-prelude-
その日、夢を見た。懐かしい夢。小さいことの夢。
彼、笠原水樹がギターに初めてふれたのは小学4年生のことだった。
水樹の父親のギターが家のリビングの壁に掛かっていて、手を伸ばして六弦から一弦にかけて順番に撫でるように、壊れないように優しく鳴らした。フローリングに無機質な鉄線を弾いた音が響く。
最初に指先でふれた音は、思ったより無機質で、まるで自分のようだと思わされた。
そう、壁に掛かっているギターを手に取るも、何をどうすればいいか分からない。音を聞いてリビングに来た父はその日、GメジャーとEmを水樹に教えた。どちらもただのトライアド(三和音)であるが、水樹には新しかった。それと同時に、父親が鳴らしているような綺麗な音が出ないことに対して悔しさを覚えた。小学4年生であった当時の水樹はその頃まで悔しいとか、何かをやりたいという感情になったことがなかった。
これが笠原水樹が音に最初にふれた瞬間だった。
1.「問題は問題視していること自体だと気付いたのはつい最近のこと。」
「で、黒ちゃん。それ誰得情報?」
黒川の父が全身脱毛を、決意したという本当に誰得なんだという情報について素朴過ぎる疑問だった。
「すみません、あまりに驚いた内容だったので読み上げてしまって。」
「あの、黒川さん。僕聞いていいのか分からないんですけど、」
「はい、何でしょう?」
「黒川さんのお父様ってどんな方なんですか?」
「んー、難しい質問ですね。」
「あ、答えたくないなら答えなくても…」
「いえ、そういうわけでは…。」
右の人差し指で、おでこを、詰まるところ仏の額にある点の部分を抑えて、考える人の最終形態のようなポーズを数秒したあとに、黒川が重い(ように見えた)口を開く。
「お金を持っていない富裕層のような人です。」
「え、」
水樹含む、全員が理解できなかった。
「それってどういう…」
三ヶ尻が顔を軽くひきつらせながら聞く。
「そのまんまでして、お金を持っていないのに豪遊しようとするんです。なので、僕は売れたい。」
「すみません、僕には情報量が多すぎて…。」
「まぁ、黒ちゃん。」と、何かを悟ったように黒川の肩を二回ポンポンと叩くと凉は言った。
「かんば!」
今日もRainy daysのボーカル、雨水凉はきれっきれである。
*
その後、程無くして三ヶ尻、黒川が寮へと戻っていった。
久し振りに騒いだせいか、水樹と凉はそのままリビングで寝てしまった。
時間にして約1時間半程。その間、夢を見たのは水樹だった。
「あのさ、」
「どうしたの、いつも通り浮かない顔して。」
「おい、取り敢えず謝れ。」
「まぁ。いいじゃん。小さいことは。」
いつも通り親に謝るレベルの発言をするが、こんなのもRainy daysにとっては御愛嬌である。
「夢を見たんだ。」
「へー、どんな?」
「僕がまだ小さくて、初めて楽器にさわった日のこと。」
「あの頃は水樹も可愛かったのにね。」
「いや、凉と初めて会った時には素手に成人してたよ?」
「これは機関の仕業かね。」
「記憶の改ざんは行われていませんので、安心してください。」
「まぁ、冗談はこれくらいにして。」
途端に真面目な顔をする凉。
「多分、あれじゃない?」
「あぁ。あれか。」
「うん。」
言わなくても分かる。言わなくても伝わる。そこに確かな意思がある。それはきっと
「「大切なことなんだ。」」