者みたいだな」

 ふと過ったネットで見た言葉が過る。

「…薄明光線。」

「はく、め…え、なにそれ?」

「天使の梯子とか、言うんだけど雲の間から光が差してること。薄明光線っていうんだ。」

「そいつぁ、すげぇや。」

 この顔は『ヘー、スゴイナ。』という顔。

「それよりさ、」

 気を抜くとすぐ話が切り替わる。

「コンビニ行こ。」

「いいよ。」

 まぁ、少しくらいなら大丈夫だろうと納期までの余裕を計算しないように思考を操る。

「もやし入ってるカップ麺買う。」

「昨日もそれ食ってたろ。」

「美味しいよ。下手なラーメン屋潰れろって思うくらいには。」

 気づけばもう凉は準備完了している。

「よし、五分だ。」

「だめ、三分で支度して。」

「りょ。」

 その瞬間、何故だか水樹はキャップが似合うこの子はきっと、またいい曲書いてくれそうな予感がした。

 そして、こんな時、支度は迅速にしなければ機嫌を損ねる。

「三分か。」

 先ず顔を洗う。

「タオル取ってー…」

 凉の返事はない。おそらく、既に玄関の前に座り込んで今か今かと待ってる。洗面台から濡れたままの顔で部屋をうろつき、タオルを探す。

 ようやくタオルを見つけて時計を見る。残り時間は…1分…。

「もう、近所だし服もそんなに気をつけなくていいよね。」

 その瞬間ドンっと扉が勢いよく開く

「・・・まだ?」

「あ…はい…」



 予定通り三分後。

「遅い」

「予定通りだっての。」

「まぁ、次からは五分前行動を心がけたまえよ。

「未来予知は出来ねぇから。」

くっくっく、とか。

ひひひ、とか

ふふ、とか

 凉はそれを全部混ぜたみたいな、でも控え目な声で笑う。そして、右腕を軽く上げて

「じゃあ、行っくぞー。」

 まだ仕事が残っている水樹に対して、自分のやるべきことの八割以上を終えた凉はすがすがしい気分でいっぱいだった。

「やっぱ、ほか弁買おう。」

「ラーメンは?」

「あー、でも、んーでも」

 話が二転三転するのはよくあること。

「チキン竜田か、しょうが焼き。」

「しょうが焼きに一票。」

「米食べたいなって。」

「まぁ、そんなに麺ばっか食ってたらな」

 家から五分も歩けば住宅街を抜ける。住宅街といっても住んでいるのが都内のほぼ中心地なのでちらほらとコンビニを見掛けたりと、いかにも地元の閑静な住宅街といった感じではない。凉が夜、もしも一人で出歩いたとしても陽気な酔っ払いに会っても、不審者に会うことは少ないはずだ。

 あと少しでほか弁に着く。水樹が頭の中をしょうが焼きでいっぱいにしようとしたとき、背中を日が差した。その眩しさに立ち止まり、見上げる空。

 雨上がりが拍手がやんだというならば、この日差しは閉じた幕が開き、新しい舞台が始まるようだと思わされた。

「「虹だ」」

 声が重なり、空気が震え、共鳴したなら、もうそれは紛れもない僕らの音楽になる。


 水樹は「はぁ。」と嬉しそうにため息をつく。この先の展開が既に予想できていたからだ。

「ラーメン買って帰って。先に帰るから。」

「はいよ、一人で録れる?」

「最悪、スマホで録るから大丈夫。」

 じゃあな、と言ったときにはもう背中しか見えなかった。

 凉は何かを直感的に感じたら、自然とそれが音に聴こえる。対照的に水樹は見て、感じたものを音に変換しようとする。そこに人為的ななにかがないだけ、凉の方かより正確に音楽に聴こえてるんだと思う。

「…ほか弁とラーメン買って帰るか。」



 その後、味噌もやしを探すため、コンビニを二軒はしごして、水樹が家に帰りつくと凉は無心でアコギを弾いてた。

 水樹は冷めた料理が基本的には許せない。コンビニ弁当を冷めたまま食べることの出来る人がいることに今でも軽く引いている。そんな今、水樹の右手にはしょうが焼き弁当。左手には海苔チキン竜田弁当、右肘にぶら下がっているコンビニのビニール袋の中には味噌もやしラーメン(もちろんまだお湯はいれていない)と、早く温かいものを食べたい水樹は作曲中でも構わず声を掛ける。

「弁当冷めるぞー。」

「うん。」

 背中で返事をしながら、「あー」なんて言いながら必死で弾いてる。

「帰ってきたなら帽子取れよな。」

「うん。」

 やはり聞いていない。

「ねぇ、」

 凉の声に迷いを感じて、それが何なのか、理解できるのが水樹。

「ちょっと貸して、」

 凉は多分こういうものを求めているんだろうな、という感じで弾いてみせる。眉間にしわを寄せて水樹の左手を小動物のように目をくりくりと輝かせながら、じっと見つめる。

「それ、弾けって言ってんの?」

「へへ、冗談。やり過ぎた。まぁ、こんなのもあるよってことで。多分、こっちの方がいい」

 また別パターンを弾いてみせる。

「なにその小指。」

「綺麗な音だろ」

「どやんなし。あー、動かさないで。…返して。」

 矛盾してるみたいなこの頭の中を水樹はやっぱり嫌いになれない。

「…」

「どした?」

 突然真剣な顔で凉は言う。

「お腹空いた。」

「はいはい、弁当温めるから待ってて。」



 食後、コーヒーや紅茶や煎茶等、温かい飲み物を飲むのは水樹の習慣だ。そんなまったりとした日常のひと時、凉の切り口は斬新で、

「あのさ、」

「うん。」

 再度、真剣な顔をする凉。それに誘われるように真剣な顔になる水樹。そして、そのまま三秒溜めて彼女は言う。

「今すっごいブスだよ?」

「ぶっ!」

 突然の外角高めの不意打ちに噴出した。

「お茶返せ。」

「じゃあ、時間返して」

「その返し少し面白いじゃん。製作意欲上がってき・・・納期思い出したわ。」

「燃えて来たね」

「燃えるような熱意で頑張るしかないからな。」

 次の彼女の言葉で僕はやる気を見失った。

「じゃあ、焼け死ねば?」

 もう、丸焦げだった。


*


「これでも生きてっから」と思いながらも全力で仕事を終わらせにかかる。

 凉は疲れたようで、水樹が仕事をしていることも気に止めず、ぽろんぽろんと寝転がりながらアコギを弾きながら鼻歌で歌っている。

 今から水樹が行う作業は大きく分けて二つある。まず、ミックス。

 ボーカル、ギター、ベース、ドラム等、様々な種類の楽器が入った曲のそれぞれのソロ音源の音量調整。そして、それぞれの音源を周波数として見たときに一つの帯域に音が渋滞しないよう、高音なり低音なりを強くしたり弱めたりする。その後、全ての音源を同時に再生したときに、いいバランスでステレオに分かれているようにする。これがミックスである。ちなみに、よくあるボーカル、ギター、ベース、ドラム、ピアノといった構成ならばまだ可愛いもので、シンセサイザー、ヴァイオリン、ヴィオラ、コントラバス、サックス、トランペット、タンバリン、シェーカー等々、さらにはギターの歪みなどを代表とする音のエフェクト等、あげていけばきりがない程の楽器、音色が増えれば増えるほど途方もない作業となる為、数週間を要する場合も珍しくない。同じ曲の同じフレーズを一日で何度も聞くため、ゲシュタルト崩壊を起こしたり、頭痛になるサウンドエンジニアもしばしば。

 しかし、音に対するいい意味での妥協点や、好みの音がはっきりとしている水樹は、毎回使用する楽器もそこまで多くないということもあり、担当者マネージャーに提出する音源はかなりの速度で仕上げることが出来る。ただ、毎回納期のギリギリなのがたまに傷なのだが。


1時間後。


「ふふふ、ミックス終わってやったぜ。」

「一人で笑わないで、気持ち悪い」

 漏れていた声を聞いて、水樹を見ずに凉が真顔で言う。水樹でなければ精神的に死んでしまうようなことを平気で言うあたりいい性格をしている。

「もうおわるー?」

「あと、マスタリング」

「もう、しなくていいじゃん?」

「…。」

 マスタリングとはミックスをした楽曲に対して、最終的な音量調節と音の厚みを持たせる作業になる。先程のミックスが各音源ごとの調節に対してマスタリングとは全体的な調節になる。ミックス、マスタリングとどちらとも最終的には専門家に任せるため、正直やらなくていいといっても間違いではない。曲の良ささえ伝わればいい。

 ただ、二人で制作している限りある程度の形でプレゼンをしたいというのが水樹の考えだ。

 無言でマスタリングを始める水樹。

 さらに三十分。互いのフリーダムな時間が過ぎて、マスタリングが終わる。

「確認するから一緒に聴いて」

「聴かなくても分かる。」

「信用してくれてんな」

「してないでも、頼ってるから働いて。」

「奇遇じゃん、僕も同じ気持ちだよ。」

 「もうこの流れに慣れた」と水樹が心の底で思った瞬間、水樹の携帯にメールの着信をしらせるバイブレーション。

「依頼?」

「いや、スパム。」

「可哀想。」

「…。」

「嘘でしょ」

 隠しても無駄だと分かってる。凉が、「あぁ…。」と目に見えるほどばつが悪そうな顔で言う。

「事務所から?」

 察しがいい。

「明後日、月イチの会議なの忘れてた。」

「頑張ってね。信用してる。」

「おい、さっきのお前はどこ行った。」

「転生してしまいました。」

「じゃあお前は誰だ。」

「空っぽの雨水凉という人間の意識だけを乗っ取った20年後の未来から来たインキュべ…」

「もう苦しいからやめとけ!お前も行くんだっての!」

「私は作るしか出来ない!」

「その作ってる曲についての話し合いなんだろうが。」

「そんなの、ス●イプでいいじゃん!」

「知らねぇよ、会議の中身より日本人はとりあえず会いたがるんだからとりあえず行くぞ。」

「…水族館。」

「?」

「帰りに水族館へ連れていく事を所望します。それを条件に今回は、今回だけは、今回に限っては出社しましょう。」

 凉が今日は早めに折れてくれてよかったと、水樹は安堵する。先月は凉がインフルエンザっぽいような気がするとかいう言い訳をし、なんとか休めた。だがしかし、今月は行かなくては流石に社会人的にまずい。

「ねぇ、いい?」

「水族館な、わかった。」

「ペンギンいるかな。」

「いるだろ、事務所にも。」

 今日一番の大仕事を終えた水樹だった。

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