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風が吹きぬけ、光舞う  作者: 甘夏みい
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青風高校 川上颯の物語 第二章

王様を蹴落とした王子の周りには、新しい騎士が集う。

 あれからずっと「待って」いた。

 駅伝部にいるうちに明らかになっていく歪んだ人間関係。大元の原因は三年生にある。二年生はそんな三年生の言うことをただ聞いているだけであり、そこまで脅威ではなかった。

 三年生が卒業した瞬間に、この部を我が物にする必要がある。

 しかしそのためには、次の部長と目されている二年の先輩をどうにかしてでも玉座から引きずり下ろさなければならない。


 そこで考えたことは、俺と櫂、どちらも部内新記録を塗り変えることだった。


 部内新記録を塗り変えることで、自然俺たちに他方からの期待が集まる。そしてなし崩し的に駅伝部を乗っ取る。


 そしてその「俺たち以外からの俺たちへの期待」を得るために、俺は媚びた。陸上部と兼任している顧問にすり寄り、走るための技術を乞う。そうして陸上部の選手にも劣らない実力を身に着けたときに、「陸上部として」陸上の公式戦に出場した。陸上部の副顧問の女教師が俺たちをいたく気に入っているようで、顧問に口添えしてくれたらしい。本当に、媚びていてよかった。

 初の公式戦デビューは陸上部としてだった。初めての三位入賞も陸上部としてだった。喜びはない。ただ、一仕事終えたとしか思わなかった。


 ただ、ぽっと出の俺が入賞など並大抵のことではない。その時初めて新聞記者からの取材を受けた。そこで初めて、俺は実は駅伝部に所属していることを話した。


 やっと、青風高校駅伝部がかつて強豪と呼ばれており、今は落ちてきているが実力は健在。そして一年生が、かつての勢いを盛り返すための期待の逸材として今は陸上部で武者修行をしているという、美化され過ぎた青春物語として定着されたのだ。


 虚しいとは思わない。こうまでしないと俺がキャプテンになんてなれない。全国なんて夢のまた夢。


 俺が教師に媚び、記者に媚び、へらへらと笑っている横で櫂はずっと表情を変えなかった。面と向かって文句を言われたことはない。しかし応援されることもない。ただずっと一緒にいただけだった。





 時は来た。





 三年生が卒業したその日に俺と櫂は二年の次期部長を尋ねた。次期部長は何となく俺たちの行動の真意が分かっていたようで、突然の来訪にも驚いた素振りを見せることはなかった。

 汚い部室。今ここにいる巣窟を乗っ取る。


「これは、俺と櫂のタイムです。……今、俺がなんて呼ばれてるか知ってますか?」


 二人が部内新記録を塗り変え、現新記録を俺が所持していることを示す紙を手渡しながらそう問うた。びっくりするくらい冷たい声だった。


「知ってるよ。『駅伝部のエース』だろ。俺たちを差し置いて」


 先輩はどこか自嘲気味に笑った。


「あの人たちは本当に勝手だった。俺たちの代やお前らを潰して、後輩いびりなんて不名誉な仇名付けられて」


 あの人が三年生を指しているとすぐに分かった。次期部長は全てを諦めたような目をしている。唇だけは弧の形を描いていた。


「お前らにとって先輩なんてどれも同じに見えただろうけどな。……俺だって辞めたかったよ、こんな部。でも辞められなかった。先輩がクソでも、強いって分かるんだ。もしかしたら全国、なんて期待しちゃうんだ」


 静かだった。櫂の生唾を呑む音が、嫌に響いた。


「お前たちが描く未来に、俺たちの存在なんて無いの分かってるよ。でも、お前も分かるだろ?全国に行けるかもしれない部で、何もできない怖さ」

「はい」

「ならさ、俺たちの代でチャレンジさせてくれや。部長とかキャプテンとか肩書なんてくれてやる。俺たちは俺たちで好きにやるから、お前らはお前らでやってくれ」


 つまりこれは取引なのだ。俺がキャプテンとしての権利を得るのと同時に、今年の代表決定戦出場を逃すことになる。

 そういえば、と思いだした。今までの公式戦に二年生が出たことはあっただろうか。今まで、二年生は何をしてた?


「……はい」

「へえ」


 声が、詰まった。隣に立ったままの櫂が驚いたようにこちらを見たのが分かる。次期部長はもう俺なんて見てはいない。


「なるほどね。俺には媚びてくれないのか」


 あとは好きにしな、という声が遠くに聞こえてくる。櫂に促されて部室を出た。


 もしもこの部ではなかったら、もしもこんな状況じゃなかったら、あの先輩ともチームになれただろうか。



 ***



 そして二年になった。名実ともにキャプテンになった俺は、櫂を副キャプテンに据えて一年生を勧誘中だ。新入生歓迎会にも初めて駅伝部として発表した。

 そこで俺たちが考えたことは、今までのことを包み隠さず話すということだった。いずれ「後輩いびりの駅伝部」という噂が立ち始めるだろう。その噂が立つ前に、新しいイメージを植え付けさせるという戦略だ。


「俺たちは三年生十五人、二年生二人で活動しています!今までは後輩いびりとか言われてて、卒業生にいびられたこともあったけど、俺たちの代は大丈夫です!是非見に来てね!あ!マネージャーも大募集中で~す!俺たちと全国に行こう!」


 待ってまーす!と櫂と二人で手を振る。後は待つだけだと二人で笑った。しかしこのカミングアウトが小さな反響を呼ぶ。

 後輩いびりを認めたことにより、専属の顧問がついたのだ。なんと陸上部副顧問の女教師である。その吉野先生は陸上未経験ながらも勉強してくれる勤勉な先生で、信頼はできそうだ。前の顧問は陸上部専属になったものの、たまに体育教師という名目で指導にきてくれる。全て俺が媚びた結果である。


「顧問もついたし、あとは一年生を待つだけだな~」

「本当に颯はすごいよな。一年でここまで変わるもんかね」

「まーね!やれることはやるよ。どう?櫂、辞めたくなった?」

「いいや、まだ全国行けそうだし残るわ」

「全国行けなくても残ってくれよな~!」

「チーム次第だな」


 櫂はニヒルな笑みを浮かべる。その肩を乱暴に叩いたら向こうからも叩き返してきた。さらに反撃しようと手を伸ばしたら、後ろからばたばたと足音が聞こえてくる。


「すみません!川上先輩ですか!」


 振り返ると二人の新入生がいた。まだピカピカのブレザーが懐かしく感じる。少し緊張した様子の二人に笑ってみせたら、ほっとしたような安堵のため息が聞こえた。


「駅伝部に入りたくて来たんですけど……部室が分からなくて」

「ありがと~!大歓迎だよ!はい、こっちね。二名様ご案内~!」


 二人の腕を引いて部室を目指す。その間も何人も駅伝部に入りたい新入生に声をかけられ、ぞろぞろと集団で行動していた。気分は遠足の引率だ。


「そういえば、君たち名前なんていうの?」


 初めて声をかけてくれた二人に声をかける。さっきからハキハキとリーダー気質を発揮し、「広がっちゃ迷惑になるから駄目だよ」と同じ新入生を注意していた小柄な一人がにこっと笑って答えた。


「上田皐月です。中学は陸上部の駅伝チームに所属していました」

「へーそんなのあるんだ。すげえな」


 櫂が驚いたような声を上げる。俺も少し面食らった。中学で駅伝チームを結成している学校などあまり聞かない。

 これは戦力になるかもしれないと思っていたら、皐月よりは少し高めの穏やかな声が横から飛ぶ。皐月と一緒にいたもう一人だ。元々穏やかな気性なのだろう。先ほどまで近くの同じ新入生を話していたはずだが、こちらの話を聞いていたらしい。


「佐々木亮太です。よろしくお願いします。中学まで陸上やってました。あ、駅伝チームはありませんでしたが……」

「いや、駅伝チームなんて中々ないから!」


 恐縮している亮太にそう声をかけてやったら、安心したように微笑んでいた。


 そして部室前に辿りつく。すると、そわそわと落ち着かなさそうにしていた男子と、反対に落ち着いた様子で待っていた女子が揃って振り返った。


「いた!俺も!俺もいれてください!」

「あの、部室ってここであってますか?」


 二人とも一気に話し始めるから収集がつかない。男子の方は俺が、女子の方は櫂が、と二人に別れて応対をすることにした。


「俺、成島一馬って言います!駅伝部に入りに来ました!」


 声が大きい。とりあえず入部希望者だということなので、皐月と亮太に預けることにした。同じ新入生なのだから、積もる話もあるだろう。性格的に合うかは微妙だが。

 そして明らかに女子との接し方が分からなそうな櫂のところにいったら、無言な空間が広がっていた。俺が間に入ったら安心したような顔を向けられる。俺が居なかったらどうなってたんだここは。


「えっと、女子の駅伝部は無いんだけど……困ったなあ」

「あ、違います!マネージャー募集って聞いてたんで……」

「おおお!マジか!」


マネージャーが増えたら格段にやれることが増える。来てくれたらいいな、という希望的観測でしかなかったが、来てくれたのは純粋に嬉しい。


「佐倉若菜です!中学は陸上やってました!よろしくお願いします!」

「うん、よろしく!」


 若菜と挨拶を終え、改めて後ろを振り返る。皐月、亮太、一馬の後ろにはまだ挨拶をしていない新入生がずらりと並んでいた。ざっと見て二十人はいないが、それ近い人数がひしめいている。これから何人か退部したり仮入部段階で抜けたりするだろうが、母数の段階は想定以上だ。

 これから変わる、という確信をもって櫂に向かって笑ったら、珍しく嬉しそうな笑顔と対面した。


こんにちはー!甘夏みいです。今回は一年生をたくさん出してみました。どうだったでしょうか?これから個性を出していきますので、可愛がっていただけたらなあと思います。よろしくお願いします!

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