1.1日の始まり、友情の終わり
晴れていようと雨が降っていようと、気分が重いことに変わりはない。特に朝は気分が重い。この道を通ると気分が重い。周囲に人が沢山いても気が重い。孤独でも気が重い。何をしたって気が重い。晴れ晴れとした空が憎く思えてしまうほどオレの心は曇天模様。お天道様に罪はないのに、腹が立ってくる。歩けば歩くほど気分が重い。今に来そうで気分が重い。この道には魔が潜んでいるに違いない。と、言うか、魔は後ろから軽やかに駆けてくるので気が重い。たったかたったか、そのステップの軽やかなことと言ったら、オモチャの兵隊を連想させそうでさせない。ただ確実に言えることは、今のオレとは何もかもが正反対だと言うこと。足取りの軽さとか。足取りの軽さとか。主に足取りの軽さとか。
たったったったったっ。
ほら、聞こえるだろう。一定のリズムの足音が。別に聞こえなくても良いのに。聞こえて欲しくないのに。と、言うか何故に聞こえるんだ。周囲には人がいるのに。オレだけじゃないのに。沢山の物音で溢れかえっている筈なのに。どうしてこんなにも鮮明に聞こえるのでしょうか。もしかしてもしかしなくても、オレの真後ろで足踏みしてるとか、そう言ったことではあるまいかと思うのだけれど、振り返って確かめる勇気も元気もなく、ただ黙々と前進するのみで、それでも幻聴という可能性を捨てることが出来ないのです。気分が重い。
どうしよう。どうしたらいい。
等と思う間にも近付く足音。やっぱり近付いて来ちゃいました。どうやら幻聴では無い模様。当たり前か。当たり前に気分が重い。何となく無駄と思いつつ、道の端に寄るオレ。出来ることなら通りのど真ん中を駆け抜けて欲しい。それこそ目に捕らえられないくらいの早さで颯爽と。一陣の風のように。そして消え去って欲しい。永遠に。まあ勿論そんなこと、願うだけ空しいものなんだけどさ。でも思うのは自由だろ。そこに涙しか浮かばなくても。ああなんて可哀想。他の誰でもないオレが。
あー。近付いてきた。ていうか近い。超近い。極至近距離。避けるの不可能。あー。だからね、ほらねほらね、こんなことしてる間にね、ふわっと風が起きてね、オレは目を瞑るわけ。次に来るであろう衝撃に備えて。だけどちょっと可笑しいわけで。
何故か風が通りすぎた。
可笑しい。
いつものパターンなら通り過ぎる前に衝撃がくるわけで、そう、だから、ふわっと風が起きるなんてことはないわけだ。なのに今日は風が吹いて、足音が遠退いた。
足音の主は、今やオレの前。
つまりそう、杞憂だったわけだ。
考えすぎでした。考えすぎて冷や汗だらだら。考えすぎて未だに安心できてない。考えすぎて通り過ぎた背中に見覚えがある気がしてならない。考えすぎて気分重い。
すると数メートル先で、何でかその足音の主は止まったかと思うと振り返ったわけだが、本当に何でだ。そのまま爆走し続ければ良かったのに、Uターンなんてありですか貴様。ぬか喜びか。これがぬか喜びというヤツか。何て苦々しい思いを朝から味わわせるんだ。憎い。憎すぎて気分重い。しかも何か超笑顔。今日の空くらい爽やか。でもオレの顔も今日の空くらい青々としているんじゃないかなあ。ははは。
その上気付いたらオレの足も止まっちゃってるし。
何つられてんだよ祥稜! 意図せずして向かい合う形になってしまったわけですが。そしたら暴走特急がオレ目がけて一直線! 見えない線路で繋がれてしまいました。ピンチ。脱線しろ。脱線させたい。脱線して下さい。脱腸しないかなあ。
どうしよう。
いっそ、向かってくるヤツに対抗してオレも走るか!? 上手くいけばすり抜けられる。上手くいかない場合は、ありさんとありさんがごっつんこ。うん。有り得ないくらいに厭だ。この案は却下。
ああ、駄目だ駄目だ。何をやっているんだ祥稜! 他の案を出せ! とは言えども、脳内会議に突入する時間がありません。
「ストップ! ストーップ!」
仕方がないので一応、それでも必死にお願いしてみる。何の効力もないことくらい分かってるんだけどねー。でも、言わずにいれない人の性。悲しいもんだねえ。悲しい。悲しすぎる。泣ける。気分重い。何でストップとか言ったんだろう。止まれじゃなくて、どうして咄嗟にストップが出たんだろう。何? これが所謂一つのインターナショナルってやつ? 何? これが所謂西洋気触れってやつ? うん。まあどうでも良いんだけどね。この際俺が国際人であるとか常識人であるとか善良な一市民であることなどどうでも良いけど、どうでも良いことを真剣に考えてこそ現実逃避になり得るのであって、中途半端に逃げても眼を逸らすだけで何の解決にもならないとか、まあそういうことなんだけど、結局は全然逃げられてないわけで、結果として普通すぎる自分に涙とか、いっそ常軌を逸してオレも電波を放出すれば良いのでしょうか。無理だよね。無理。気分重い。
「車は急に止まれませーん」
列車でなく車でした。
そんなことはどうでも宜しい。ていうか舌噛め。
うわあ、しかも案の定というかやっぱりというか、腕を大きく広げられましたよ。腕を広げてまるで風を切り裂きながらオレに向かってきてますよ。何かもう捕獲する気満々というか、そんな車はねえよと突っ込むべきなのか、オレはどっちに避けるべきなのか、誰か答えを下さい。そもそも避けると言っても、避けようがないわけですが。どっちに避けても追い込まれることは明白だ。道幅そんなにないし。周囲に人もいるし。周囲に人もいるし。周囲に人がいるのに誰も助けてくれるわけないし。そりゃそうだよな。あんなのに関わりたくないよな。出来ればオレも関わりたくないんだけど、向こうはオレに接触する気満々なわけで、何だかなあもう。朝っぱらからなあ。無駄に元気だよなあ。そんな元気分けていらないよなあ。何と言ってもそのせいでオレは気分が重いんだしなあ。
「おっはよー! よっちゃあん」
「ぐわっ!」
せんせーあさっぱらからやろうにだきつかれましたー。
と、いうか。抱きつくとか言う可愛らしいものでは御座いませんことよ? 捕獲です。間違いなく捕獲です。アレだ。幾らオレを捕獲しているこのバカが、可愛らしい顔をしているだとか、オレより一回りくらい小さいだとかしてもですよ、野郎に違いはないんですよ。野郎です。野郎。オレと同じモノがついてるわけですよ。だから何が言いたいかっつうとね、痛えのよ。痛い。超痛い。突進してきた挙げ句、両腕で捕獲されてご覧なさい。痛いよ。痛い。物凄い衝撃。多分こいつにしてみれば軽ーく抱擁なんて交わしてみちゃった、とか、それくらいの意識なんだろうけれど、体当たり以外の何でもないよバカ。倒れなかったのが不思議です。寧ろこの状態で倒れちゃったら、公衆の面前で野郎に押し倒されるの図が完成するわけで、想像するだけ呪えるんじゃないかな。うん。ていうか痛い。何が痛いって、そりゃ、体の痛みとかだけでなく精神的にもかなりのダメージを食らったりしていますが、何と言っても、この柾木健慈朗とか言う大バカの言動が一番痛い。貴様は幾つだ。高校生にもなった男子がやることか。朝っぱらから野郎に抱きつかれて嬉しいなどと言うのか。と、問うてみれば、えー? 僕は嬉しいよー? とか言うに決まってる。絶対言う。だから言わない。言えない。好き好んでそんな発言を耳に入れるほど物好きではありません。普通の感覚の持ち主です。
「はいはい、おはよう。そしてさようなら」
色々と言いたいことはあるけれども、それを押さえてたったこれだけを口にするオレは小心者なのか心優しいのか、後者です。いや、言っても良いんだ。だが言ったところでどうにかなるものでもない。話が通じない。オレとこいつは今同じ時を共有していながら、実のところ別次元の生き物なのだとこの十数年で悟った。何もかもが違うんだ。性別は同じだけどな! 性別が同じなのに何故にここまで違うのか、不思議で不思議でねえ。思わず語りたくなるくらい。うん。悲しくなってきた。そんなオレが可哀想。
「ねえ、よっちゃん?」
「何だよ」
さようなら宣言など耳に入ってもいませんでした。こんな至近距離なのにね! オレもこういう都合の良い耳が欲しいったらありゃしない。あーあーあーあー羨ましいなあー。あー……。
いや、それよりそろそろも何も、離れる気はないのかねお前さんは。今から僕たち学校へ行かないと駄目なんじゃないかなあ。こんな往来のど真ん中で抱き合ってる場合じゃないと思うんだけどなあ。そもそも抱き合ってると見られるなんて不快以外の何でもないわけで、オレだってこうして愚痴愚痴脳内でやってるだけじゃなくてちょっとは頑張ったりしているんだけれど、全く効果が無いというか、体力バカが憎いです。いや、ちょっとというかね、すんごい頑張ってるんだけどね。どうせオレは、非力だよ! いや、オレが非力なんじゃない。このバカが異常なんだよ! わあ、オレって可哀想。泣ける。陸田祥稜十六才。人生頑張ってます。
「何万光年も離れたやたら難しいカタカナの惑星からきた知的生命体が、自分と似たようで、しかしそれでいて基礎から全然違う生き物を見つけて捕獲するときのお互いのわくわく感てこんな感じじゃないかな」
「つまり?」
「こうしてると僕たち恋人同士みた……」
途中で言葉が切れた。
正確に言えば、切るよう仕向けた。腕が動かないので足で切るよう仕向けた。はっきり言ってオレの意思が働いた結果だが、不可抗力だ。間違いなく不可抗力だ。何故ならコイツを人と呼ぶには余りにも抵抗が。人災と言うより天災並の衝撃が。
そもそも、知的生命体云々をどう要約すればそういった結論に辿り着くのかさっぱり分からないわけだが、説明を求めるだけ無駄というか、分からなくて良いのでこの話題は終了。話を合わせる事がまず無理。理解しようと思ったら、体じゃなくて心でとかもうそう言う次元。寧ろ、無理の前に厭が来る。何が悲しくて、こいつと心の底から分かり合わねばならんのだ。スムーズにコミュニケーションをとっている姿を想像するだけで泣ける。
「ひどいよよっちゃん! 蹴るなんて! いたーい!!」
痛かったらまずその手を離さんかい。
文句は言うのにオレから離れる気はないんだね、健慈朗君。それが愛ってヤツですか。自分で思ってぞわぞわしてきた。何だ愛って。目に見えないのに切っても切れないとか言うヤツですか。それは縁か。いや、どっちにしろ厭だな。うわあ。
ああ、しかし。不可抗力にせよ無意識にしろ何にしろ、蹴ってしまったことは事実だ。オレはこいつとは違って常識人だ。一応、全然悪いなんて思って無くても、一応、謝るのが人として正しいあり方ではないだろうか。本音と建前を上手く使い分けてこそ、世の中を楽に生きられるのではないだろうか。いや、全然楽に生きられてないんだけどさ。それどころか朝からすんごい苦労してるんだけどさ。多分神様は僕のことが嫌いなんじゃないかなあ。あっははは。
脳内で笑ってみたけど、当然の事ながら面白くも何とも御座いませんな。あっははは。
「違うな、ケン。誤解だ。オレが蹴ったんじゃない。宇宙の総意だ」
「……そうなの?」
「そうだ。宇宙の波動を受信したら、こう、勝手に脚が……」
「そうだったんだ……。ごめんね、よっちゃん。勝手に決めつけて」
「気にすんな。オレも気にしてない」
ホントはすっげえ気にしてますが。だけど、宇宙がオレに気にすんなって、こう、ビビビって脳内に直接語りかけてきたって、んなわけあるかー! 一人ノリ突っ込み。朝から絶好調です。そうですか。
そもそも、そんな説明で納得するお前がすげえよ。考えてるのか考えてないのか。考えられても困るけど。突っ込まれても困るけど。第一宇宙の総意って何だ。波動って何だ。言ったオレがわかんねえ。だけどまあ取り敢えずは、まーるく収まりそうなのでどうでも良いか。うん。どうでも良い。
どうでも良いからいい加減離れろ。
蹴りはしたものの何の効果も無く、結局今も密着されています。離れろー離れろー離れろー。と、念じたところで効果はありません。これで効果があるならとっくにそうしてるでしょう。宇宙も神様も、こうしたオレの願いだとかは全く聞き入れてくれないわけでして、世の中無情が支配しています。へえ。
「あっ」
突然、悶々と目前の障害物をどうしようか悩むオレの思考を断ち切るかのように、当の障害物が呟いた。どうも人の肩越しに何かを見つけたらしく、未だくっついたまま首だけ動かしている。
何だ?
そう思うならオレも首を捻れば良いのだが、なんとなーく、そう、なんとーなく厭な予感がしてそう出来なかった。だが一つ確かなことがあるとすれば、こういう時の厭な予感というのは漏れなく当たると言うことだ。
「きーちゃん!」
ほらね。ほら見ろ。当たっただろう。
と、誰に言うでもなく一人自分相手に得意気になるだけ空しい。何で当たっちゃったんだこの野郎。馬鹿。くたばれ。一体誰に暴言を吐いて良いのかも定かではないのに、無性に腹が立って叫びたくなった。そんな自分にエールを送りたくなる反面、一々こんな事考える自分が可哀想すぎて現実から逃げ出したくなった。ていうか、逃がせ。
徐々に近付いて来るであろう人間を目にして、やたら嬉しそうな障害物にも腹が立つ。もういい加減離れて駆け寄るなりなんなりすれば良いのに、左手だけでしがみつきやがって。離した右手を大きく振って自分の場所をアピールしている。その様を見て、何だかウ●ーリーを思い出した。こっこだよ〜! って。ああ、大丈夫だろうかオレ。自分で自分が心配になってきた。朝から何やってんだオレ。いや、何をやっているというか、巻き込まれているだけなんですが。傍迷惑にも程が。大体もうこれ以上巻き込まれたくないわけで、お前の居場所を伝えるのは構わないのだが、こうなると更に巻き込まれる可能性大なんですよ。うわあ、厭すぎる。厭なことばっかりだー。人生こんなもんですか。兎に角、お前とアレがどうしようとそれに一々文句付ける気はないから、だからな、オレまで巻き込むなー! ああ。悲痛の叫びin脳内。
「おはよう、きーちゃん!」
はいはい、元気が宜しくて何よりですねえ。
オレと対話しているときより元気が1.5倍UP。良いことですねえ。微笑ましいですねえ。解放して欲しいですねえ。
ああしかしながら、この馬鹿がそうやって挨拶しちゃったってことは、ですよ。
物凄く、それはもう本当に厭だったが、オレはゆっくりと首を捻った。油の切れたロボットみたいにそりゃもう、ゆっくり。そんなことしなくても陰が出来た時点で分かってたんだけど、一応、一応目でも確かめた方が良いかなっていうか、進んで厭な気分を味わおうとするなんて、オレはマゾなんだろうか。なーんちゃって。てへ。とか、言いたいところですが、現状に甘んじている以上否定出来なかったり、うわああああああ。
「ああ」
ごく自然に耳に飛び込んできた声の低さとか、愛想のなさに思わず眉間に皺が寄る。朝という時間帯を考えれば、いや、考えなくてもやる気がなくなる響きだ。爽やかさのかけらもない。しかしコイツが爽やかに挨拶してくるのもそれはそれで厭だ。うん。物凄く厭だ。つまりこれで良いのだが、何となく腹が立つというか、オレが我が儘なんでしょうか。
兎にも角にもこの位置で、幾らコイツが気に入らないだとか腹が立つだとか思っても無視するのは宜しくない。気がする。だから、そう、一応挨拶くらいはしてやろうとか、オレってホント普通だよな。今ほど普通な自分が偉く感じたこと無いんじゃないかってくらい普通。つか、目の前の馬鹿と後ろの馬鹿が異常なんだと思う。だからオレの普通が引き立つんだと思う。しかし、それって良いことなのか?
「おはよう、谷ヶ崎くん」
考えてはみるものの、余り考える気もないので取り敢えず普通に挨拶しておく。少し声が小さめだとか心持ち控えめだとか僅かに声が低いだとかは、全て気のせいだ。気のせい。無意識。まあそんなことに気付くような聡さはないわけですが。と、言うかコイツはオレに興味など無いわけですが。寧ろケン以外の何も見えてないわけですが。恋は盲目とか言うわけですが。言ってて気持ち悪くなってきた。
しかし事実なのだ。
何故なら正に今、コイツはオレを見て驚いているのだから。オレを見下すその細目が僅かにだか大きくなっている。長年の付き合いで分かる。その目が物語っていること、それはズバリ。
あれ? 何でお前ここにいんの?
だろう。間違いない。間違いないのだが、ちょっと待て。
自分で解説しておいて何だが、可笑しいだろこれ。明らかにコイツの表情は、オレの存在に驚いていることを物語っているわけだが、しかし、何故? オレ最初からここに居たじゃん。つか、後ろから丸見えだろ。どっちかっつうと、ケンの方が見えないだろう。なのに何でオレが声かけたら驚くんだ。うん? つかオレの予想外れてる? もしかしてオレの存在でなく、声かけたことに驚いてる? に、したって、それも何で?
オレだって普通に挨拶くらいしますけど。挨拶をしたことに対し驚いてるとしたら、コイツは一体オレを何だと思ってるんだ。
「おい、オレだって普通に挨拶くらいするぞ」
不愉快を存分に声に含ませて告げる。効果ねえだろうなあとか思いながら。
「……いや、すまん。気付かなかった」
ほら、効果無いでしょ。と、言いたいところだが、何気にあった気もする。だってほら、謝ってるし。この無愛想で謝罪のしゃの字も知らないような男が謝ってるし。つうことでオレの勝ちとかまあそう言ったことですか。イエーイアイムウィナー。日本人らしさ全開。
しかしオレの勝ちは良いとしても、だ。気付かなかったって何ですか貴様。意味が分かりません。何? 気付かなかったって、何?
「何に?」
「お前の存在」
ありえねえだろ。
気付く気付かないの前に見えてるだろ絶対。後ろから来たのにオレの存在に気付かないとは何事ですかこの野郎。お前の目は節穴かとかそう言った突っ込みを期待しているんですか。そんな馬鹿な。何が悲しくてお前と漫才なんてせにゃならんのだ。つか、何? 何これ? 新たな虐め? 朝っぱらからオレ虐めか貴様。オレがケンと絡んでるからか。それが気に入らないだとか言う、もしかしてそんな下らない理由だったらどうしてくれよう。嫉妬か。嫉妬なのか? ジェラスィーなのか? ジェラシーて。背筋がぞわぞわする。余りの寒気に自分で自分を殴りたくなった。気持ち悪いにも程が。この無愛想な巨体が嫉妬から虐めを犯すなんて信じられるだろうかと言うか気色悪いというか馬鹿だろコイツ。オレの周りは馬鹿ばかりか。うわあついてなあい。恵まれない現状に思わず泣きそう。
「相変わらずきーちゃんは、よっちゃんが見えてないんだねえ」
わあ、けんじろうくん。それってなんのふぉろーにもなってないよ。
泣きそうなところへ更に追い打ちか貴様。何? これがチームプレーってヤツ? で、オレはそのチームに含まれないとかそう言ったことですか。望むところだボケが。つか、こんなのと一緒くたにされたら普通にへこむと思います。こんな馬鹿二人と同じだなんて考えるだけで厭すぎる。いっそもう二人で人生の墓場へゴールインでもすれば良いのではないでしょうか。そんでもう二度と戻ってくんな。
「遅れる」
そうそう、こういう具合に抱えちゃったりしてね。
いきなり後ろから手が伸びてきたと思ったら、健慈朗君が宙に浮きました。わあ、凄い。あんまり生で見れません。
男が男を抱き上げる瞬間なんて、うわああああああああ。
思わずオレがここで頭を抱えてしゃがみたくなったとしても何らおかしな事ではないと思います。つか、目の前の現実が可笑しすぎて多少の異常さなんて目を潰れるというか、何ですかこの不可思議な現状は。
有り得ない有り得ない有り得ない。
思わず呪文を唱えたくなりました。
これで世界が真っ新になればいいのに。
これで目の前の馬鹿二人が消えればいいのに。
これで今までのことが無かったことになればいいのに。
そんな思いを込めながら、有り得ない有り得ない有り得ない。いや、だって考えてもみろ。通学路で、幾ら遅刻するかも知れないとはいえ、男が男を抱き上げて通学するというのは普通と言えるのだろうか。否、言えまい。オレが普通なんだ。オレがまともなんだ。そう思わないと押し潰されそうです。無情な現実に。
「き、きーちゃん! みんな見てるよ!」
「見せつけてやれ」
見せんな。
お前はそれで良いかも知れんが、周りからすれば迷惑以外の何でも無いというか、特にオレの身にもなれ! 誰が好き好んで顔見知りの愛の逃避行目の当たりにしたいと思うんだ。この非常識野郎どもが。
そもそもなんだこれは。所謂ラブラブとか言うヤツですか。もしかしなくても見せつけられてますか。胸焼けを起こして家に引き返せとか言うことでしょうか。出来ることなら今すぐにでも引き返してえよ馬鹿。何も知らなかったあの頃へ。過去は美しく未来は醜い。何て厭な現実。
大体この場合はケンの方が正しい。人目を考えろ人目を! 往来ですよあなた方。ほら、こんなに人が沢山! ごみのようだー。じゃなくて。
そう、こんなに、ひと、が?
如何にこの馬鹿二人が非常識かを説こうとして首を左右に振った途端に気付く違和感。
よく考えよう。よく考えれば分かるはずだ祥稜。このおかしさの原因が。そう、何故にこんなに静かなのかとか、何故自分以外誰もいないのかとか。
通学路なのに誰もいないなんてこんな事があるだろうか。落ち着いて考えられる原因を挙げてみよう。
1.何らかの要因により時間が進んだ。
2.何らかの要因により時間が戻った。
3.神様の粛正により正しい人間だけが残った。
4.世界が突然変異。
5.異世界に飛ばされた。
6.瞬間移動。
7.現実を見よう。
8.ちょっと気が触れてきたのかも知れない。
9.もしかして帰るべき?(治療を受けるために)
10.オレは普通だ。
11.きーんこーんかーんこーん。
きーんこーんかーんこーん?
何やら突然脳内に思考を遮る音が。それは言うまでもなく鐘の音で。神経が研ぎ澄まされていくかのような気がしたのですが、それって恐怖からのような気がしないでもない。
何故なら、遠くで聞こえた鐘の音はまるで去っていった二人を祝福しているかのようで、オレに審判を下すかのような非情さをも併せ持っているかのようだったからです。
うん。まあ多分アレ始業ベルって言うんじゃないかなあ。あっはははは。多分これ遅刻って言う状況なんじゃないかなあ。あっはははは。あっはははは。あっはははは。
笑うしかないとは正にこのことだと思いました。
所詮人は孤独だよね。友情なんて役立たずだよね。友情なんて愛情に瞬殺されるもんだよね。あっはははは。
世界におはよう孤独におはよう友情にさようなら。憂鬱な1日の幕開けに乾杯ならぬ完敗。
今日も僕は普通に頑張っています。