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風が吹きぬけ、光舞う  作者: 甘夏みい
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第一高校 立花宗の物語 第四章

二つの光は、太陽に焦がれる。

 走った時に風の吐息を感じ、酔う。

 その快感を求めて走って、走って、羽が生えたような気分になるまでその足を止めない。少しだけ曇った空を仰いで、湿った風を撫でた。


「おーい、宗!ちょっと休憩入れろって!ペース速すぎ!」


 酔いの回った頭に飛んできたのは賢介の声だった。その声で足が止まって、どんどん風が温くなっていく。知らない間にかなりの練習をしていたらしく、汗が流れては止まらない。


「どれくらいやってた?」

「分かんないけど、相当やってたよ。みんな休憩入ってる。とりあえずドリンク飲んどけよ」


 賢介に渡されたスポーツドリンクをごくごくと飲んでいく。ペットボトルの半分くらいまで飲んで始めて、自分がどれだけ水分を欲していたかが分かった。

 弘人と怜はトラックに転がって肩で息をしている。二人とも相当無理をしたようで、未だに起きあがる気配がない。

 賢介が呆れたようにため息を吐いて、弘人と怜の顔を覗き込みに行った。俺も手伝うかと足を動かしたら、ざっざっとトラックを踏む足音が聞こえてくる。神崎かな、と思って顔を上げたらそこには、顔だけ見たことのある陸上部員の姿があった。


「お前らがここのトラックを勝手に使ってる駅伝部だろー?元々俺らの使用区域なんだからさ、別の場所で練習してくれない?」


 にやにやと笑いながら何かを探している。その目が賢介を見つけたら、獲物を見つけた獅子のように凶悪な笑みに変わった。賢介はそれが自分だと分かったのだろう。一歩前に出る。


「ごめんね。でも、ここ使っていいって神崎に言われたんだけど……」

「神崎ぃ?ああ、部長ね。でもあいつに権限なんてねえよな」


 どこか小馬鹿にしたように笑う一人に釣られて、周りの人間も笑いが伝播していく。賢介は何も言えずに固まった。


「そもそも神崎が部長とか俺ら認めてねーから。関係ないし。で、ここ陸部で使ってんだわ。どけよ」


 何も言わない賢介に嫌気が差したのか、今まで黙って転がっていた弘人が起きあがる。物申すとばかりに一歩踏み出したら、軽快な声が横から飛んできた。


「俺が職員室行ってた間に何やってんの?お前ら」


 神崎と、隣にいるのは同じクラスの松井速まついはやり。二人そろってゆっくりと進んでくる。松井は俺たち駅伝部に静かに会釈した。


「駅伝部の皆さんが練習していることは俺が認めて、顧問にも話を通しているよ。何か問題でもあるのかな?」

「ほんっと、自分の立場分かってねーよな、てめえ」


 にこにことした神崎を苛立った顔を崩さない部員。同じ部の一員とは思えないくらいに空気が重い。神崎は特に気にした風もなく笑ったままだ。


「顧問が呼んでた。体育教官室」


 松井が静かに告げる。風に乗って届けられたその声は注意していないと聞き取れないくらい小さい。しかしはっきりと聞き取れたようで、慌てて他の部員は散っていった。


「ごめんね。うちの部員が色々と。駅伝部のことは顧問にも報告して、正式に受理しているからもっと胸張って使っていいから」


 神崎はやはり笑っている。しかしその体ごと完全に賢介に向けられており、賢介はぐっと俯いた。


「まあ、いいや。改めて紹介するよ。松井速。うちの長距離エースだよ。速も駅伝に興味があるみたいだから、紹介しとこうと思って」


 神崎に紹介された松井は、神崎とは違いどこまでも無表情だ。


「うん、よろしく」


 一言だけの素っ気ない挨拶だったが、少しだけ下がった目尻を見て、ただ単に感情が分かりにくいだけで素直な人間なのだろう。神崎とはまた違った分かりづらさだ。


「じゃあ、俺たちちょっと用があるからこれで」

「ばいばい」


 松井はさっさと背を向けて行ってしまう。神崎は少しだけ賢介に対して心配そうな目を向けたものの、特に何も言わず行ってしまった。その背中を見送って、怜がぽつりと呟いた。


「神崎さんって何者なんでしょうねえ。部長であれだけハッキリしてるのに権限ないとか言われてたし……何かあったんでしょうか」


 弘人は残ったスポーツドリンクを煽る。そして残った空のペットボトルをくるくるといじって遊んでいた。


「さーな。噂では、神崎が部長になることには反対意見が多かったとか聞いたけど、よく分からん。いっつもニコニコ笑ってて不気味だよな」

「え~?ノリも良いし、いい人だと思いますけどね~」


 弘人と怜はお互いに軽口を言い合いながら、荷物を取りに行ってしまった。恐らく体が冷えてジャージを取りに行ったのだろう。

 俺は隣の賢介を見た。賢介はずっとさっきから何か考えたまま黙っている。


「どう思った?」


 俺の視線に気がついたのだろうか。賢介は静かにそう問うた。


「……神崎のこと?それともお前の?」

「あの場で俺がハッキリと『神崎部長から許可を得ているから大丈夫だ』って堂々としていたら、もうちょっと穏便に解決できたと思うんだ。神崎もあそこまで言われなかった」

「でも、あの場では仕方なかった気もするけどな」

「いいや」


 賢介はずっと何かを考え込んでいる。元々考え込む性質ではあったが、ここまで何かに対して深く深く思慮に及んでいるのは、もしかしたら初めて見るかもしれない。賢介は言葉を選んで紡ぎ出す。


「神崎が来て、変わっただろ、空気が。あれは確かに上に立つものにしか出せないものだった。でも、俺はどうだ?俺があの場に立った時、少なくとも何も変わらなかった」



 何も言えなかった。確かにあの時、あの場で、空気も温度も全てを変えたのは神崎だ。そしてその神崎のサポートをした松井だ。


「多分、俺はまだキャプテンではないんだと思う。リーダーは出来てるかもしれないけど、キャプテンではない」


 賢介はそう言うが、俺はあの時何ができた。いや、俺たちは賢介のために何をしたのだろう。ただ黙っていただけだった。心の何処かで賢介がどうにかしてくれるだろうって甘えがあったのだ。


「俺も、変わらなきゃなあ……」


 賢介がぽつりと呟く、その静かな声はざっくりと俺の心に刺さっている。まだ完成されてなどいない未熟なチームだ、

 賢介はこれからもがこうとしている。きっとあいつなりのキャプテン像を模索するのだろう。昔からそういう奴だ。

俺も、変わらなきゃいけない。こいつになら預けられると思われるアンカーになるために。



こんにちはー!甘夏みいです。今回は「自覚と覚悟」をテーマに書いてみました。人の上に立つって難しいですし、色々なやり方がありますよね。恐らくこの話から賢介も宗も成長していくと思いますので、温かい目で見てあげてください。あと、松井くんも重要な立ち位置なのでよろしくお願いします。今後もよろしくお願いします。

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