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Low  作者: S
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23.有り得ない偶然



 一刻も早く校内から出て、帰宅しなければならない。最早、何があるか分からない。予測の仕様がない。何故ならオレの敵といって過言でない奴らは、人外としか思えないからだ。オレの想像とか予想とかなんてのは、あくまで一般人レベルなんだ。だから、対処できるはずないんだよ。うん。頼むから普通の日常返して下さい。

 そうやって、あの鬼のような生徒会長様から解放され、心臓をバクバクさせながら歩き出した矢先のことだった。

 ぽん。

 例えるならば、そんな音だ。

 不意に軽い衝撃と共にそんな音が、自分の左肩に襲い掛かったのだ。

 気のせいにしたい。

 そうは思えども、未だに肩に置かれたままの手は、どうしようもなく現実であることを教えているのだ。出来れば振り返りたくないし、確かめたくも無いのだが、無理、だろうなあ。どうするよ。いや、選択肢などないも同然なのだが。オレが動かなければ相手が動くだろうし、だからといって、相手の動く、と、言うのがオレの想像を遥かに超えたものだと思うと、自分から動くのが得策であるように思える。だからやはり、何だかんだと理由をつけたところで、首を捻るしかないんだよな。

 今すぐ走って逃げ出したい気持ちを抑え、ゆっくり、あくまで抵抗するように背後を確かめた。そんなの伝わってないだろうけどな!

「やあ、祥稜くん。何故君が、そこから出てきたのか聞いても?」

 出ちゃった。

 うん。分かってた。本当は分かってた。こんなことをするのがこの人くらいしかいないって、知ってた。色々考えたけど、結局一番予想通りだった。だけど、敢えて言わせてくれ。

 有り得ねえー!

 何この偶然。何このタイミング。何でここにこの人が! 最早見張ってたとしか思えないんだが、生徒会長様が仕組んでんじゃねえだろうな? うん。有り得るから嫌だ。でも理由が無い。だけどそんなものはオレが思いつかないだけで、本当はごまんとあるのかもしれない。嫌過ぎる。

「ええ、と、その、」

 取り敢えず、何か言わなければならないと思うのだが、何かって何だよ。こっちが聞きたい。何故そこから出てきたか聞いても? だって? そんなの、こっちが聞きてえよ! 何でオレ、生徒会室から出てきてんだよ! そりゃこの人じゃなくても気にするって話だよ! 当事者のオレが一番つかめてねーよ! つーか、アンタ絡みだよ! 元々の元凶はアンタだよ! なんて、言えるはずも無く。いや、事実を口にするとしたところで、紙飛行機で呼び出されたとでも言えと?

 結論。答えようがない。

 そうこうしている内に手首を掴まれました。ちょっと待って何これ。

「悪いが、事実を確認させてもらうよ」

 手首に奇妙な温もりが。温かいことが先ず不思議だ。などと言える筈もなく。

 そういうと人の手を引いたまま踵を返しやがりました。何このゴーイングマイウェイ。悪いなんて口だけで絶対思ってないだろう。今に始まったことじゃないけどね! 常にオレの意思なんてあってないようなものだけどね! その上、向かった先は当然あの場所でした。目の前には今閉めたばかりのドアが。折角逃れたのに、また逆戻りってマジ可笑しくねえ?

 しかもやはり、何のためらいも無くドアを開けやがったのです。

 この、ガラガラという何の変哲も無い聞きなれた音が、まるで地獄の門が開いたのではないかと思えるほどの荘厳且つ重厚な響きに聞こえたものだから最早この世とおさらばするんじゃないかと思いました何とかしてくれ。

「進士!」

「あれ、慧? ……と、祥稜?」

「よし、ろう?」

 失礼しますとか月並みの挨拶すらすっとばして、お互いの名前を呼び合ったあなた方の関係って何ですか。つーか、オレの名前は呼ばなくていいよ! しかも普通に呼び捨てにしやがったよ生徒会長様が! いや、先程まではそのほうが良いと思ってたのだが、いざこうなるとヨシ君の方がマシなんじゃないかと思えてきた。だって、この人が。この、未だ人の手を掴んだままのこの人が、状況を呑み込もうと何だか必死に見えるんですよ! 何もないよ! 何もないから余計なこと考えないでくれ!

 しかしそんな、自分というよりもある意味他人の心配をしている場合ではありませんでした。何故ならここにはもう一人、変人が!

「おいこら、てめえ慧にチクッたな」

 せんせー。ここに性質の悪いチンピラがいまーす。

 今にも人の襟首を掴みそうな勢いで詰め寄ってくる生徒会長様の恐ろしいことったら! アンタ本当に生徒会長か! 絶対変な下僕従えてるだろ! だが、無実だ。冤罪だ。言いがかりだ!

 正直、また、アンタも勘違いかと言いたい。どいつもこいつも変な勘繰りして人巻き込みやがって! 冗談じゃねえ! だからこそオレだって、言いたいことはあるのだ。何時までも黙ってると思うなよ。確かにアンタは怖いが、元はといえばそのアンタのせいでこんなことになってるわけで、オレは少しも悪くないんだ!

「んなことするはず無いでしょう! 先輩でしょう呼び出したの!」

「あぁ!? 俺が慧に喧嘩売るはずねえだろ! てめえこそ、俺と慧の間に溝を作る気だな!」

「はあ!? そんなことをしてオレに何の利があるんですか! 冷静に考えて下さいよ!」

「冷静に考えて慧がこんなタイミング良く現れるはずねえだろうが!」

「そりゃこっちのセリフですよ! 先輩が仕組んでなきゃ誰が仕組むんですか!」

「それはそうと進士。君、何時から彼を祥稜呼ばわりするようになったんだい?」

 ピタリ、と、動きが止まった。それは生徒会長だけでなく、オレもなんだか。場にそぐわないほど感情が感じられない冷静な声に、止まらざるを得なかった。同時に、オレも、そう、恐らくは生徒会長も冷静になったのだ。

 見れば、マズイ、と、言うような顔をしていた。

 何がマズイのかは分からないが、ただ一瞬でも良い気味だと思ってしまったオレはどうしちゃったんだろうか。この先輩に困らされてる生徒会長を見て、気分がよくなってしまった自分は。それを思い過ごしにしてしまうのは些か困難で、けれど、傍目には分からないよう努力した。

 僅かに居心地悪そうな表情を浮かべ、それでも平静を装っている生徒会長に何だか嫌な予感がした。頼むから普通のことを口にしてくれ! 望むのも馬鹿らしいことを、本気で望む。

「ああ、今日から。つーか祥稜。俺のことはサクラさんと呼べっつっただろ?」

「ど、努力はしてますよ!」

「嘘吐け、てめえ。普通に先輩呼ばわりしやがって、つまらん男だな」

 意味が分からない。そんなことを平然と望まないで頂きたいのですが。大体アンタは普通の先輩ではないが、それでも先輩呼ばわりするのは普通だろうが。そもそも命が惜しいんだオレは! 呼べるわけねーだろうが! そんなフレンドリーに! 呼びたくもねーよ! つまらない男で結構です。

「進士、先日君に祥稜くんに近付くなって言わなかったかな?」

「俺じゃなくて祥稜が近付いてきたんだよ」

 んなわけあるかー! 恐ろしく平然と嘘吐きやがりました。これが、これが生徒会長の実力か……! うん。違うよな。そんなもん関係ないよな。つーか普通に考えてそんなことするはずねえだろうが。何の理由があって、オレが生徒会長とお知り合いにならなきゃならないんだ。何の関係もねーよ!

 それより、近付くなって何。いや、確かに願わくば近付かないで欲しかったのですが、何で先にそんなこと牽制してんの。まさか、オレのためを思って……? と、いう発想が既に嫌だ。何だよオレのためって、可笑しいだろうが! 普通に考えるなよオレ! この人には恩も借りも作りたくねーんだよ! 後が怖いから! まあ実際問題、牽制にならなかったわけだが。普通に呼び出されて知り合っちゃったのだから。世の中って無情だよな。何もかもが上手くいきません。何でだ。オレが何したってんだ。クソ。 

「そういう直ぐにばれる嘘は吐かないことだ」

「何で? 俺に憧れてきたうちの一人かも知れねえだろ?」

「有り得ないね」

 まあ仰る通り有り得ないわけだが、それよりオレ何でここにいるんだろう。冷静になればなるほど異常だ。文句言う間もなく引っ張られてきたわけだが、明らかに場違いだろ? それに何だかこの部屋の温度も徐々に下がってる気がするのですが、アンタらこえーよ! 口元は笑ってるのに目が全然笑ってないのですが。なのに温厚な空気を作り出そうとしているように見えたりで、無理に決まってるだろうが! つーかオレに何の用だよ! オレ必要ねえだろ!

「何で言い切れんだよ」

「彼は、君の事なんて知らなかったよ。ねえ、祥稜くん?」

「え」

 突然話をふられて、咄嗟に対処できませんでした。え? 何のこと?

 状況を掴めずに先輩方を交互に見れば、何故か生徒会長様が勝ち誇った笑みを浮かべていた。いや、多分そんな顔しても、この人には何の影響もないんだろうけど。そんなことで動じる人じゃないよな、多分。オレにとっちゃその笑顔すら恐怖の対象だが。何でこんな、底冷えするみたいな笑顔を見て、優しいとか思えるのか心底不思議だ。皆、目、可笑しいぞ絶対。

「いや、最初に呼び出したときにはもう知ってたぜ。なあ、祥稜?」

「え、まあ」

「だけど進士が立候補して、クラスに回ってくるまで知らなかっただろう?」

「ええ、確かに」

 だから、それが何だって話ですよ。何でこの人たちはそんなどうでもいい話を、真剣にしているんだろうか。別にオレが生徒会長を知ってようとなんだろうと、どうだって良いだろ? だけど、当の生徒会長様にとってはそうではないらしい。まるでオレの存在を疑って、尚確かめるかのように、瞬きを繰り返したのだ。心底不可解、と、言う顔で。不可解なのはこっちだ。全く。

「……マジで?」

「そう、ですけど?」

「俺、そこそこ有名だったんだけど?」

「そ、のようです、ね?」

「じゃあ何でファンクラブあるとか知ってたんだ?」

「だから、先日クラスに回ってみえた時に人伝に聞いたんですけど?」

 だから、それが何なんだよ! いい加減にして欲しい。何でこんなどうでもいいことを尋ねられなければならないんだ。こんなことを聞くために逆戻りしたのか、オレは。全く、さっさと帰りたいんですけど!

 等といえるはずもなく。

 だって、生徒会長様が。一体何がお気に召さなかったのか、距離を詰めてきたんですよ! こえーっつの! 身長どころか、体格だって大差ないどころか下手したらオレの方が未だ良い方なのに、何でアンタはこんなに怖いんだ! 詐欺だろ絶対! 大体なんでこんなときに限ってクレバヤシ先輩はノータッチなんだ! こんなときこそ庇えよ! と、思ったこと自体なかったことにしたいと思いました。冗談キツイぞ、オレ。

 そうこうしている内に手が伸びてきて、また殴られると思ってぎゅっと目を瞑ったら、そういった痛みはなかったのですが、ええと、胸倉を掴まれたみたいな、何かすげえ距離近いんですが、何これ! 物凄い至近距離に生徒会長様のお綺麗なお顔が! 全然嬉しくねえー!

「お前、もうちょっと世間に関心持てよ!」

「はあ!? 何でですか!?」

「もしかして、慧知ったのも最近か!?」

「接触するまで知らなかったよね?」

「可笑しいだろ、お前! 慧だぞ! 榑林慧!」

「そんなこと言っても、関係ないじゃないですか!」

 勢いに任せて言い返したところで、笑い声がした。

 前からじゃない。横から。横ってことは、生徒会長様じゃない。あの、得体の知れない男前が、笑っているのだ。それも、朗らかに。その時点ですげえ何かが間違ってる気がするのだが、こんな風に軽快に笑うこの人を見るのは当然ながら初めてで、だけど何が可笑しいのかは分からなかった。笑うところ、ないよな? まあ、一般人とは笑いのツボすら違うのかも知れないが。するとその笑い声に触発されたのか、息苦しさが消えた。生徒会長がオレから手を離したのだ。見れば、ばつが悪そうに頭をかいている。何なんだよ、一体。まるで通じ合っちゃってるみたいな顔しちゃって。どうやら生徒会長には、クレバヤシ先輩が笑った理由が分かってるみたいだ。まあ、ここでオレも分かっちゃったら何か人生おしまいみたいな気がするから、一生理由なんて分からなくても良い気がするが。何が二人をそうさせたかなんて、分からなくていい。

「俺、お前のことちょっと甘く見てたわ」

「はあ」

 何その結論。改めて理解できないことを言われたが、一体アンタはどんな評価をオレに下してたんだ。寧ろ甘く見てたってなんだ。今ですら軽く顎で使える位置にいながら、更に甘いって何だよ。オレ、この人にとっちゃ下僕以下なんじゃなかろうか。

 そんなことを考えていると遮るかのよう、不意にポン、と、肩を叩かれた。見れば得体の知れない男前が、にこやかに笑っている。また、嫌な予感がした。既に病気の域に突入していると自分でも思う。笑顔見るたび嫌な予感て、ほぼ全てじゃねえかオレ。

「すまなかったね、祥稜くん。時間取らせて」

 けれど今回は当たらなかったのだ。嫌な予感は当たらなかった。それどころか良い方だ。そう、多分これは、解放される合図だ。うん。多分。だが最後まで気を抜くべきではないだろう。何があるか分からないなんて、最早言うのも煩わしい。それくらい、不可解なのだ。

「い、いえ、えーと、それでは失礼させて頂きます?」

「ああ、気をつけて」

 恐る恐る尋ねるように挨拶をすれば、何事もなかったかのように肯定された。心底わけが分からないが、どうやらもう用事は済んだのでとっとと帰れということらしい。いや、願ってもないことなのだが、良いように踊らされている気がするのは何故ですか。オレの存在って何だよ、みたいな。何でこんなことで、こんなところで、自分の存在を根本から考えなければならないんだ。何者だよオレ。只者だよ。それ以上では絶対ない。

 取り敢えず、一つは突破した。問題はもう一つだ。今やオレにとっての関門は、一つではないのだ。酷く忌々しいことに。寧ろ現時点では、こちらのほうが大困難みたいな。何でオレがこんな目に。物凄くらしくないと等と思いながら、出来るだけ笑顔を作って口を開いたオレは、見たことも会ったこともないこの人のファンくらい必死なんじゃないだろうかと思った。生徒会長様のご機嫌取りに必死なオレって一体。

「では、先……サ、クラさん、も、」

「ああ、またね、ヨシ君」

 改めて言おう。

 詐欺であると。

 オレの必死さが伝わったのか、まあそんなことは絶対ないと思うが、とにかく花でも振りまきそうなほどの眩しい笑顔を見せた生徒会長様のそんじょそこらの詐欺師もびっくりみたいな態度は、普通に通報したいくらいオレの寿命を縮めました。何だこの人。疑問に思うのも馬鹿らしいが、何この二面性。ま、まあ、良い。取り敢えず今はこの人が、人として何か間違ってるとか人間的にどうとか言うことが問題なのではなく、一刻も早くこの場を立ち去ることこそが最重要課題であって、じゃあどうするかというと、

「失礼します!」

 逃げろ。

 言葉とともに急いで足を動かし、乱雑にドアを開けた。ガラガラというドアの音がいつになく大きく、耳障りだ。だがとにかく出口に近かったのが幸いしたのか、今度こそ誰にも呼び止められることなく、オレは悪魔どもから逃げ出すことに成功した。寧ろ悪魔っつうか、魔王っつうか、お父さんに助けを求めたい心境で一杯です。

 ああ、心臓がうるさい。

 ただ中にいるよりも、逃げ出すほうが余程に疲れる。また先ほどと同じように、その場に座り込みそうになりながらも、必死で足を動かした。こんなところで立ち止まるなど、また捕まえてくれというようなものだ。どこの小動物だオレは。

 そもそも何故一日に二回も生徒会室に立ち入らなければならないのか。しかもこんな短時間で! おかしいよ、な? 普通はないことだよな? 考えるまでもないよな? うん、そうだ、結局何だったんだ? 事実を確かめさせてもらう、などと言っていたあの人は、結局何を確かめたかったのだろう。相変わらず分からないことだらけだが、考えるのも馬鹿らしくなってきた。いや、はっきり言って多分、オレは巻き込まれているだけなのだ。だから、当事者などでは絶対にないのだ。あの二人の間に何か確執だとか因縁だとかがあって、オレはそれにひょんなことから触れちゃっただけなのだ。うん。それが一番しっくりくる。

 そんなことを考えながら人気のない廊下を歩いていると、ふと前方から誰かがくるのが見えた。いや、廊下なんだから誰が歩いていてもおかしくないのだが、目に留まったのはそれが見知った顔だったからだ。

「あれ? もう良いのかい?」

 オレの前で立ち止まったのは、先ほど生徒会室で顔を合わせた、副会長だった。そうか、この人気を利かせて、出てくれたんだよな。そんなお気遣いホント無用だったのに! 人がよすぎるというのも困りものだ。などと、相手のことをまるで知りもしないのに言ってみる。まあとにかく、この道をこうして戻ってきたということは、だ、

「先輩、今戻っちゃ駄目です!」

「え?」

 何言ってんのオレ! 不審にも程があるぞオレ!

 咄嗟に大声で止めてしまったが、当然ながら伝わってないだろう。人のよさそうな顔に、クエスチョンマークが浮かんで見える気がした。それでも表立って不審がったり、問い詰めないところを見ると、本当にいい人なのだろう。まるで急かさない態度に安堵して、一つ息を吐く。とにかく、この人はいい人だが、例えそうではなくとも、この先にいかせてはならない気がするのだ。被害妄想だといえばそれまでだがな!

「その、今、クレバヤシ先輩がいらっしゃいまして……」

 うん。つまりそういうこと。

 こんな善良な人を、あんな得体の知れない男前がいるところに易々と送り込んでいいのかってことなんだよ。危険な目にあうのはオレだけでいい、なんて、ヒーロー精神を持ち合わせているわけではないが、それでもこのままいかせることに躊躇を覚えた。しかし、先走ったとも思うのだ。いや、段々そんな気がしてきた。オレは良かれと思って勢いで止めたのだが、何か間違いだった気がしてきた。何故なら変わらないのだ。普通、クレバヤシの名前を出すと、大概の人は何らかのリアクションをとるのだが、この人はまるで変わりないのだ。相変わらず、きょとん、と、言うような顔でオレを見ているのだ。

「榑林君が? それで君、追い出されちゃったの?」

「いえいえ、そういうわけでは!」

 寧ろ願ったり叶ったりみたいな!

 思うだけですが。

 しかし、これではっきりした。オレは、間違ったことをしたと。この、何も変わらないどころか、平然と榑林君などと呼んでしまうあたり、まさかとは思うが、いや、そうなのだろう、生徒会長に止まらずあの人とも友人関係、なんです、ね? そうだよな。そうに決まってるよな。だって、あの生徒会長と対等なんだよこの人。だったらあの人とお友達でも何にもおかしいことないよな。オレの、馬鹿ー! ちょっと考えれば分かっただろうが! 何勢いで足止めしてんだよ! うわあ、すげえ恥ずかしくなってきた……!

 だけどただ一つ救いがあるとすれば、それはこの人が何も変わらず、笑いかけてくれるということだ。馬鹿にするでも不審に思うでもなく、そう、言うなればオレにすら対等なのだ。流石はあの人たちのお友達というべきか、あの人たちのお友達なのにこんなに良い人であることを不審に思うべきなのか。

「なら良いけど……あ、そういえば君の名前聞いてなかったよね? 僕は春日井新次郎だよ」

「あ、陸田祥稜です」

 その上ごく普通に自己紹介を始めました。やべえ、良い人の良い人っぷりには際限なんてないということなのか! 警戒心ゼロ。いや、確かにオレなんぞを警戒する必要などないのだが。寧ろオレが警戒しろって話ですか。こんな良い人いるわけないとか思うべきなんでしょうか。まあ思ったところで仕方ないのだが。だって、こうして自己紹介をし合ったとしても、だ、接触する機会ないからな。あの生徒会長様が余計なことをしない限りは……!

「そうか、陸田君か。ごめんね、陸田君。進士、我侭でしょ?」

 ええ、もうかなり!

 と、言いたいところでしたが、困ったように微笑まれて誰が肯定できるというのでしょうか。オレ、悪魔にはなれません。そもそも、あなたが謝ることじゃないと思うのだが、どうですか。やべえ、何か、ちょっと素で可哀想になってきた。たったこれだけのことというのに、すでに同情しちゃってるオレってどんだけ甘いって話だよ!

「いえいえそんなこと、は」

「でも根はいいやつなんだ。だから、仲良くしてあげてね」

 おかあさん!

 やばい。何その素敵スマイル。何その優しい言葉。母親としか思えない。母親としか言いようがない。一体あの極悪生徒会長とどういう関係なのかは分からないが、ここまでフォローするとなるとただの友人ではないのではなかろうか。前世が母親とか。事実育ての親とか。寧ろもう、母親以外のポジションが思いつかない。そうでなければ、騙されているのだ。そう、騙されて、いる? 何の思惑もなく浮かんだ言葉だが、それが一番しっくりくる気がした。寧ろ騙されていても、何の違和感もない。そうでなければ可笑しい気すらする。この性格を逆手に取られ、付け込まれているのではないだろうか。100パーセント好意からくる言動でありながら、その実酷く良いようにあしらわれているのだ。しかもその事実に、良い人過ぎて気付いていないのだ。そんなだから更に状況が悪化して、気付けば手に負えない事態に……!

 何ドラだよこれ。

 まあ、現実にどうかなんてオレには分かりやしないし、突き止める気もない。同情はするが。物凄い同情はするが、オレにはどうにかする手立てがない。多分下手に首突っ込んだら、オレが再起不能になる、気がする。

「あの、先輩、オレ、そろそろ……」

 だからとっとと、お暇させて頂こう。申し訳ないが。非常に申し訳ないが! すいません、オレ無力なんです! あくまで一般人なんです! そんな心の叫びを、多分引きつっているであろう笑みに隠す。

「うん、それじゃあ、気をつけてね」

 人好きのする笑みに乗せられた言葉に他意なんてないのだろう。それはただの社交辞令に他ならず、けれどそう思えなかったのは、

「はい、先輩も……!」

 アンタこそ気をつけてください!

 結局はそう言う事。実際には言えないが、言えるはずもないがな! 今からあの極悪生徒会長と、得体の知れない男前がいる生徒会室に戻ることを考えるだけで死ねるオレには到底真似出来ようはずもないが、この人は確かにあそこに戻ろうとしているのだ。幾ら友人関係だろうとなんだろうと、怖いものは怖いはずなのだが、そうじゃない、んだろうなあ。心底尊敬する。だけど、気をつけなければいけないことに変わりはない。だってあの二人だ。何を考えているか、何を仕出かすか分からない。そう思えば、何だかこの先輩を犠牲するようで心が痛むって、それはオレが介入すべき限度を超えてるな。

 心残りがないわけではないが、何も出来ることがないので取り敢えず帰路につくことにした。ふと、何で今日あったばかりのあの先輩のことをこんなにもオレは心配しているんだろう、なんて疑問を今更ながら考える。オレと似たような境遇だからか? でもオレはあそこまで善人でも、神経太くもない。多分あの人、見た目に反して滅茶苦茶神経太い気がする。でなきゃ、あそこに混ざれるはずがない。そう思えば多少なりとも普通というカテゴリーからは外れるのかもしれないが、良い人なのでそれでも良いことにした。勝手に。ともすれば、如何にオレが変人に愛想を尽かしているかが良く分かるだろう。尽かすほどあったかどうかも危ういがな!

 何だか、放課後という一日の中では短いであろう時間が、恐ろしいほど長く感じた。

 明日になったら、極普通の日常が戻ってきていれば良いのに。

 そんな栓のないことを思い、自嘲した。現実の無情さは、ここ最近で嫌というほど思い知らされている。終わってる、と、他人事のように感想を抱き、また自嘲した。


  


 


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