13.「3人のおじ様。」
「ケビン、進捗を。」
東京都新宿区新宿駅西口から少し歩き、家電量販店やパチンコ屋、居酒屋等がをさらに突っ切り、大通りを抜けて直ぐ。これでもかと言うほど大きな29階建てのビル。それこそがシャープ♯プロダクション。その最上階の会議室Bの左隣。
そこには三人の男がいた。
一人は斉藤清。よく磨かれた眼鏡が天井のLEDを反射している。その為、何か企んでいるようにも見えるが実際のところ特に何もない。
そして、斉藤から見て斜め前、左側。副社長と周りから呼ばれている彼の名は大原・ケビン・準平。オーストラリア人の父と日本人の母を持つ江戸川区産まれのハーフである。
「社長、その呼び方はやめてください。」
「おお、悪いな。つい、そう呼びたい衝動に駈られてしまってな。」
大原に敬語を使わせるほどのこの人物こそ、最所志岐、シャープロの代表取締役兼社長である。身長176cm、細身ではあるがきっちりと、着こなしたスーツからは筋肉質であることが分かるほどに見事な逆三角形である。悩み事は、つぶらな瞳。その為、いつもサングラスをかけている。短髪な髪を固め過ぎな程整髪ジェルでカチッと固めている為、斉藤の眼鏡動揺こちらもLEDを反射している。
「それについては私が。」
斉藤がやっと会話に参加する。
「社長の仰った通り、Rainy daysに今回のプロジェクトの劇伴、主題歌を担当させたのは成功のようです。やはり、笠原さんの存在はシャープロには欠かせないかと。」
「そうだろう。私の目に狂いはない。」
最所の目に迷いはなかった。
「まぁ、九人その目に狂いがあったお陰で退職した過去もありましたが、笠原君は当たりでしたね。」
大原の鋭い突っ込みが入るが最初は「ゴホン、ゴホン」とスルーする。
「あの雨水さんに付いていける精神力と、なにより笠原さんのスキル。雨水凉に共鳴するように出てくる和音のセンス。これがぐんぐん成長しているというか。」
「和音か。」
「まぁ、リズム、メロディに並ぶ音楽の三大要素なのでプロであれば誰しもある程度のセンスであったり、オリジナリティがあるかと存じますが、しかし笠原さんのコードのセンスはその辺のプロの比ではないです。彼のそれなしには雨水さんの曲は絶対的に活きてこない。笠原さんに関しては以上ですが、彼が成長するにつれて他にも、嬉しい誤算もありまして。」
「ほう、ペン…ゴホンゴホン。さいとん、続けたまえ。」
斉藤とペンギンが混ざってしまっている。しかし、最所がどや顔で聞いて切るので弄るわけにもいかない。
「雨水さんのことです。」
「あの異端児がどうした。」
「もともと強かった感受性がより強くなってきています。彼女も笠原さん同様、共感覚がより強くなったというか。」
「ん?よく分からんな。もっと具体的に。」
「彼女、絵を描き始めまして。」
さっとタブレットを取り出して見せた画面は、斉藤の個人で利用しているメールボックスだった。タップしてメールを開くと本文に、『いちいち保存するのも面倒だから雑務と一緒に良い感じに保存しておいて。』と記入されていて、画像が添付されていた。さらにタップしてそれをを見せた。 それはほんの数時間前に凉が描いたものである。
「最近、雨水さんからこの手の画像が頻繁に送られてくるんです。なんでも、本人のスマートフォンに写真として保存していると容量が足りなくなり、消すのもなんだかもったいないというのが理由らしいです。実に、雨水さんらしい。」
最所はその画像を凝視して「これは、聴こえるな。」と洩らした。
「やっぱり、そう思いますよね。」
黙って話を聞いていた大原がやっと口を開く。
「音が色彩に出るようになったんです。その逆もまたしかり。」
全員がうんうんと頷く。そこそこ齢を重ねた男三人が無言で頷き続ける画はなんだかシュールである。
「よし、決めたぞ。」
「・・・というと?」
恐る恐る斎藤が最初に尋ねる。
「Rainy daysの次のシングルのジャケットはそれにしよう。」
「お・・・おぉ!!」
珍しく破天荒ではなく、満場一致の意見が出たことに斎藤は喚起し、社長室ならぬ大声を出しいた。しかし、大声を出して喜ぶのが当たり前のような温かい空気が流れていた。
「いや、社長。本当にいい決断だと思います。そうと決まれば。斎藤君、二人に早くこのことを伝え・・・斎藤君?」
「・・・あ・・・はい・・・。」
斎藤は大事なことを思い出していた。今回のRainy daysに支払う『報酬』の件である。斎藤も一社会人であり、立場上特殊な中間管理職ならではの責任感がある。彼の胸の内には今こそがまさにその時であった。
「あの、社長。笠原さんと、雨水さんにこの件を伝える前にご相談があります。」
このあと斎藤清(四十歳)はRainy daysの有給を五時間かけて獲得したのだった。それが、Rainy daysの二人の耳に届くのはもう少し先の話。